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―― 第一章 ―― 黒薔薇の刻印
【020】「殺さない程度に」 ※礼人
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「――というわけで、血を抜かれたことで貧血にはなります。が、特異な体質として、その針の痕や鬱血痕は、常人に比較すると少しの間で消失します。過去の文献にある、浄癒の力と同等と考えられますね」
カルテを見ながら、長い白衣の袖を捲った、銀縁眼鏡の葛西保がそう述べた。傍らには看護婦の眞鍋有香が経っている。白い医療着姿の二人は、桜子から針を抜いた者だ。あやかし対策部隊医療班でも名うての名医である。
「吸血珠は、桜子嬢の血液から生成されていたとして、現場の保存物から考えても間違いないね」
「そうですか」
頷いた礼人の瞳には、怒りの色が宿っている。
「いやぁ、僕に怒られても」
「……そういうつうもりは」
「相手を怖がらせては同じことだよ、礼人くん」
保は、昔礼人の家庭教師をしていた。そのため、どちらかといえば気さくだ。それもあって、怒りも素直に見せてしまう。
「ただ極度の貧血の方は、浄癒の力でも治らないようだね。慢性的だからなのかも知れないけど――暫くの間は、安静に。ふらつきや目眩などを、気をつけて見てあげるといい」
「はい」
頷いてから、礼人は寝台でいまだ眠ったままの桜子を見た。
「大丈夫だよ。きちんと目は覚める」
「俺の心も読めるんですか?」
「普段は見えにくいけれど、今は顔に書いてあったよ」
保の言葉に俯いてから、はぁっと礼人は吐息する。
「桜子のことを、宜しくお願いします」
そう告げて、軍部の医務室を後にした。その足で向かった先は、地下にある牢獄横の尋問部屋だった。現在、隣り合った牢獄に桜子の父と兄が拘束されている。父が派手に頬をぶたれている前を通り過ぎ、礼人は兄の部屋に入った。兄は水を浴びせられていた。江戸から変わらぬ拷問手法が、二人には科せられている。
「お義兄さん」
「っ、あ……ああ、桜子の旦那さまか、ッ」
憔悴している様子の兄は、礼人を見るとせせら笑った。
「残念だったなぁ、呪われた花嫁なんか貰ってしまって。まぁ今ならまだ、破談に出来るか。それはそれで面白い」
ニヤニヤと笑いだしたその姿に、嫌悪を催す。
「一つだけ聞いてもいいですが?」
「なんだ?」
「――なにを思って、桜子さんから血を抜いていたんですか?」
無表情で、礼人は問いかけた。すると不思議そうな顔をした後、兄はふっと笑った。その目元だけは、桜子に似ていた。
「苦しむ姿が綺麗だったからだ、誰よりもな」
それを耳にし、礼人は唇を噛んだ。
「もしもあなたが、黒薔薇修道会に脅されて仕方なくだといったならば、俺は此処であなたを手にかけたでしょう」
礼人はそれから、舌打ちした。
「ご安心ください、そうはしないので」
そして――口角を持ち上げて、礼人は残忍な目をした。
「死んだ方がマシな目が、貴方には待っています」
そう告げた礼人は、それから尋問官を見た。
「殺さない程度に」
「承知しました」
白い仮面を着けた尋問官が頷く。踵を返して出て行く礼人の背後からは、悲鳴、絶叫、呻き声。しかし礼人は振り返らなかった。殺さないという誓いは犯していないのだから。
その後報告のために、特務班の執務室へと向かうと、ノックをしてすぐ返答があった。中に入ると窓辺にいた一条大佐が、背中で手を組み振り返った。
「どうだったね?」
「鬼畜がいるというのなら」
「ああ」
「それはあやかしではなく、人でしょう」
それを聞くと、きょとんとしてから、一条大佐が笑った。
「何を分かったことを、今更。それで? お前の花嫁は目を覚ましたのか?」
「いいえ、まだです」
「そうか。きちんと監視を怠らないようにな」
「っ、監視、ですか?」
礼人が息を詰める。
「そうだ。黒薔薇修道会と関わりがあるともしれんし、やつらから接触があるかもしれん。本人こそが、通じていないともかぎらない。目を光らせるように」
「……」
礼人が苦しそうな顔をすると、呆れたように一条大佐が笑った。
「四峰大尉。これは、仕事だ。命令だ」
「――分かっています」
その辛そうな顔を――しかし放っておく一条大佐ではない。
「無論、じっくりと監視することは、じっくりと休んでいるか観察して、優しくするための材料を得ることにも繋がる。前向きに考えろ、な? あの娘を幸せにするために、じっくり見てやれ」
本当に実の父のようなことをいうのだなと、顔を上げて礼人は微苦笑しようとした。
いいや、全然違うか。実の父だったならば――監視できないのならば殺せと、そう言ったかもしれない。
「早く目が覚めると良いな」
「はい」
そんなやりとりをし、礼人は一条大佐の隣に並ぶ。窓の外の紅葉が綺麗だ。
ただ――季節外れの藤が、合間に咲いていなければ。いなければよかったのに。
カルテを見ながら、長い白衣の袖を捲った、銀縁眼鏡の葛西保がそう述べた。傍らには看護婦の眞鍋有香が経っている。白い医療着姿の二人は、桜子から針を抜いた者だ。あやかし対策部隊医療班でも名うての名医である。
「吸血珠は、桜子嬢の血液から生成されていたとして、現場の保存物から考えても間違いないね」
「そうですか」
頷いた礼人の瞳には、怒りの色が宿っている。
「いやぁ、僕に怒られても」
「……そういうつうもりは」
「相手を怖がらせては同じことだよ、礼人くん」
保は、昔礼人の家庭教師をしていた。そのため、どちらかといえば気さくだ。それもあって、怒りも素直に見せてしまう。
「ただ極度の貧血の方は、浄癒の力でも治らないようだね。慢性的だからなのかも知れないけど――暫くの間は、安静に。ふらつきや目眩などを、気をつけて見てあげるといい」
「はい」
頷いてから、礼人は寝台でいまだ眠ったままの桜子を見た。
「大丈夫だよ。きちんと目は覚める」
「俺の心も読めるんですか?」
「普段は見えにくいけれど、今は顔に書いてあったよ」
保の言葉に俯いてから、はぁっと礼人は吐息する。
「桜子のことを、宜しくお願いします」
そう告げて、軍部の医務室を後にした。その足で向かった先は、地下にある牢獄横の尋問部屋だった。現在、隣り合った牢獄に桜子の父と兄が拘束されている。父が派手に頬をぶたれている前を通り過ぎ、礼人は兄の部屋に入った。兄は水を浴びせられていた。江戸から変わらぬ拷問手法が、二人には科せられている。
「お義兄さん」
「っ、あ……ああ、桜子の旦那さまか、ッ」
憔悴している様子の兄は、礼人を見るとせせら笑った。
「残念だったなぁ、呪われた花嫁なんか貰ってしまって。まぁ今ならまだ、破談に出来るか。それはそれで面白い」
ニヤニヤと笑いだしたその姿に、嫌悪を催す。
「一つだけ聞いてもいいですが?」
「なんだ?」
「――なにを思って、桜子さんから血を抜いていたんですか?」
無表情で、礼人は問いかけた。すると不思議そうな顔をした後、兄はふっと笑った。その目元だけは、桜子に似ていた。
「苦しむ姿が綺麗だったからだ、誰よりもな」
それを耳にし、礼人は唇を噛んだ。
「もしもあなたが、黒薔薇修道会に脅されて仕方なくだといったならば、俺は此処であなたを手にかけたでしょう」
礼人はそれから、舌打ちした。
「ご安心ください、そうはしないので」
そして――口角を持ち上げて、礼人は残忍な目をした。
「死んだ方がマシな目が、貴方には待っています」
そう告げた礼人は、それから尋問官を見た。
「殺さない程度に」
「承知しました」
白い仮面を着けた尋問官が頷く。踵を返して出て行く礼人の背後からは、悲鳴、絶叫、呻き声。しかし礼人は振り返らなかった。殺さないという誓いは犯していないのだから。
その後報告のために、特務班の執務室へと向かうと、ノックをしてすぐ返答があった。中に入ると窓辺にいた一条大佐が、背中で手を組み振り返った。
「どうだったね?」
「鬼畜がいるというのなら」
「ああ」
「それはあやかしではなく、人でしょう」
それを聞くと、きょとんとしてから、一条大佐が笑った。
「何を分かったことを、今更。それで? お前の花嫁は目を覚ましたのか?」
「いいえ、まだです」
「そうか。きちんと監視を怠らないようにな」
「っ、監視、ですか?」
礼人が息を詰める。
「そうだ。黒薔薇修道会と関わりがあるともしれんし、やつらから接触があるかもしれん。本人こそが、通じていないともかぎらない。目を光らせるように」
「……」
礼人が苦しそうな顔をすると、呆れたように一条大佐が笑った。
「四峰大尉。これは、仕事だ。命令だ」
「――分かっています」
その辛そうな顔を――しかし放っておく一条大佐ではない。
「無論、じっくりと監視することは、じっくりと休んでいるか観察して、優しくするための材料を得ることにも繋がる。前向きに考えろ、な? あの娘を幸せにするために、じっくり見てやれ」
本当に実の父のようなことをいうのだなと、顔を上げて礼人は微苦笑しようとした。
いいや、全然違うか。実の父だったならば――監視できないのならば殺せと、そう言ったかもしれない。
「早く目が覚めると良いな」
「はい」
そんなやりとりをし、礼人は一条大佐の隣に並ぶ。窓の外の紅葉が綺麗だ。
ただ――季節外れの藤が、合間に咲いていなければ。いなければよかったのに。
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