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ローフェル編
赤い記憶
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アデライトは子供を身籠った。彼女はオーウェンの子供かと怯えていたが、そんなことは有りえない。
オーウェンは種がない。そのことは薄々、本人も気づいている。だが、認めたくないのだ。
しかも、アデライトに未練があるのか、彼女の周りを密かにうろついている。
私や公爵が常に一緒にいるし、公爵家にはそう簡単に入れない。別邸の様にはいかない。
月が満ちてアデライトは子供を産んだ。アリスティアと名付けた女の子は、赤い髪に碧の瞳の私に似た子供だった。
私と同じ目を持っている事でアデライトは、安心したのか表情が緩んで涙を流していた。
その顔は美しい。ずっと見ていていたくなる。
ああ、だから、オーウェンはアデライトを泣かす為にわざと酷いことをしているのか。子供が好きな子に意地悪をするのと一緒で、私も双子だから気持ちは分かるが、それではアデライトの心は手に入らない。
彼女が求めているのは、普通の愛情。父親の様な兄の様な大きな愛情なのだ。
それに気づいたのは、大人になってからだ。彼女は恋人としての激しい愛情など決して欲してはいなかった。それは貴族の令嬢だからではなく、性格からきているものだ。
母を早くに亡くし、父の侯爵は領地や事業の事で忙しい。使用人らに囲まれて生活していた彼女が何より欲しかったのは家族の愛情なのだろう。
その願いを壊したのは他ならぬ、私達伯爵家の人間だ。母ヴェロニカには野望があり、息子を公爵家に入り婿させる事が重要で、オーウェンを焚き付けている。
もし、オーウェンが子供を造れる体ならきっと私より扱いやすいオーウェンを公爵に勧めたはずだ。
今また、私と連絡を取って、公爵家の恩恵に預かろうとしている。
私は伯爵家の干渉を許さなかった。アデライトと娘のアリスティアには害にしかならないと判断したからだ。
公爵家に婿入りした時、公爵邸の管理や資産の一部は私に委任されていた。勿論、使用人の人事もだ。
アリスティアの乳母を募集すると母が紹介すると言ってきた。私が断ると逆上したように罵る。
その様はまるでオーウェンを見ているようだった。本当に彼らはよく似ている。
何もかも瓜二つだ。私よりも母の方が双子なのかと思うぐらいに……。
結局、アデライトは最初の子供は、自分で育てたいと貴族には珍しく乳母を付けなかった。
それは、アデライトができる彼女なりの愛し方だったのだろう。
体の弱い彼女は自分と娘との時間を少しでも多く取りたかったのだ。母乳があまり出ない時は、ヤギの乳を吸わせていた。
子育てなど貴族の夫人が自らする事ではないと言うが、その姿はまるで聖母の様だった。
私が憧れてやまないことを、愛しい女が自分の子供にしてやっている姿は尊いものに感じていた。
二人でゆっくりとアリスティアを挟んで本当の夫婦に近づいていく。
そんな時にまたオーウェンは、アデライトの留守に公爵家にやってきた。酒癖が悪いオーウェンは今度はアリスティアの心に癒えぬ傷跡を残していく。
二度と公爵家の門を潜らせないと誓った。
だが、今度はアリスティアの誕生日を前にオーウェンが取引先と揉め事を起こし、伯爵家の他の人間と交渉したいと言ってきた。
父ブリュッセル伯爵は病に倒れ、兄は隣国に商談に行っている。残されたオーウェンでは信用できないと言われ、母は私に泣きついた。
アデライトが体調を崩しているから、傍にいてやりたい。なのに面倒事を押し付けてくる。
仕方なく、伯爵家の頼みを聞くのはそれが最後だと言い聞かせて引き受けた。
出かける時にアデライトが何か言いたげな雰囲気を醸し出していたが、帰ってから聞くからと宥めた。
愛する妻と娘は笑顔で見送っていてくれた。
私の頭にはこの時の光景が深く刻まれたのだ。
予定よりも事がスムーズに行き、早く公爵家に帰りたい私は近道を選んだ。
しかし、前にいた馬車が泥濘に車輪をとられて立ち往生していた所に出くわした。小雨が降ってきて、外で押している男が泥と雨でぬれている。
取りあえず私が羽織っていた上着を貸し与え、一緒に馬車を押していた時だった。
上から物凄い音と地響きで、あっという間に馬車もろとも土砂崩れに巻き込まれ、崖下まで押し出された。
私は運よく土砂に弾き飛ばされ、途中の木の枝にぶら下がっていた。
その木も折れると下の木の枝へと段々下に下に落ちていく。あちこち体中に痛みを感じながら、意識が遠のいていくのが分かった。
浮かんだのは妻と娘に見送られた姿だった。
ここで死ぬのだな。最後にもう一度アデライトとアリスティアに会いたい。
身体中の痛みと寒さでだんだん眠くなり、重い瞼を閉じていった。
どのくらい眠っていたのか分からなかったが、気が付けば誰かが訳の分からない事を言っている。その言葉で目を開けると、
「………」
何か喋っているのは分かるのだが、言葉が通じない。見知らぬ場所で見知らぬ人々。
何より自分が誰なのかも分からなかった。
ただ、頭に浮かぶのは、誰かが自分の帰りを待っているような、そんなあやふやな感覚だけ。
そして、顔は思い出せないが赤い髪を靡かせた女と幼女。ただそれだけが手がかりとなったのだ。
オーウェンは種がない。そのことは薄々、本人も気づいている。だが、認めたくないのだ。
しかも、アデライトに未練があるのか、彼女の周りを密かにうろついている。
私や公爵が常に一緒にいるし、公爵家にはそう簡単に入れない。別邸の様にはいかない。
月が満ちてアデライトは子供を産んだ。アリスティアと名付けた女の子は、赤い髪に碧の瞳の私に似た子供だった。
私と同じ目を持っている事でアデライトは、安心したのか表情が緩んで涙を流していた。
その顔は美しい。ずっと見ていていたくなる。
ああ、だから、オーウェンはアデライトを泣かす為にわざと酷いことをしているのか。子供が好きな子に意地悪をするのと一緒で、私も双子だから気持ちは分かるが、それではアデライトの心は手に入らない。
彼女が求めているのは、普通の愛情。父親の様な兄の様な大きな愛情なのだ。
それに気づいたのは、大人になってからだ。彼女は恋人としての激しい愛情など決して欲してはいなかった。それは貴族の令嬢だからではなく、性格からきているものだ。
母を早くに亡くし、父の侯爵は領地や事業の事で忙しい。使用人らに囲まれて生活していた彼女が何より欲しかったのは家族の愛情なのだろう。
その願いを壊したのは他ならぬ、私達伯爵家の人間だ。母ヴェロニカには野望があり、息子を公爵家に入り婿させる事が重要で、オーウェンを焚き付けている。
もし、オーウェンが子供を造れる体ならきっと私より扱いやすいオーウェンを公爵に勧めたはずだ。
今また、私と連絡を取って、公爵家の恩恵に預かろうとしている。
私は伯爵家の干渉を許さなかった。アデライトと娘のアリスティアには害にしかならないと判断したからだ。
公爵家に婿入りした時、公爵邸の管理や資産の一部は私に委任されていた。勿論、使用人の人事もだ。
アリスティアの乳母を募集すると母が紹介すると言ってきた。私が断ると逆上したように罵る。
その様はまるでオーウェンを見ているようだった。本当に彼らはよく似ている。
何もかも瓜二つだ。私よりも母の方が双子なのかと思うぐらいに……。
結局、アデライトは最初の子供は、自分で育てたいと貴族には珍しく乳母を付けなかった。
それは、アデライトができる彼女なりの愛し方だったのだろう。
体の弱い彼女は自分と娘との時間を少しでも多く取りたかったのだ。母乳があまり出ない時は、ヤギの乳を吸わせていた。
子育てなど貴族の夫人が自らする事ではないと言うが、その姿はまるで聖母の様だった。
私が憧れてやまないことを、愛しい女が自分の子供にしてやっている姿は尊いものに感じていた。
二人でゆっくりとアリスティアを挟んで本当の夫婦に近づいていく。
そんな時にまたオーウェンは、アデライトの留守に公爵家にやってきた。酒癖が悪いオーウェンは今度はアリスティアの心に癒えぬ傷跡を残していく。
二度と公爵家の門を潜らせないと誓った。
だが、今度はアリスティアの誕生日を前にオーウェンが取引先と揉め事を起こし、伯爵家の他の人間と交渉したいと言ってきた。
父ブリュッセル伯爵は病に倒れ、兄は隣国に商談に行っている。残されたオーウェンでは信用できないと言われ、母は私に泣きついた。
アデライトが体調を崩しているから、傍にいてやりたい。なのに面倒事を押し付けてくる。
仕方なく、伯爵家の頼みを聞くのはそれが最後だと言い聞かせて引き受けた。
出かける時にアデライトが何か言いたげな雰囲気を醸し出していたが、帰ってから聞くからと宥めた。
愛する妻と娘は笑顔で見送っていてくれた。
私の頭にはこの時の光景が深く刻まれたのだ。
予定よりも事がスムーズに行き、早く公爵家に帰りたい私は近道を選んだ。
しかし、前にいた馬車が泥濘に車輪をとられて立ち往生していた所に出くわした。小雨が降ってきて、外で押している男が泥と雨でぬれている。
取りあえず私が羽織っていた上着を貸し与え、一緒に馬車を押していた時だった。
上から物凄い音と地響きで、あっという間に馬車もろとも土砂崩れに巻き込まれ、崖下まで押し出された。
私は運よく土砂に弾き飛ばされ、途中の木の枝にぶら下がっていた。
その木も折れると下の木の枝へと段々下に下に落ちていく。あちこち体中に痛みを感じながら、意識が遠のいていくのが分かった。
浮かんだのは妻と娘に見送られた姿だった。
ここで死ぬのだな。最後にもう一度アデライトとアリスティアに会いたい。
身体中の痛みと寒さでだんだん眠くなり、重い瞼を閉じていった。
どのくらい眠っていたのか分からなかったが、気が付けば誰かが訳の分からない事を言っている。その言葉で目を開けると、
「………」
何か喋っているのは分かるのだが、言葉が通じない。見知らぬ場所で見知らぬ人々。
何より自分が誰なのかも分からなかった。
ただ、頭に浮かぶのは、誰かが自分の帰りを待っているような、そんなあやふやな感覚だけ。
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