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4幕 家守の鏡
7 安について話し合い
しおりを挟む貴賓向けの客堂は、中は落ち着いた雰囲気の家具が据えられている。
牀頭には天蓋があり、深緑色の幕が垂れ下がっていた。几や椅子、荷物を入れる櫃など、最低限の家具はそろっており、過ごしやすそうだ。
灰炎と青鈴は、使用人が運んだ荷をてきぱきと整理する。
天祐のための居室だが、碧玉も当然のように同室になっていることに、碧玉は疑問を口にする。
「ところで、天祐。都合が悪ければ、私は町の宿に泊まるが」
「何も問題ありません! 桃家の直系は、兄上の顔を知らないんですから」
「そうか? しかし、私がいては狭いのではないか」
「旅の間くらい、できるだけ一緒に過ごしたいです!」
天祐は強く主張する。この様子だと、天祐の熱烈さに碧玉がうんざりする未来のほうが予測できた。
「兄上? 駄目ですか?」
「構わぬが、私は一人になりたい時もある」
「その時は私が部屋を出ていくので、遠慮なくおっしゃってください。隣に使用人部屋もありますし」
「そこまで言うなら、分かった」
碧玉の返事を聞いた天祐は、満面の笑みを浮かべる。碧玉は窓辺にある几に歩み寄り、飾り彫りが美しい椅子二脚のうち、手前のほうに腰かけた。
「私は宴に出席しない。桃家の分家の者とは、宮廷で顔を合わせたことがあるからな。鉢合わせると厄介だ」
帝に仕えている宮医の責任者は、たいてい桃家の出身だ。先帝から理不尽な罰を受けた後、あまりに傷がひどいと、宮医が密かに治療してくれたことがあった。
(確か、私が賜死を受けた宴にも、桃家出身の側室はいたな。嫌がらせに加担する側室達の後ろで、おびえて震えていた)
桃家の本家ならともかく、分家から嫁がされた姫ならば、あの妃らの中では立場が低かったのだろう。毎回、彼らの嫌がらせが面倒でいらついていた碧玉だが、低位の妃達の何人かは、今にも気絶しそうな様子でいたことを覚えている。あんなに脆弱な精神では、宮廷ではさぞ生きづらかろうと思ったのだ。
「そうですね、兄上。では、こちらに夕餉を用意するように伝えておきます」
「灰炎に作らせるから問題ない」
折よく茶と菓子を運んできた灰炎は、碧玉の一瞥を受けて誇らしげに頷いた。
「ええ、では私が消化にいいものを作りましょう。旅の疲れで食欲がないのでしょう?」
「ふん」
碧玉は口端を上げて笑った。
「兄上、宴の料理を食べたくないから、出席しないという意味ですか?」
「そちらの意味もある。だが、嘘はついていない。桃家の分家と会ったことはあるのは事実だ。天祐は胃もたれとは無縁そうだな」
「宗主になってから、大きな宴に呼ばれたことはありませんので分かりません。白家の料理で胃もたれしたこともありませんし」
「今夜は楽しんでくるといい。さすがに薬膳が出てくることはないはずだ」
そんな冗談を言いながら、茶を一服していると、紫曜が顔を出した。
「二人とも、邪魔するぞ。なんだ、同じ造りだな。天蓋の布の色まで一緒とは。なあ、私にもお茶を用意してくれるよな?」
「部屋に押しかけてきて、図々しい奴だな。茶を用意できても、あいにくと椅子がない」
碧玉が冷たく返すと、紫曜の後ろから、紫曜の側近である丹青が椅子を運んできた。紫曜が言っていた通り、まるっきり同じ形の椅子である。
「はあ。用意周到なことだ」
「そりゃあ、密談しに来たのだから当然だ」
丹青が窓を向く形で椅子を設置すると、紫曜はすぐに腰を下ろした。
「密談ですか? おおげさな表現ですね」
天祐はけげんそうに眉を寄せる。紫曜は灰炎が用意した茶に舌鼓を打ってから、ひょうひょうとした態度で返す。
「天祐殿、銀嶺とゆっくりしたい気持ちは分かるが、そうにらまないでくれ。予定と違い、桃家の邸内に泊まることになったのだ。話し合いは必要だろう?」
紫曜はなぜか腕をさすっている。
「なんだ、紫曜。寒いのか? 灰炎、窓を……」
「違う違う。ううーん、これはおそらく私の異能だ。桃家に入ってから、違和感がひどくて落ち着かない」
紫曜はきょろきょろと周りを見回す。
「なあ、何か術がかけられているということはないか? 誰もいないはずなのに、視線を感じるのだ」
「ええ、視線ですか? 今のところは何も感じませんが……」
天祐は首を傾げ、いったん目を閉じて、指で印を結んだ。しばらく集中してから、肩の力を抜いて目を開ける。
「やはり、術らしきものはありませんよ。強いて言うなら、母屋の方角に強い霊力を感じとれます。恐らく、あれが白明鏡ではないかと」
「ああ、破邪の鏡があるのだったか?」
紫曜は腕を組んでうなる。灰炎が部屋の確認に出て行ったのに気づいていた碧玉は、戻ってきた灰炎に問う。
「灰炎、どうだ」
「見て回りましたが、怪しい札が貼られているといったことはございませんでしたよ」
灰炎の報告に、碧玉は頷いた。
「そうだな。そんなものがあれば、天祐が気づくだろう」
「はあ。あんまり落ち着かないようなら、私は町の宿に移動するよ。門を抜けてからなのだ、この違和感は」
「違和感といえば、紫曜から見た桃安の様子はどうなのだ」
碧玉は紫曜の意見を聞いておきたかった。本当に性格が穏やかになる薬なんてものがあるのだろうか。
「ああ、会ってみると、賢そうな落ち着いた少年だったな。私に相談してきた黒家の遠縁から聞いていた昔の安殿とは、まったく違うぞ」
「それほど違うのですか?」
天祐が興味を示し、わずかに身を乗り出す。紫曜は思い出す仕草をする。
「親戚によれば、反抗期にしては乱暴でひどかったそうだ。気に入らないことがあれば使用人を蹴る殴るするし、物を壊す。しまいには小さな動物を殺して、庭に埋めていたとか」
「……狩りではなく?」
「天祐殿は、庭に来るような栗鼠や小鳥を捕まえて殺すのを狩りと呼ぶか?」
「……いいえ」
天祐はひくりと頬を引きつらせ、顔をしかめた。ひどい真似をするものだと、顔に書いてある。
「紫曜、それは良くない兆候だ。殺人鬼になる者は、まず動物を殺し始めるのだ。貴様、まさかそんな面倒事に我々を巻きこんだのか? この依頼、実は桃安の調査だとは言わないだろうな」
碧玉がぎろりとにらむと、紫曜は両手をぶんぶんと振る。
「違う! 本当に、霊山への付き添いだけだ! 桃家に泊まることになったのだって、私が頼んだことではない。偶然だぞ。お前が安殿について質問したから、答えただけじゃないか」
紫曜の慌てぶりを見て、碧玉は関係がないと判断した。
「今の安殿は、私の異能でも、好青年としか思えない。それほどすごい薬なのだろう。これは期待が持てるというものだ」
紫曜はお気楽な答えでまとめ、じとりとした視線を向ける碧玉の肩を軽く叩く。
「そうにらむな! 気になるなら、安殿について噂を集めてこよう。まあ、お前が気にするのは分かるがな。お前も急に反抗期が落ち着いて、人が代わったようだなどと噂されていたから、仲間意識が芽生えたのだろう?」
「紫曜殿、聞き捨てなりません! 兄上の冷酷さにはきちんと理由があるのです。意味もなく小動物を殺すような惨い真似と同様に語らないでいただきたい!」
バンッと几を叩いて立ち上がり、天祐は紫曜に抗議する。碧玉はため息をつき、天祐の椅子を示す。
「天祐、声が大きい。座りなさい」
「しかし!」
「座れ」
「……はい」
天祐はあからさまにしょんぼりして、椅子に座った。黒歴史を掘り起こされた碧玉は、いらだちを露にする。紫曜にも釘を刺す。
「黒紫曜、余計なことを申すでない」
「いやでも、昔を思い出すって、周りでは噂になっていてだな」
「……紫曜?」
「はい、すみませんでした! やめてくれ、その怖い視線だけで凍死しそうだ!」
紫曜は首をすくめ、あたふたと謝る。碧玉は茶を一口飲んで、気持ちを落ち着ける。
「……そんなに昔の私と似ているのか?」
「人が代わったような、のところだけだぞ」
紫曜はごにょごにょと聞き取りずらい小声で答えた。碧玉は思案する。
(まさか桃安も、私と同じように、前世の記憶を思い出したとか?)
ここに実例がいるのだから、ありえない話ではない。だが、碧玉は行動を変えただけで、本質は変わっていないことをよく知っている。
「では、桃安にも、いまだに惨い趣味があると?」
「いやそれはどうだろうな。優しく穏やかになったと言われているくらいだし……」
「ふん。どこが私の変化と似ているのだ? 私は昔も今も、冷酷なのは変わらぬ。なあ、天祐」
碧玉が天祐に問うと、天祐は目を輝かせた。
「ええ、そうなのです! そこがまた格好良くて、惚れ惚れいたします」
「おいおい、天祐殿。肯定していいのか?」
紫曜は恐る恐る口を挟むが、碧玉が平然としているので、思わずという調子で突っ込みを入れる。
「いや、お前もなんで怒らないんだ?」
「ただの事実だ。怒る道理もない。まあ、後半はよく分からぬが」
紫曜は首を横に振る。
「お前って、変なところで度量が広いよなあ。まあでも確かに、お前の場合は、『性格が変わった』とはいえぬよな。白家の家臣が言うように、『反抗期が落ち着いた』がしっくりくる」
「紫曜、調べるならば、桃安の周りで小動物が不審死をしていないかを当たるとよいだろう。これで本当に性格が変わったのかが分かる」
「そうだな。薬を飲んで落ち着いたのが噂だけで、実際は恐ろしい面を隠しただけだったら、薬の効果への説得力に欠ける。よし、桃家に招かれたのも好機ととらえて、軽く調べてみよう」
紫曜は茶と菓子を味わってから、自分の客堂に帰っていった。
「天祐、お前も噂を集めてこい。ここまで来て、薬の効果が嘘だったと言われては面倒だからな」
「ええ、そうですね。紫曜殿にああまで言われては、気になります」
天祐は碧玉に叱られたから静かにしていただけで、過去の碧玉を当てこすられて怒っているようだ。妙にやる気を出している。
「……それとは別に、紫曜の異能が何かに反応しているのは気になるな」
「気にかけておきます」
碧玉がこぼした懸念に、天祐は真面目な顔で返した。
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