あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ

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―― 第四章 ―― 反枕の夢

【047】新春

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 喪が明けて最初のお正月。気合を入れた四峰家の使用人達は、晦日からは準備を念入りに、大晦日には蕎麦を打ち、年始にはおせちを用意した。

「これは」

 一月三日。
 桜子は、以前軍で食べさせてもらったカレーが食卓にあるのを見た。まだあまり出てこないから物珍しいのもあった。

「ほら、正月料理は味が薄いですから。俺のは特に」

 そう謙遜しつつ料理人の岡崎が笑う。桜子は軽く首を振った。簪の飾りが揺れる。

「美味しかったです」
「よかった」

 二人がにこやかにやりとりしている場合、いつもであれば、礼人も相づちの一つも入れることが多い。だが本日はそれがない。なんとなく違和感を抱いただけだったが、桜子は礼人へと視線を向けた。礼人は窓の外に降りしきる綿雪を見ていた。今年の帝都は雪が深い。なにか、追憶に耽るような眼差しに思えた。

「……」

 声をかけるのが躊躇われたのは、礼人がどこか沈んでいるように見えたからだ。
 だが先に礼人が気付いて、桜子へと視線を向けた。

「そうだね、おせちは美味しかったと俺も思うよ」

 それに桜子はほっとしたが、だが、自分の違和を信じた。礼人のことをよく見ていたいと常に思っているから、気になってしまった。それは人の顔色を窺うのとは異なる感覚だ。

「どうかなさいましたか?」
「……どうして?」
「考え込んでおられるようでしたから……」
「鋭いなぁ、ああ、鋭い」
「そうでしょうか?」
「うん。桜子さんは、俺の博士はかせになれるよ」
「……嬉しいですが、誤魔化さないで下さい」
「困ったな、言われてしまいましたね」

 礼人の声が、少し平坦に変わった。珍しく冗談めかして濁そうとしていたのだが、観念したように、腕を組む。

「過度に不安にさせるべきでは無いと思うけど、話しておいたほうがいいと考えてる」
「なにをですか?」
「俺の四峰の者は、反枕の血をひく。未来を視せるあやかしの血を」

 初めて聞いた桜子は目を丸くする。ただ、反枕は聞いたことがあった。
 枕を返して悪夢を見せるという妖怪だ。

「なにか、未来を視たのですか?」
「うん」
「それが、お辛いのですか?」
「……いいや。考えているだけだよ」
「考える?」
「俺はもう幼子でも、一昨年の俺でもない。素敵なお嫁さんがいる大人だから、泣いて縋ってわめいて、後悔したりぐずったり、理不尽に涙を零したりはしないんだ。だから、対応策を検討しているということかな」

 礼人の言葉に、桜子が小さく頷いた。

「夢に抗おうとしている、ということでしょうか?」
「うん、そうなるね」
「未来は、変えられないのでしょうか?」
「いいや、変えられるよ。だから、即ちその方策を検討しているということだね」

 淡々と語る礼人は、そう言うとそばにあった湯飲みを傾けた。
 既に料理人は下がっている。桜子は、カレーの皿を一瞥してから、改めて礼人を見た。

「きっと、礼人様ならできます」
「言いたくないけどさ、根拠は?」
「その」
「ごめん、意地の悪い言い方をしたね、忘れて」
「そ、その、私がそう信じているからです。そ、それだけでは、少しもお気は休まりませんか?」

 桜子が小さな声で述べると、虚を突かれた顔をした後、ようやく礼人が表情を和らげた。

「なります。なりました。ありがとう」

 それを聞いて、肩から力が抜ける。

「ところで、どんな未来をご覧になったんですか?」
「……」
「あ、い、言いたくないなら……」
「いいや、そうだな。さっき言った話そうと思っていたことだから。いいにくいけれど、危険を減らすためにも聞いてほしい」
「はい」
「――桜子さん」

 礼人は一度言葉を句切ると、まっすぐに桜子の目を見た。

「きみが死ぬ夢だよ」

 そこには一切の嘘の色は見えなかった。元々、礼人がこのような嘘をつくとは桜子は思わないが、ゾクリとした。背骨に沿って、冷たい手で撫でられた心地になる。

「だけど、安心して。必ず俺が助ける。だから桜子さんは、身の回りの危険に注意を払って下さい」
「は、はい」
「それだけは約束して」
「わかりました」

 桜子が頷くと、礼人もまた頷いた。そして礼人は、スプーンに手を伸ばす。

「さて、食べようか」
「はい」
「おせちに入っていた筑前煮の人参がカレーに化けたというから、狸もびっくりするだろうね」

 礼人の声に、桜子は小さく笑った。



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