八年間の恋を捨てて結婚します

abang

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イリア・シューデン

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ルージュという人は簡単に言うと非の打ち所がない人だ。


彼女がウィクトル領に現れたのは予想外だった。

それほどまでにテンタシオンは仕事人間で、女性に興味を持たれる事があっても興味を持つ事がなかったからだ。

ずっと憧れていたテンタシオンとは幼い頃とは違って殆ど話せることがなくなったが、自分の祖父と父はこの大公家の恩人だ。
彼がこのまま恋愛に興味を持たず、誰とも婚約をしなければ必然的に自分にもチャンスがあると思っていた。


時々見かければかけてくれる一言の労いが励みだった。


だから、無性に腹が立った。


美しい顔立ちに、艶が良いよく手入れされたワインレッドの髪、そして全てを見透かすようなヘーゼルの瞳の全てがイリアとは違ったからだ。

咎められたっていい。

どうせ手に入らぬならば、ルージュとも上手くいかなければいいと思って悪戯に呼んだ「お兄様」という呼称をテンタシオンがその場で咎めることは無かった。

けれど、最後に目が合ったテンタシオンの深い碧眼はいつもより深く、寧ろ黒い海の底のようで怖かった。



「あんな黒い瞳のテンタシオン様は初めてだったわ……」


それほどまでにルージュを愛しているのかと愕然とした。


家族を優先に考え、家門を重んじる人だと城中の皆が知っている。だからこそ私は咎められないとどこかでたかを括っていたのかもしれない。

けれどそれも、もしかしたらアテにならないのかもしない。




「へ……縁談?」



「そうよ、子爵家といえど近頃力をつけた有力貴族よ。もちろん貴女自身にも当主不在の名ばかりの家にも拒否権などないわ」



母からの突然の通達に血の気が引いた。


ウィクトル領からすればかなり遠い土地。


拒否権がない理由は爵位ではない、予想できる。



(テンタシオン様が私を捨てたんだ……)



一族の恩よりも、ルージュが大切なのか?

母は何故、平然としているのか?



「もう家族は私達しかいないのよ!?どうしてそう冷静なの!?」

「イリア……貴女、本当に分からなくて聞いているの?」

「なっ!お母様、どうにかしてよ!!」


力無く首を左右に振った母に頭が真っ白になった。



(私が悪いと言いたいの……!?)



母に爵位を維持するほどの力量は無く、私もテンタシオンの妻になると思っていたので家門を継ぐ勉強を怠ってきた所為で領地どころか、邸すら維持できなかった名ばかりの貴族ではある。


だからと言ってイリアは自分の所為で今の状況を作り出したと母に言われているようで納得がいかなかった。
それならば元より恵まれているルージュはずるいだろう。


「イリア、これはとても寛大な対応をして下さったのよ」

「納得いかないわ!もう出てって!!」


ルージュは今頃なにも知らずに、この城の図書館でウィクトル大公家の歴史を学んでいるのだろう。


城を練り歩き、皆の関心を攫ってしまう彼女が嫌いだ。


彼女に仕えるメイド達は皆頬を染め「ルージュ様はとても美しくて優しい方よ」と口を揃えて言うのが嫌だ。


ほんの一瞬だけ会えるだけでも珍しいテンタシオンに、いつでも会えるどころか、彼女に会いたいからと、彼に足を運ばせる所が恨めしい。



なのに、私は少しの無礼も許されない。

確かに一緒に育った頃の記憶があるのに。


イリアは幼い頃の記憶を思い起こしながら深く息を吸った。



「私には、冴えない男と結婚しろって言うのね……」



きっとルージュだって完璧じゃない筈だ。

一度、婚約を失敗しているのだから。

イリアは部屋を飛び出して、ルージュの後をつけて彼女の粗探しを始めた。



テンタシオンとは違って、直接命を救われた彼の父は今だにイリアに会うと良くしてくれた。

そしてあの時テンタシオンが気遣ったように、ここの当主はまだ彼の父なのだ。


(そうよ、こんな簡単に私を追い出すはずがないわ……!)


図書館で本を重ね、時々メモを取ったり司書に何かを確認しながら勉強するルージュの背中を少し離れた本棚の陰から眺める。


特に変わった様子は無く、伸びた背筋が嫌味ったらしい。


「え……っ」



そうしていると彼女の元にゆっくりと歩いて行くテンタシオンを見つけた。

彼はそっと落ちたルージュの顔の横の髪を耳にかけてあげると、彼女の額に愛おしそうに口付けた。


「ルージュ、頑張りすぎて心配だよ」

「テンタシオン……!」


少し驚いたようにも、照れ隠しにも見える表情で彼を見上げたルージュは丁寧に本を閉じて頷くと、綺麗に片付けて本を戻そうと席を立つ。

司書が「後は私が……」と本を半ば奪うように持っていってしまうと、追いかけるように「ありがとう!」とルージュは微笑んだ。


あの司書のお堅い女はいつもの仏頂面を崩してはにかむ。
テンタシオンは満足気にルージュの手を引いて図書館を出ようとした。


その一連の流れの全てが気に食わない。

なぜ私ではないのか?なぜ急に女性への興味など持ってしまったのだろうか?


そう考えた所でなす術はなく、イリアは婚約者の領地へと行く日を迎えてしまった。

昨晩、ルージュを引き留めた時のあの毅然とした態度を思い出して歯を噛み締める。

『ルージュ様、に呼ばれているのですが……』

全くの嘘だ、怒らせようとしただけだった。
ヒステリックでも起こして本性を表せば、テンタシオンとて他の女とルージュは然程違わないのだと目が覚めると思ったのだ。


けれど彼女は月夜に照らされた美しい髪を払いのけながら、あまり表情を崩さず、けれどどこか憐れむように「ごめんなさいね」と囁くと私に二歩だけ近づいて「彼は私達の寝室よ。嘘はあなた自身を苦しめると思うわ」と私の見え透いた挑発にただ小さく目を細めただけで背を向けてしまった。


彼女の瞳も、伸びた背筋も、心地の良い足音も、全てが「お前では相手にもならない」と言われてしまったようで辱められた気分だった。


「やっぱり嫌いよ」


テンタシオンとはあれから一度も会えなかったし、最後に顔を合わせた大公夫妻はとても残念そうで、まるで自分の行いを責め立てられているような気になって居心地が悪かった。


テンタシオンは大公にも、母にもきちんと話を通していたのだろう。元いた場所よりも田舎へと向かう馬車に揺れながら、全員を恨んだ。きっとここへ戻って全てを取り戻すのだと妄想しながら、乗り心地の悪い安い馬車にみを預けた。


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