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その騎士の愛する主君
しおりを挟む「お、おいイブ……っ泣くなよ」
皆が初めて見ただろうイブリアが子供のように泣く姿に、兄のカミルも同様し心配そうに駆け寄った。
しっかりとイブリアを抱き留めて彼女の背中を子供をあやすようにさするディートリヒの表情もまた涙を堪えているような表情だ。
「ディートっ、ほんとうに御免なさい」
「どんな形でも嬢様の騎士で居られれば本望です。だから、泣かないで」
「そんな事を言わせたい訳じゃないのよ、馬鹿」
「では、本心を……」
しっかりとイブリアを抱き直すと、大切なものを守るようにぎゅっと包みこんだ。
「おいっ、ディート!いくら親友でも妹を抱きしめていいなんて……っ」
「イブリアお嬢様……会いたかったです。ずっと」
「……っ、私も」
(俺よりディートに懐いてたもんな……今日だけ許す)
イブリア同様に多忙だったカミルよりも遥かにイブリアの傍にいたディートリヒに当時のイブリアは一番心開いていた。
公爵家の後継者として多忙なカミルは、剣術や魔法や普通の教養に加えて父にいつ何があっても良いように、バロウズ公爵家の仕事について学び常に備えていた。
イブリアもまた王太子妃となるべく幼い頃から殆どを王宮で過ごし、厳しい王妃の教育の元、誰にも頼らずにいつも手の甲を腫らして、子供だった彼女には重すぎるだろう責務と向き合ってきた。
そんな時彼はずっと、何も聞かずに黙ってイブリアに寄り添い、彼女が求めた時には彼女を甘やかし、挫けそうな時には叱咤しながらも傍で支えていた。
ディーリヒがいたからイブリアは たった一人で王宮で立っていられたのだ、彼が居る内は一人じゃなかった。
(それを、頼りない王太子と王妃は……)
カミルは幼稚かつ理不尽な嫉妬が原因でイブリアとカミルの親友であるディートリヒを引き離した二人を未だに許せずにる。
容姿端麗で剣術に長け、魔法の天才と言われるディートリヒに劣等感を感じていたのだろうルシアンは彼がイブリアの傍にいるのを酷く嫌がった。
だからこそ、カミルと父はイブリアが王妃の手から逃れたらすぐにまずはディートリヒを取り戻すことに尽力したのだ。
なぜならばディートリヒもまた、イブリアたった一人を必要としていたからだ。
ディートリヒにとってイブリアは唯一の大切な存在だった。
「お父上から正式に、イブリアお嬢様の護衛騎士に任命されました」
「貴方が傍に居てくれればとても心強いわ、ディート」
「私とても成長したのよ?」と自慢げに言うイブリアと、それを愛おしげに見つめながらも「僕もですよイブリアお嬢様」と談笑するディートリヒのどこか懐かしい風景を、バロウズ城の皆は少しの間微笑ましく眺めていた。
けれども、カミルはふと思い出す。
(忘れていたかったよ、全く)
もうすぐ、この国の建国祭が開かれるのだ。
魔法師に恵まれ、剣が盛んなこの国では昔からのしきたりである、武闘大会がセレモニーとして王都で開かれる。
大抵、国に仕える高位貴族は参加が必須とされており、理由なく不参加の場合には国への忠誠を問われる事となる。
何故か魔法を使える者は貴族に多く、稀に平民出身のディートリヒのような者も生まれるが殆どがそれを活かして魔法騎士団に入団し、武闘大会でその力を披露する。
優勝者には、常識的な範囲で褒賞を選べる権利が与えられる。
その為に子息達は必死に鍛錬するのだ。
「イブ、ディート……このまま籠城したい所だが、もうすぐ武闘大会の時期だ……バロウズ公爵家総出で二人を守るが、準備しておいてくれディート」
それは、イブリアがフリーになった事を言っているのだろうとディートリヒは気付いた。
例えば「彼女の新しい婚約者に」「彼女を側妃に」とバロウズ家の権力やイブリアの能力を狙って願う者が居ないとは言い切れない。
「カミルの準備しておいてくれ」とは、「優勝しろ」という事だった。
「俺か、ディートのどちらかでいい。両方が決勝に上がった時にはディートに譲るよ」
「尽力する、カミルと久々に剣を交えるのも楽しそうだが」
「やめてくれ……」
「「私共も、精一杯頑張ります!!」」
カミルの背後でバロウズ家の騎士達が意気込んでいるのに、くすりと微笑みをこぼしたイブリアにぽうっと頬を染めて騎士達が見惚れていると、恐ろしい殺気を感じる。
「イブを褒賞に強請った者は俺に首を取られると思うんだ」
「はははっカミル、怖がっているだろ?そんな訳ないよな、お前達?」
二人の殺気立った笑顔に騎士達は震えながら否定した。
「「もちろん!純粋にお嬢様をお守りする為に尽力します!!」」
「なら、いい」
そう言って微笑んだカミルと頷くディートリヒを見てアメリアとメアリは呆れた表情で「また始まった」と思っていた。
「でも……なんだか懐かしいですねアメリアさん」
「ええそうね、近頃のお嬢様はとても安らかに見えるわ」
「イブは……大丈夫か?」
「ええ。私は平気ですお兄様。だって二人が一緒でしょう?」
「「!!」」
「もうずっと、一人だったから去年よりマシよ」
聖女セリエに勝利を捧げると宣言する当時婚約者だった筈のルシアンや幼馴染のティアードやレイに、武闘大会には何故かいつも参加しないセオドア、大抵の事には口出しをせずに傍観する国王には何か考えがあるのか、時たまイブリアの肩を持つ程度で、傍観を決め込んでいた。
近い将来の後継者として、引き継ぎの為に暫く領主代行として領地を守っていたカミルや、辺境へ送られていたディートリヒには勿論助けを求める事などできない為に一人で乗り切って来た。
(今思えばう国の観光業をやけに進めたり、辺境の警備を急に手厚くしたりと不自然なことは沢山あったけれど……)
その為に人々の痛々しい視線と、聖女と王太子の恋を妨げる悪女と言うレッテルに会場では悪役を不本意ながら担うこととなった。
(味方なんて居なかったけど、平気だった)
「けど、今年は楽しめそうね。爽快にやっつけて頂戴ふたりとも!」
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