あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ

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―― 第三章 ―― 祝言と聖夜

【044】聖夜の夜会

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 聖夜の夜会が行われる会場は、洲崎堂子爵の別邸だった。
 見合いの立会人と祝言の仲人をしてくれた洲崎堂子爵は、こちらも貿易で財を成した家柄で、四峰伯爵家とはその祖父の代からの会社の縁だ。四峰財閥ほどではないが、政財界に顔が利く。文官ながらに陸軍を、たとえば陸軍あやかし対策部隊の統括をする陸軍卿とも縁戚関係にあり、軍にも関係者が多い。と、いう点と、あまり爵位が高すぎる人間が夜会を開くと、入場を躊躇ってしまう男爵や、財はあるが爵位のない家、爵位はあるが財はない家など、そういった者達が、気軽に顔を出すことが困難になる。そのため帝都では、いくつかの夜会が行われるが、大規模かつ比較的ゆるやかなのが、洲崎堂子爵の催し物となる。ただ別段品格が劣るわけではないので、社交デビューにもちょうど良く、本日デビューするものは、他にもいるようだ。

 と、馬車の中で礼人から聞いたものの、桜子は緊張している。
 首から胸元にかけては白地、肩から袖までは緑色のドレスを着た桜子は、同じ色の背中のリボンを気にしながら、礼人の隣に立っている。首からは上品な真珠のネックレスをかけている。結い上げた髪には、こちらは白いリボンが揺れている。帽子もよいが、最近はリボンが流行っているというのが青木屋のご婦人の談だった。礼人はジャケットにベストである。シンプルな出で立ちだが、礼人が身に纏っているだけで上品に見えるから不思議だ。

 最初に二人は、洲崎堂子爵に挨拶をした。

「これはこれは、今宵は楽しんで下さいね」

 口ひげを生やした背の低い子爵は、丸い鼻をしていて、それを掻くように撫でてから、会場を見渡す。笑顔だ。

「今日は若い方も多いんですよ。きっと、気の合うご友人もできるでしょう」

 そんな離しをしていると、次の挨拶客が来たので、その場を退いた。

「あ」

 すると礼人が声を出した。桜子は礼人を見てから、視線を追いかける。
 そこには壁に背を預けている青年がいて、礼人の方を見てニヤニヤと笑っていた。礼人は片目だけを鋭く変えて、嫌そうな顔をした。

「礼人様?」
「祝言にもこなかったくせに……」
「お知り合いですか?」
「叔父です。母方の叔父なんだけど、ちょっとした高等遊民でね」

 青年がこちらへ歩み寄ってくるのを、桜子は見ていた。

「よぉ、礼人。結婚おめでとう。それに、桜子さんだっけ? 俺は二階堂伯爵裕吾ゆうご卿。自分で言うけど貴族だ」
「さ、桜子と申します」
「ありがとうございます、叔父上」
「硬いな。お前、いつも俺に硬いよな」
「叔父上がフラフラしているだけでは?」

 礼人があからさまに嫌味を放った。桜子は珍しいと思ったが、反面それだけ親しいようにも感じる空気だ。

「貴族と言うけれど、叔父上は周囲に任せて今も読書三昧物書き三昧なんだろう?」
「いいや。新聞社に受かったぞ」
「え? この前までどこぞの大先生の書生をしていなかった?」
「小説はやめだやめ。俺は俺のペンで真実を描く!」

 親指を立てた裕吾は、この場では派手な格子柄の駱駝らくだ色のジャケット姿だ。

「今度改めて祝いに行く。幸せにな」
「はいはい、叔父上もね」

 そう言うと、嵐のように裕吾は去っていった。それを見送っていたときだった。

「まぁ!」

 声がした。聞き慣れた声だ。
 驚いて桜子がそちらを見ると、そこには薫子と尋子の姿があった。
 礼人も二人を見ると、ちょっとしくじったなという顔になる。

「どうして礼人先生といらっしゃるの?」

 薫子の声に、尋子も目をまん丸にして、桜子を見ている。
 ちょっと会っただけだと誤魔化すのだろうかと、桜子は動揺した。

「ええとね、桜子さんは、僕の妻なんだ。女学院には、普段の妻の様子を見たくて、教師として一時期雇ってもらっていたんだよ」

 そんなことが可能なのか桜子には分からなかったが、薫子と尋子は目を合わせた後、納得したように頷いた。

「あ、改めまして。朝霧伯爵令嬢の尋子です」
「夜野男爵令嬢の薫子です。まぁ、私は養子ですけどっ!」
「薫子さん。それを言ったら、私の母だってお妾だったわ……」

 小声で二人が素早くやりとりしている。どうやら過去にも夜会でこの二人は顔を合わせていたことがありそうだ。ちょっとだけ桜子は疎外感を覚えた。尋子と一番仲が良いのは自分だと、何処かで思っていたから、出自や身分を知らなかったのも寂しい。

「桜子さん。俺たちもご挨拶をしよう。四峰伯爵家が当主、四峰礼人です。こちらは妻の、桜子です」
「さ、桜子です」

 これは社交界へのデビューの一環としての挨拶の練習だと、桜子にも分かった。

「きゃぁ素敵!」

 薫子がうっとりした様子になる。
 多分、礼人がそっと桜子の背に手を当て、前へと促した仕草が薫子の琴線に触れたのだろうう。

「桜子さんも教えてくださったら良かったのに。私達お友達でしょう?」

 尋子の言葉に桜子はくすぐったくなる。友達だと思ったのが自分一人の勘違いじゃないと分かって嬉しい。

「でもなるほどですね。斑目先生と礼人先生のどちらが好みかと聞いたら、珍しく輪に入って、桜子さん、『礼人先生』って言ってましたものね。婚約者だったのなら、納得です。それも、相思相愛らしいし」

 薫子が頬に手を当て、にんまりと笑った。
 礼人はそれを聞いて、じっと桜子を見た。

「そうなの?」
「……はい」
「そういうことは、俺本人に言ってくれていいんだけど」

 羞恥に駆られて、桜子は両手で顔を覆った。

 そのようにして、本格的に夜会が始まった。礼人は、いつもは退屈そうな顔――と、桜子には表情豊かに見えるが、客観的に言えばそう捉えられるだろう顔をしているのだが、今宵は違った。取引先の家の者に、四峰財閥の若き次期後継者として、物腰豊かながら堂々と接し、桜子を紹介しては、挨拶をして回る。ついて回るのが精一杯ながら、桜子は隣にりたくて、必死に自己紹介をした。それらが落ち着いた頃、洲崎堂子爵が宣言した。それまで音楽家達が奏でていた演奏が一度む。

「それでは、聖夜のダンスをお楽しみ下さい」

 それを聞いて、桜子は唾液を嚥下する。ダンスなんてしたことがない。不安に思って礼人を見ると、微苦笑されて、手を差し出された。

「お手をどうぞ。大丈夫、俺に合わせていればいいよ」
「は、はい」

 こうして二人で、ダンスの輪に加わる。
 桜子の腰に手を添え、手を持った礼人のステップは巧みだ。すぐに元々体力が無いというのもあるが、そうではなくてダンスの熱気に当てられて、桜子の息が上がる。だが、間近にある礼人の顔を見ていると惹きつけられるようになり、うっとりしてしまった。ドレスを踏まないように気をつけて、礼人に促されるままステップを踏む。その内に楽しくなってきて、今度は躍動感から全身が熱くなった。

 一曲踊り終えたところで輪から外れる。
 檸檬水を二つ持って、礼人が桜子に片方を差し出した。切った檸檬が入った水だ。

「どうでしたか?」
「楽しかったです」
「俺もだよ。祖父に言われて習ってはいたけど、ダンス、嫌いなんだ。だけど桜子さんと踊るのは好きみたいだ」

 こうして二人は、聖夜の夜会を楽しんだ。


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