八年間の恋を捨てて結婚します

abang

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信じてくれてありがとう

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一人では広すぎる寝室、けれどこの部屋には二人居る。



(それでも広いわね)


驚くほどの散財をする所は見たことがないものの、垣間見えるウィクトル大公家の財力。
それが伺えるからこそ、ルージュの家門の持つ金目当ての婚約ではないと分かるし、一度婚約に失敗した上に令嬢の適齢期としては少し遅いルージュをあえて娶るメリットなどウィクトル大公家には無いと理解していた。


けれども正直、イリアと初めて会った日は不安だった。

また同じ失敗をしてしまったのかもしれないと怖かった。



けれどテンタシオンが家族や領地を大切にしている事を知る内に、彼が家族や領民から大切にされている事を知った。
彼女の祖父と父の話も聞いたが、ウィクトルを学ぶ過程でテンタシオンが自分に見せる優しい顔以外にも表情を持つことも知った。



ウィクトル大公夫妻はとても可愛がって下さるし、テンタシオンは相変わらず真っ直ぐに愛を伝えてくれている。

私を時にはまるで一国の姫のように、時には彼の古くからの親友のように、それなのにまるで触れると壊れてしまうもののように大切にしてくれる彼の気持ちをやっぱり疑うことはしなかった。



偶然、彼がウィクトル大公と話している所を聞くまでは漠然とした小さな不安に目を逸らすつもりだった。



『父上、申し訳ありません』

『もうよい。正しい判断だ。彼女は恩人の娘……残念ではあるがお前にそこまで気を使わせてしまったとはな……』


(なんの話かしら……立ち聞きは良くないわね)


それでもルージュは去ることが出来なかった。
イリアのことについてテンタシオンの考えが知りたかったのだ。


『当主は父上ですし、命を救われた事も事実です。せめて穏便に建前を立ててイリアを罰しますので』



(ーーっ!?)



『すまないな。ルージュを不安にさせただろうと母さんがご立腹だった』


『あんな事があった後なのに、我慢をさせてしまいました。きちんと片付けて誤解を解いていくつもりです』




イリアが罰せられることが嬉しいのではなかった。

テンタシオンがルージュだけをきちんと愛していてくれることにひどく安堵した、嬉しかった。


そっとその場を離れて駆け込んだ自室でやっと全ての辻褄が合って安心したのか涙が溢れた。

その所為で、結局後からテンタシオンから慌てて「誤解なのだ」と全てを聞かされることになったーー。



「ふふ」


慌てていた彼を思い出して少し笑うと、テンタシオンが「ルージュ?」と彼女に声をかけて覗き込む。



「どうしたの?」

「少し、思い出し笑いを」

「まさか僕以外の人のことを考えてーー」


芝居がかった仕草で頬を少し膨らませたテンタシオンがルージュを腕の中に閉じ込める。


くすくすと二人で笑いながらあの時の事を思い出して、テンタシオンのすごく慌てた顔を思い出したのだと言うと彼は頬を赤くして「傷つけてしまって、君を失うのかと思ったんだ」と眉を下げた。


メーデアのように醜悪なわけでは無かったし、きっとイリアとて恋していたのかもしれないと思うと少しだけ心が痛むが、ルージュもまた同じ失敗をするつもりはない。


「貴方を失うかもしれないと慌てたのは私もよ」

「えーー」

テンタシオンの胸を押して今度はルージュが彼を覗き込む形になる。

ぽすんと枕に頭を預けたテンタシオンが顔を赤くして硬直するがそんな事にはおかまいなしでルージュは彼に触れるだけの口付けをした。


「テンタシオンが相手だと、私いい子でいられないみたい」


(立ち聞きした上に、メイドのイリアを言い負かすなんて……)


「僕は試されているのか……?」



真っ赤になった彼が何かを我慢するような表情と、情けない声でそう言うものだからルージュは意図がわからず首を傾げる。


そのせいで片側に流れた髪に目が移って、薄着の寝巻きの所為で露わになる肩や鎖骨が目に入る。

テンタシオンにはそれがやけに煽情的に感じてごくりと喉を鳴らした。


唐突にギラリと獲物を狙うような熱を持ったテンタシオンの瞳にさらに意図が読み取れずたじろいだルージュの腰をしっかりと捕まえてテンタシオンは「君が誘ったんだ」ともう逃がさないとでも言うように熱い眼差しで見つめた。


やっと意図が読み取れたルージュは思わず今度は自分が真っ赤になったと分かるほど顔が熱くなる。

まるでありきたりな誘い文句で安っぽい劇のように自分が彼を誘ったようで恥ずかしい。

(そんなつもりじゃ……、でもーー)


それでも彼女はテンタシオンの頬に恐る恐る触れたーー。



 
「い、いい子はやめたって言ったもの」



テンタシオンは返事の代わりに深く口付けた。


翌朝、酷く乱れた寝室のことを知った大公夫人に婚前交渉を叱られた二人だったがあまりにも幸せそうで夫人の口角は上がったままだった。


「ちょっと、テンタシオン聞いているの?」

「ああ……母上、僕たちにあのベッドは広すぎるみたいだね」

「なっ……!なんて子なの!」



そう言いながらも扇子の向こうで笑う夫人が本当に二人の幸せを願ってくれているのだと分かるからルージュは嬉しかった。


ルージュが眠る前、彼が囁くような声で言ったのを聞き逃さなかった。


「僕を信じてくれてありがとう、ルージュ」


その時はもう重たい瞼に抗えなかったが、その返事をするみたいにルージュは小さく言った。


「私を選んでくれてありがとう、テンタシオン」


母の親友でもある夫人が涙を溜めてくれた事、今部屋に入ってきたばかりの大公がぽとりと何かを落として立ち止まった事、そして「僕も」と人目も気にせずルージュを抱きしめたテンタシオンのことを、この幸せな瞬間をずっと覚えていようと思った。










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