あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ

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―― 第二章 ―― 紅い血の刻印

【036】お見舞い

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 その翌日は安静にと礼人が何処にも出してくれなかったのだが、週末になって、舞子のお見舞いに行きたいと桜子が何度も伝えると、しぶしぶといった調子で礼人が頷いた。馬車で向かった先は、軍のあやかし対策部隊医療班の入院施設で、ドアの前には青年軍人が立っていた。

「夜市」
「ああ、礼人。来たのか」
「お前こそ中には入ったのか?」
「っ、その……俺は念のための護衛で此処に立っているだけだ。舞子様にお目通りする立場にはない」
「じゃあ一緒に中に入ろうか」
「人の話を聞いていたのか?」
「じゃあ立ってる?」
「……行く」

 そんなやりとりをしてから、礼人が夜市を見た。

「桜子さん。こちらは夜市多聞大尉。俺の親友だよ」
「夜市大尉です。宜しくお願いします、桜子様」
「あ……桜子です。宜しくお願いします」

 ぺこりと桜子が頭を下げると、簪の飾りが音を立てた。それから三人で病室の中に入ると、上半身を起こしていた舞子が、三人を見て笑顔になった。まずは桜子を見る。

「来てくれたのね」
「はい……おかげんは?」
「もう平気よ。貧血もちょっとしたものだったし、暗示さえ解けてしまえば記憶もすぐに戻ったから大したことでは無かったの。それに私の場合、六角の式が総出で探したから、敵も途中で私を放置して逃げたみたい」

 そう語る舞子の眼差しは凜としている。

「怖かったですよね、大丈夫ですか?」
「そういう心配のされ方をする家では育ってこなかったから答えに困ります。渡しはこれでも六角が娘。この程度の事件であやかしに怯えるほど軟弱ではないの」

 言い切ってから、舞子は桜子を見ると柔和に笑った。

「でも、桜子さんの気持ちが嬉しいわ。ありがとう。あなたのほうこそ、大変だったのでしょう?」
「わ、私も……強くなります」

 桜子がおどおどしつつもそう述べると、目を丸くしてから舞子が破顔した。
 続いて礼人を見る。

「礼人様が私のお見舞いに来る印象はないのだけれど、桜子さんのつきそい? ドアの前でいっこうに入ってこなかった夜市の付き添い?」
「っげほ」
「両方です」

 一人、夜市が咽せている。礼人は仏頂面だ。それから窓の外を見た。銀杏の前をどう見ても季節に相応しくない巨大な黒揚羽が何匹も舞っている。

「まぁでも、少し理解したよ。いつもきみたちの甘ったるいやりとりを見てしらっとしていた分、自分に大切な者ができると、まぁ確かにいかに冷静な夜市でも挙動不審になるのだなって言うことは」

 つらつらと礼人が述べると、夜市が真っ赤な顔で俯いてから、ぶんぶんと頭を振る。

「誤解だ、黙っていろ」
「あら? そうなの? 夜市? 私、寂しいです」

 なにやら夜市と舞子は親しい様子だと、桜子は考えた。ならば、二人きりにして挙げた方がいいだろうか。

「舞子さんが無事でよかったです」

 そう告げてから、礼人の袖を掴む。すると気付いた礼人がゆっくりと頷いた。

「桜子さん。ここの二階の食堂ね、元海軍の人が開いていてカレーが美味しいんだよ。肉じゃのもととなった料理らしくて、まだ帝都には広まっていないんだけど」
「カレー、ですか」
「そう。大英帝国と親善で船を出したときに直接ならったそうだよ。印度の香辛料を使うんだって。辛いのが平気なら食べてみる?」
「はい!」

 桜子が頷く。礼人は性格に桜子の意図を誘っていた様子だ。
 それから礼人は桜子の腰を抱くと、二人に声をかけた。

「じゃあ俺達は食事にいくから、二人はごゆっくり」
「なっ」

 夜市が目を見開いている。

「ありがとう、お見舞いに来てくれて。ごきげんよう」

 柔和に笑った桜子に見送られ、二人は入院施設を後にした。そして回廊を歩きながら、風景を楽しむ。少なくとも桜子は楽しんだが、百鬼夜行の予兆がいたるところにあるからと、あまり礼人は喜べない。ただ、どんな危機があっても、桜子の手を離したくない様子で、ゆったりと隣を歩きながら、桜子の手を握った。桜子が頬を染め、小さく握り返す。

 ――この日食べたカレーは美味で、いち早く四峰邸の食譜にも取り入れられた。
 もうすぐ、冬が訪れる。



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