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それぞれの結末
オーウェン
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アリスティアから真実を告げられた私は、最後にアリスティアの誕生日パーティーのエスコートをして、別れを告げた。
そして別邸のアデライトの私室の鍵を開け、中に入ると部屋は閉じられた時の状態で、天井には蜘蛛の巣が張り埃臭さが鼻についた。
明かりを灯すと部屋の惨状は目を見張る程、寝台の周辺の物は落ちて割れたガラスの破片が至る所に散らばっていた。
寝台には血痕らしきどす黒いシミがついている。
私はそれを見て過去を思い出したのだ。
泣いて止めてと抵抗したアデライトを抑え込んで、自分の欲望を吐き出した時の様子を。
兄と口論になった時、アリスティアに掴みかかろうとしたことを。
ドレッサーの小さな箱が眼に止まり、中を開けるとそこには、あの花で作った指輪が大切にしまってあった。
それを手に取ると、枯れていた花はポロポロと手から零れ落ちる様に、床に散らばる。
まるで、初恋が終わったと知らせる様に。アデライトの愛が砕け散ったとでも言う様に。ばらばらになった花を見つめながら約束を思い出す。
「大人になったら誰よりも先に君に求婚に行く」
幼い頃の思い出が甦る。だが、それはもう取り返しのつかない過去。泣いて蹲っている私に死者が問い掛ける。
「どうだ、己の愚かな過ちを目にした感想は」
「私は愛されていた。なのにアデライトを苦しめるばかりしていた。今度こそ罪を償いたい。アリスティアを幸せにすることで……」
「それは図々しい願いだな。そんな事は許さないよ。オーウェン」
その声は今まで聞いたことのない悪魔のような恐ろしさを含んでいた。
嘘だ。声の持ち主は死んだはずだ。ここにはいない。私は亡霊と話をしているのだ。
「私がお前を許すとでも思っているのか。アデライトが今もお前を愛しているとそんな都合のいいことを考えているのか?そんな事は在り得ない。この部屋の惨状を見て、お前の罪深さを知らしめる為にアデライトが残した物だ。今更、どんな言い訳をしても遅い。償う機会は十分に与えられていたのに、お前は…お前達は償うどころか次々と罪を重ねていった」
私は頭を上げてはっきりとその顔を見た。それは自分と同じ顔、同じ声、同じ髪違っているのは目の色と左目の下にある黒子だけ。
兄ローフェル。生きていたのか。死んだはずなのに。これはきっと悪夢だ。死者は蘇るはずはない。
「アデライトからの伝言だ。『私は愛している夫とアリスティアとの思い出と共にこの世を去る。オーウェンに関する物は全て焼き払ってほしい。棺には家族で撮った写真一枚と髪結びを入れて下さい』そう言い残したよ。だから私と義父上はお前に関する物は公爵家で焼き払った。公爵家に帰った時に何の違和感も感じなかったのか?」
「じゃあ、アリスティアが見た写真は!」
「ああ、あれのことか?私の写真に少しばかり悪戯をして、アリスティアが確認した後、黒子は消したよ。モノクロの写真では、目の色は解らないからな」
「私をどうするつもりだ。こんな事をしても兄さんは生き返れない」
「伝え忘れていたことが、もう一つあったな。陛下から直々に帰郷祝いに名前を賜ってね。『オーウェン・デニス・クロムウェル』という名前なんだ。お前の名前だよな。もう分かっただろう。お前と私は入れ替わるんだ。お前は私になって、ある所に送られる。そして二度とこの国に帰る事は出来ない」
「そ…そんな。兄さん、助けてくれ。血の繋がった兄弟だろう。今までだって……」
その先を言おうとしたが、兄は冷たい目で私を見下ろしていた。残忍な目で。
「血の繋がりだと。そんな物は私には必要ない。伯爵家とも縁を切っている。それにお前には知らされていないが、公爵家の戸籍にはオーウェンの名前は何処にもない。あるのはローフェルの名前だけだ。お前は何処にも存在しないんだ。生きている亡霊となって残りの人生を生きるがいい」
仕えていた使用人達が私を押さえつけて口に何かを流し込まれた。
「オーウェン、これが何だかわかるか。冥府に『忘却の泉』という記憶を奪う泉があると言い伝えられているだろう。これはそれを再現するために作られた物なんだ。記憶だけを奪っていく代物だ。メッシ―博士が私にくれたのだ。彼の友人に『毒の伯爵』と呼ばれる貴族がいる。その人の研究材料にお前が選ばれた。お前を殺さないのは、生きて貰わねば私が困るからだ。決してお前への温情なのではない。もうすぐこの薬の所為で、過去を全て奪われるだろう。二度と会う事も思い出すこともない。さらばだ、オーウェン」
「あ…兄さん……」
私は意識を無くす前に、赤い髪の女の姿をローフェルに見た。
彼女は美しい満面の笑顔を浮かべて
「さようなら、オーウェン。初恋は叶わないものと誰かが言うけれど、本当にそうだわ。二度と愛しいアリスティアの前に現れないでちょうだい。大嫌いよオーウェン」
私は全ての意識を手放す前に、あの朽ちた花弁の破片を掴んだ。
気が付くと、白い天井がぼんやりと見える。
世話を焼いてくれた男が
「また帰って来たのか?アスベス」
そう言われ、ぼんやり私の名前はアスベスなのかと考えながら、そこでの生活に馴染んでいった。
誰でもない私は過去を思い出せない。ただ、周りからそうだと言われてそうなのかと従っているだけの存在。
全てを忘れてしまった私は誰からも忘れ去られていた。
「アスベスはここが好きなんだな」
「ああ、薔薇の花を見ていると何だか和むんだ」
神殿の中庭に咲いている深紅の薔薇を見ていると、何だか気持ちが落ち着く。
「そのお守りの中身は何なんだい?いつも身に付けているよな」
「大したものではないよ。見ていると懐かしくそれでいて悲しくなるもの何だ。でも無くしたくない物でもある」
そう言って首からぶら下げている袋を取り出して、隣の男に見せてやる。
中に入っているのは花の花弁の様な物。
それを見つめていると、誰かを思い出しそうになる。
それは赤い髪の女。
誰かは解らないが、きっと私にとって大切だった人なのだろう。
思い出せはしない。それは薬の所為だ。何かを思い出そうとすると薬を飲まされる。
私はきっと罪人なのだ。だからこんな仕打ちをされるのだ。
私は花弁を袋にまた、戻しながら振り返ると
誰かが私に囁いた。
「さようなら、オーウェン。初恋の人」
そう言われた気がする。
赤い髪の女が微笑む。その姿はまるで古の魔女のようだった。
そして別邸のアデライトの私室の鍵を開け、中に入ると部屋は閉じられた時の状態で、天井には蜘蛛の巣が張り埃臭さが鼻についた。
明かりを灯すと部屋の惨状は目を見張る程、寝台の周辺の物は落ちて割れたガラスの破片が至る所に散らばっていた。
寝台には血痕らしきどす黒いシミがついている。
私はそれを見て過去を思い出したのだ。
泣いて止めてと抵抗したアデライトを抑え込んで、自分の欲望を吐き出した時の様子を。
兄と口論になった時、アリスティアに掴みかかろうとしたことを。
ドレッサーの小さな箱が眼に止まり、中を開けるとそこには、あの花で作った指輪が大切にしまってあった。
それを手に取ると、枯れていた花はポロポロと手から零れ落ちる様に、床に散らばる。
まるで、初恋が終わったと知らせる様に。アデライトの愛が砕け散ったとでも言う様に。ばらばらになった花を見つめながら約束を思い出す。
「大人になったら誰よりも先に君に求婚に行く」
幼い頃の思い出が甦る。だが、それはもう取り返しのつかない過去。泣いて蹲っている私に死者が問い掛ける。
「どうだ、己の愚かな過ちを目にした感想は」
「私は愛されていた。なのにアデライトを苦しめるばかりしていた。今度こそ罪を償いたい。アリスティアを幸せにすることで……」
「それは図々しい願いだな。そんな事は許さないよ。オーウェン」
その声は今まで聞いたことのない悪魔のような恐ろしさを含んでいた。
嘘だ。声の持ち主は死んだはずだ。ここにはいない。私は亡霊と話をしているのだ。
「私がお前を許すとでも思っているのか。アデライトが今もお前を愛しているとそんな都合のいいことを考えているのか?そんな事は在り得ない。この部屋の惨状を見て、お前の罪深さを知らしめる為にアデライトが残した物だ。今更、どんな言い訳をしても遅い。償う機会は十分に与えられていたのに、お前は…お前達は償うどころか次々と罪を重ねていった」
私は頭を上げてはっきりとその顔を見た。それは自分と同じ顔、同じ声、同じ髪違っているのは目の色と左目の下にある黒子だけ。
兄ローフェル。生きていたのか。死んだはずなのに。これはきっと悪夢だ。死者は蘇るはずはない。
「アデライトからの伝言だ。『私は愛している夫とアリスティアとの思い出と共にこの世を去る。オーウェンに関する物は全て焼き払ってほしい。棺には家族で撮った写真一枚と髪結びを入れて下さい』そう言い残したよ。だから私と義父上はお前に関する物は公爵家で焼き払った。公爵家に帰った時に何の違和感も感じなかったのか?」
「じゃあ、アリスティアが見た写真は!」
「ああ、あれのことか?私の写真に少しばかり悪戯をして、アリスティアが確認した後、黒子は消したよ。モノクロの写真では、目の色は解らないからな」
「私をどうするつもりだ。こんな事をしても兄さんは生き返れない」
「伝え忘れていたことが、もう一つあったな。陛下から直々に帰郷祝いに名前を賜ってね。『オーウェン・デニス・クロムウェル』という名前なんだ。お前の名前だよな。もう分かっただろう。お前と私は入れ替わるんだ。お前は私になって、ある所に送られる。そして二度とこの国に帰る事は出来ない」
「そ…そんな。兄さん、助けてくれ。血の繋がった兄弟だろう。今までだって……」
その先を言おうとしたが、兄は冷たい目で私を見下ろしていた。残忍な目で。
「血の繋がりだと。そんな物は私には必要ない。伯爵家とも縁を切っている。それにお前には知らされていないが、公爵家の戸籍にはオーウェンの名前は何処にもない。あるのはローフェルの名前だけだ。お前は何処にも存在しないんだ。生きている亡霊となって残りの人生を生きるがいい」
仕えていた使用人達が私を押さえつけて口に何かを流し込まれた。
「オーウェン、これが何だかわかるか。冥府に『忘却の泉』という記憶を奪う泉があると言い伝えられているだろう。これはそれを再現するために作られた物なんだ。記憶だけを奪っていく代物だ。メッシ―博士が私にくれたのだ。彼の友人に『毒の伯爵』と呼ばれる貴族がいる。その人の研究材料にお前が選ばれた。お前を殺さないのは、生きて貰わねば私が困るからだ。決してお前への温情なのではない。もうすぐこの薬の所為で、過去を全て奪われるだろう。二度と会う事も思い出すこともない。さらばだ、オーウェン」
「あ…兄さん……」
私は意識を無くす前に、赤い髪の女の姿をローフェルに見た。
彼女は美しい満面の笑顔を浮かべて
「さようなら、オーウェン。初恋は叶わないものと誰かが言うけれど、本当にそうだわ。二度と愛しいアリスティアの前に現れないでちょうだい。大嫌いよオーウェン」
私は全ての意識を手放す前に、あの朽ちた花弁の破片を掴んだ。
気が付くと、白い天井がぼんやりと見える。
世話を焼いてくれた男が
「また帰って来たのか?アスベス」
そう言われ、ぼんやり私の名前はアスベスなのかと考えながら、そこでの生活に馴染んでいった。
誰でもない私は過去を思い出せない。ただ、周りからそうだと言われてそうなのかと従っているだけの存在。
全てを忘れてしまった私は誰からも忘れ去られていた。
「アスベスはここが好きなんだな」
「ああ、薔薇の花を見ていると何だか和むんだ」
神殿の中庭に咲いている深紅の薔薇を見ていると、何だか気持ちが落ち着く。
「そのお守りの中身は何なんだい?いつも身に付けているよな」
「大したものではないよ。見ていると懐かしくそれでいて悲しくなるもの何だ。でも無くしたくない物でもある」
そう言って首からぶら下げている袋を取り出して、隣の男に見せてやる。
中に入っているのは花の花弁の様な物。
それを見つめていると、誰かを思い出しそうになる。
それは赤い髪の女。
誰かは解らないが、きっと私にとって大切だった人なのだろう。
思い出せはしない。それは薬の所為だ。何かを思い出そうとすると薬を飲まされる。
私はきっと罪人なのだ。だからこんな仕打ちをされるのだ。
私は花弁を袋にまた、戻しながら振り返ると
誰かが私に囁いた。
「さようなら、オーウェン。初恋の人」
そう言われた気がする。
赤い髪の女が微笑む。その姿はまるで古の魔女のようだった。
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