八年間の恋を捨てて結婚します

abang

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簡単な仕事、妻の役割

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かなりの長旅だったが、特に危険な目に遭うこともなく嫁ぎ先のヒリング子爵家に辿り着くことができたイリアは馬車を降りて辺りを見渡した。


「田舎すぎるわね……」

特に荒れた様子もないがあたり一面が田舎の風景。
豊かなウィクトル大公領とは全く似ても似つかない場所だった。


出迎えの者達も、これでも頑張ったのだと言わんばかりの身構えた表情でごく少数だ。イリアは自分の思い描いていた結婚とはあまりにも違いすぎてがっかりした。

今頃ルージュはテンタシオンとあのウィクトル大公城で幸せな新婚生活を過ごしているのだろうか。



「エリック・ヒリングです」

「……イリア・シューデンですわ」

「お話は伺っております。長旅でお疲れでしょうし、まずはお休み下さい」


政略結婚という名の追放処分で嫁ぎに来たこちらを馬鹿にする風でもない、ただの地味な好青年だと思った。

(名前も、顔も、全部が普通なのね……)


どうしてもテンタシオンと比較してしまうが、同時にテンタシオンのあの冷たい瞳を思い出すと背筋がぞくりともする。
きっと我儘を言ってウィクトルに戻れば次はこの程度では済まされないだろう。


「ありがとうございます」


覇気のないイリアをどこか心配そうに見ながらエリックは邸へと案内したが、彼女は晩餐にすら顔を出す事はなかった。
政略結婚ではあるが、できる事なら良い関係を築きたいと思っているエリックはなるべく丁寧に接し、イリアを気遣ったがイリアの意向で結婚式は略式で済ませ、彼女がやっと食事に顔を出すようになるまでには数日かかった。


「子爵夫人としての仕事はきちんと覚えます」

「無理のない程度で構いませんよ」



そう言って眉を下げるエリックの手にある資料がふと目に入る。

(ウィクトル大公家の家紋?)

裏から透けて見える重厚感のある家紋はきっとウィクトルのものだろう。長年目にしてきたのだからイリアは殆ど確信していた。

やはり、この結婚を期に繋がりができたのだ。

子爵夫人としての仕事を上手くこなしていれば、いつかはテンタシオンとまた会える機会があるかもしれない。
そう思うと途端に気力が湧いてきた。


「いいえ!私、頑張ります!えっと……」

「はは、エリックで構いませんよ」


パッとしないが優しそうな夫、言い換えれば扱いやすいのではないだろうか?イリアはその日から執務に力を入れ、その内とある事業に目をつけた。


なんて事のない食品関係の商いに見えた。
慈善活動や、学校施設、その他首都から離れた場所を主にした取引ばかりだが特に慈善活動に関してはあちこちを周る為に移動範囲が広かった。


(ウィクトルとの何らかの繋がりがある事業なら、ウィクトル家の関与する施設へ行く事もあるんじゃないかしら……)


「エリック……!私、この慈善活動を手伝いたいわ!」

「え……でも、綺麗な場所ばかりじゃないし君にはーー」

「いいの!私元々はメイドだもの……そんなにやわじゃないわ」


エリックは初めて見たイリアの活き活きとした表情にほっとしたのと、嬉しさが相まって思わず「考えてみるよ」と口から先に彼女へと返事をしてしまった。

そして、暫くの間イリアがなるべく安全に行動できる場所や、人選を熟考した後、彼女の初仕事は此処よりももう少し森の方へと進んだ、森の入り口に立つ教会「聖フォレストライン」という場所に決まった。

そこで、イリアは一人の男性と出会う。

「初めまして。ヘルゲンと申します」


美しいブロンドの髪は長く、ひとつに後ろで纏められている。
優しげな目と表情は神父服のせいかさらに聖職者らしさを際立たせているように見えた。
なによりも彼は、こんな森の入り口の教会よりも都会の洗練された雰囲気が似合う美男子だとイリアは胸が高鳴った。


「イリア・ヒリングです」

「ヒリング子爵にこんなにも愛らしご夫人がいらしたとは、お会いできて光栄です」

「ま、まぁ!そんな……今日は宜しくお願い致しますわ」

「はい。私に全てお任せ下さい、夫人」

「……イリアで結構よ」


一瞬、ヘルゲンがふと笑った気がした。

(私に気があるのかしら……困ったわ)


この日から表情が弛みそうになるのを堪えながら、彼の美しい金髪とテンタシオンよりも華奢な背中を眺めるのが月に一度のイリアの楽しみとなる気がした。


「そういえば、ここはウィクトル大公家が支援を?」

「ええ、そういえばイリア様はウィクトル領のご出身でしたね」

「ご存じだったんですね」

「ヒリング子爵家の愛らしいご夫人は田舎の者達には噂の的ですよ、ふふ」


中性的な彼の表情に思わずドキリとしたが、テンタシオンの顔が浮かんだイリアは我に返って「ありがとうございます」と床を見ながら返事をした。

目の保養、たったそれだけのつもりだった。

子爵夫人の執務にも慣れ、上手くやっているつもりだった。

なのに、三度目の訪問でイリアは「少し相談が」と囁く彼に少しだけよからぬ期待をしてしまった。


「下がってていいわ。他の者達も代わりに仕事をお願いしてもいいかしら?」

「はい、奥様」


護衛騎士と他の付き人を下がらせてイリアは神父の部屋へと一人で「相談」を聞きに行ったーーー。


「イリア様」




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