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―― 第四章 ―― 反枕の夢
【053】消えた式神 ※礼人
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百鬼夜行の予兆の精査が、本日も行われている。この寒い冬に、狂い咲く桜がまた一つ見つかった。舞い落ちた花びらは路面で氷り、まるで花びらの上を歩けるようだと、ある種幻想的な光景ではあるのだが、事情を知る者からすれば禍々しいとしかいえない。
他にもある。夜、黒い雪が舞い落ちた。闇夜であったから多くの者は気付かなかったし、朝には溶けていたが、式神が察知した。
新年には神社に行く者が多いが、そこにその神社の品ではないお守りが混入されていた事例もある。赤地に白い糸で刺繍が施されており、その模様は、前回の百鬼夜行で取り逃がした鬼の雑面に描かれていたものと同一だった。それも、『幽香鬼』のもの。
あやかし達が活性化しているという報告もある。
礼人にかぎらず、祓魔七環の関係者やあやかし筋の人間は、あやかしの血を引くことが多いのだが、みな、何かしらの異変をこの年始に感じていた。
その一つ一つを精査していたときだった。
――ブツン、と。
糸が切れたような感覚がして、礼人は瞠目した。嫌な汗がこめかみから垂れる。これは念のため桜子の護衛につけていた式神の気配だ。懐から式神に指示を飛ばしていた六芒星が描かれた紙を取り出す。熱はなかったが、ところどころが焼け焦げている。
「四峰大尉?」
一条大佐が声をかけると、やっと息をするのを思い出したような状態で、礼人が顔を向けた。緑の瞳に不安とも困惑とも恐怖とも怒りとも、そして動揺とも、なんともつかない色が宿っている。
「さきほどお話した妻の夢ですが」
「うん」
「今、彼女を護衛していた式神が消失しました」
礼人の言葉に、一条大佐は小さく息を呑む。
「俺は、探しに行こうと思います」
そう礼人が述べると五桐少佐が頬杖をついた。
「この大切な会議の最中に? 環央家に武器の供給を頼む話をしてるんだぞ? 式神は、脆いから、しかも紙だ。冬は雪ですぐ溶ける。心配しすぎなんじゃないのか? 愛妻家なのは結構だがさ」
常時であれば、五桐少佐の言葉はもっともであったし、いつもであれば礼人も――桜子のことでなければ、礼人も同じ結論を導出した自信があった。
「そうですね。まずは、別の式神を飛ばして、様子を確認しては?」
二葉中佐もそう述べる。冷静な判断だ。
そして今は実際、それだけ大切な会議をしている。軍から環央家へ依頼をするというのは、本来であれば百鬼夜行の確証を得てからだ。武器生みは、命に関わる大変な儀式を伴うからだ。それを備えとして簡単に武器を寄越せと言えることではない。別室には今、相談のために祓魔七環の者も控えている。たとえば、舞子もそうだ。
「……」
礼人は、一度瞼を伏せた。そして、それからしっかりと開ける。今度は、緑の瞳には何の迷いもなく、そこには鋭く力強い眼光があった。
「俺は行きます」
「四峰大尉……」
一条大佐が、顎に手を添える。
「行くなと言うなら、軍を辞めます。軍属を離れます」
きっぱりと礼人が述べると、五桐少佐が目を剥き、二葉中佐は沈黙した。
「では、俺も探しに行きます。俺も軍を離れても構いません。親友の窮地かもしれないので、それを見捨てる方が、自分の矜持に反するので。友情に則って」
すると、夜市がそう述べた。驚いて礼人が顔を向けると、飄々とした顔をしている夜市が頷く。心強いと胸をなで下ろし、頷き返して礼人はドアへと向かった。その隣に夜市が追いつく。
「待っ」
二葉中佐が制止しようとすると、一条大佐が肩を叩いて止める。
その間に、礼人と夜市は、その部屋を後にした。
自然と早足になり、階段を駆け下りて、軍の建物から外へと出る。
粉雪が舞い落ちてきたが、空は晴れている。
逢魔が時、人を不安にさせる夕方の空に、一度礼人は目を伏せた。
「ありがとう、夜市」
「言うな。当然のことだ。もし逆の立場ならば、お前だってそうしただろう」
「それこそ当然だよ」
二人は軍靴で歩きながら、言葉を交わす。その間にも、夜市が式神を放った。これは二葉中佐の提案と同じではある。だが、礼人が式神を飛ばすよりも充分な効果がある。
夜市家は、代々式神を使い、この帝都の結界を見守り、あやかしの動向を監視する家柄だ。だからこそ、予兆についての確認を一任されていたというのもある。空を黒い鴉が飛び始める。あれもまた、夜市が放った式神だ。
軍用の馬車へと向かい、礼人が黒椿女学院の方向へ出して欲しいと交渉する間も夜市は、式神と、監視用の結界の確認をしている。
「馬車を出してくれるそうだよ、取り急ぎ女学院の方向へ」
「そうか。だが行き先は黒椿女学院ではないほうがいい」
「見つかったの?」
急いて礼人が問いかけると、夜市が難しい顔をした。
「礼人の式神が消失した場所から少ししたあたりに、馬車が乗り捨てられている」
「うん」
「家紋を照合すると夜野男爵家のものだ。関係しているかもしれない」
夜野男爵家の令嬢とは、夜会で顔を合わせた。桜子の同級生だと話していたことを、礼人は思い出す。だとすれば、安全だと勝手に思っていた女学院の内部に、魔の手が潜んでいたということだ。
「夜野男爵家へと式神を飛ばした結果、裏手に朽ちた廃教会がある。ここの下水道を確認すると、無人のはずが水道が使われている」
「っ」
「他にも、定期的に人が出入りしている様子だ。雪が踏み固められているし、たった今も中に黒い修道服を纏った人間が入るのを、式神が捕捉した」
夜市の言葉に頷き、礼人は馬車の戸に手をかけ、御者に行き先の変更を告げる。
隣に夜市も乗りこんだ。
他にもある。夜、黒い雪が舞い落ちた。闇夜であったから多くの者は気付かなかったし、朝には溶けていたが、式神が察知した。
新年には神社に行く者が多いが、そこにその神社の品ではないお守りが混入されていた事例もある。赤地に白い糸で刺繍が施されており、その模様は、前回の百鬼夜行で取り逃がした鬼の雑面に描かれていたものと同一だった。それも、『幽香鬼』のもの。
あやかし達が活性化しているという報告もある。
礼人にかぎらず、祓魔七環の関係者やあやかし筋の人間は、あやかしの血を引くことが多いのだが、みな、何かしらの異変をこの年始に感じていた。
その一つ一つを精査していたときだった。
――ブツン、と。
糸が切れたような感覚がして、礼人は瞠目した。嫌な汗がこめかみから垂れる。これは念のため桜子の護衛につけていた式神の気配だ。懐から式神に指示を飛ばしていた六芒星が描かれた紙を取り出す。熱はなかったが、ところどころが焼け焦げている。
「四峰大尉?」
一条大佐が声をかけると、やっと息をするのを思い出したような状態で、礼人が顔を向けた。緑の瞳に不安とも困惑とも恐怖とも怒りとも、そして動揺とも、なんともつかない色が宿っている。
「さきほどお話した妻の夢ですが」
「うん」
「今、彼女を護衛していた式神が消失しました」
礼人の言葉に、一条大佐は小さく息を呑む。
「俺は、探しに行こうと思います」
そう礼人が述べると五桐少佐が頬杖をついた。
「この大切な会議の最中に? 環央家に武器の供給を頼む話をしてるんだぞ? 式神は、脆いから、しかも紙だ。冬は雪ですぐ溶ける。心配しすぎなんじゃないのか? 愛妻家なのは結構だがさ」
常時であれば、五桐少佐の言葉はもっともであったし、いつもであれば礼人も――桜子のことでなければ、礼人も同じ結論を導出した自信があった。
「そうですね。まずは、別の式神を飛ばして、様子を確認しては?」
二葉中佐もそう述べる。冷静な判断だ。
そして今は実際、それだけ大切な会議をしている。軍から環央家へ依頼をするというのは、本来であれば百鬼夜行の確証を得てからだ。武器生みは、命に関わる大変な儀式を伴うからだ。それを備えとして簡単に武器を寄越せと言えることではない。別室には今、相談のために祓魔七環の者も控えている。たとえば、舞子もそうだ。
「……」
礼人は、一度瞼を伏せた。そして、それからしっかりと開ける。今度は、緑の瞳には何の迷いもなく、そこには鋭く力強い眼光があった。
「俺は行きます」
「四峰大尉……」
一条大佐が、顎に手を添える。
「行くなと言うなら、軍を辞めます。軍属を離れます」
きっぱりと礼人が述べると、五桐少佐が目を剥き、二葉中佐は沈黙した。
「では、俺も探しに行きます。俺も軍を離れても構いません。親友の窮地かもしれないので、それを見捨てる方が、自分の矜持に反するので。友情に則って」
すると、夜市がそう述べた。驚いて礼人が顔を向けると、飄々とした顔をしている夜市が頷く。心強いと胸をなで下ろし、頷き返して礼人はドアへと向かった。その隣に夜市が追いつく。
「待っ」
二葉中佐が制止しようとすると、一条大佐が肩を叩いて止める。
その間に、礼人と夜市は、その部屋を後にした。
自然と早足になり、階段を駆け下りて、軍の建物から外へと出る。
粉雪が舞い落ちてきたが、空は晴れている。
逢魔が時、人を不安にさせる夕方の空に、一度礼人は目を伏せた。
「ありがとう、夜市」
「言うな。当然のことだ。もし逆の立場ならば、お前だってそうしただろう」
「それこそ当然だよ」
二人は軍靴で歩きながら、言葉を交わす。その間にも、夜市が式神を放った。これは二葉中佐の提案と同じではある。だが、礼人が式神を飛ばすよりも充分な効果がある。
夜市家は、代々式神を使い、この帝都の結界を見守り、あやかしの動向を監視する家柄だ。だからこそ、予兆についての確認を一任されていたというのもある。空を黒い鴉が飛び始める。あれもまた、夜市が放った式神だ。
軍用の馬車へと向かい、礼人が黒椿女学院の方向へ出して欲しいと交渉する間も夜市は、式神と、監視用の結界の確認をしている。
「馬車を出してくれるそうだよ、取り急ぎ女学院の方向へ」
「そうか。だが行き先は黒椿女学院ではないほうがいい」
「見つかったの?」
急いて礼人が問いかけると、夜市が難しい顔をした。
「礼人の式神が消失した場所から少ししたあたりに、馬車が乗り捨てられている」
「うん」
「家紋を照合すると夜野男爵家のものだ。関係しているかもしれない」
夜野男爵家の令嬢とは、夜会で顔を合わせた。桜子の同級生だと話していたことを、礼人は思い出す。だとすれば、安全だと勝手に思っていた女学院の内部に、魔の手が潜んでいたということだ。
「夜野男爵家へと式神を飛ばした結果、裏手に朽ちた廃教会がある。ここの下水道を確認すると、無人のはずが水道が使われている」
「っ」
「他にも、定期的に人が出入りしている様子だ。雪が踏み固められているし、たった今も中に黒い修道服を纏った人間が入るのを、式神が捕捉した」
夜市の言葉に頷き、礼人は馬車の戸に手をかけ、御者に行き先の変更を告げる。
隣に夜市も乗りこんだ。
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