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お嬢様は悪女なんかじゃない
王宮とは違って、バロウズ城はとても快適だ。
意地悪をする聖女信者の使用人も居ないし、山のように積まれた書類も、過酷に刻まれた予定もない。
(些細な嫌がらせでも、侮られないように罰さないといけないから此方も心が削られるのよね)
ソファに座るイブリアを囲む侍女とメイド達は、イブリアが退屈しないように領地での出来事や、使用人達の恋の話などをしてくれていたが、
ふと、新聞の「消えた悪女、婚約破棄は!?」と書かれた見出しが目に入るとメアリは我慢できないというように怒りを露わにした。
「に、しても王都の者達は本当に無礼な者ばかりですね!」
「……きっと、お暇な方が多いのでしょう」
口調こそ丁寧なものの、笑顔で新聞を破ってしまったアメリアから何か黒々とした雰囲気を感じてメイド達は顔を青くした。
「ふふふっ!」
「「「「イブリアお嬢様!?」」」」」
珍しく突然笑い出したイブリアの久々に見る無邪気な笑顔に、驚いたもののすぐに皆も笑顔を零した。
「アメリアったら相変わらず辛辣なんだから……でも間違いではないわね。忙しそうに偉ぶってる人ほど暇なのよね」
「ですが!お嬢様はそんな王宮で、王妃殿下や王太子殿下の補佐や国王陛下のお使いまで、アカデミー生の頃からずーっとこなされていたんですよ!」
「イブリアお嬢様は、お一人で頑張ってこられました。あのクズ野郎共などの為に気を揉んで差し上げる必要はありません」
「メアリ、アメリア……そうね、ありがとう皆」
実は、アフェットで仕える者達や領民は王家や他の者達からのイブリアへの不当な扱いに憤慨しており、あえてイブリアの現状を外に漏らさぬよう彼女の生活が平和であるように結託しているのだった。
それは、領主であるイブリアの父とイブリアの兄カミルも了承しており王都からの記者の立ち入りの制限や、ルシアンからの問い合わせを完璧にスルーするという力業は二人の権限で行っている。
「そういえば……もう一人、お嬢様のお帰りを心待ちにしている者がおりますよ!」
メイドのアンが嬉々とした表情でそう言うと、メイド達は何か気づいたようでそわそわと何か言いたげにし始めた。
王都から共に来たアメリアとメアリはイブリア同様、何のことだかわからないようでメイド達にそれはどういう意味かと促すが、メイド達は揃って
「もう少しのお楽しみです!」と嬉しそうに言うだけだった。
イブリアは領地の者達を信頼している上に、ここは王家も手の伸ばせないアフェットである。
特に疑うことでもないだろうと「それじゃあ、楽しみにするわ」と軽く受け流したが、イブリアが考えているよりも遥かに彼女の心を動かす出来事が数日後に起こるのだった。
相変わらず、平和なアフェットでの生活を満喫しているイブリアは、妙に賑やかなバロウズ城を不思議に思っていた。
「アメリア、今日は何かあったかしら?」
「いいえ、何やら皆楽しげですね」
「今日は、カミル様がお戻りになられる日ですよ!」
「そうだったわ……支度しましょう」
「では、メイド達を呼びます」
準備を終えると、兄の到着の知らせが届き出迎えることにしたイブリアは正面玄関でカミルを待った。
(えっ!)
兄カミル同様ソードマスターの資格を持ち、アカデミーでは魔法の天才と呼ばれた彼は王宮の魔法騎士団を断ってバロウズ城に仕えている。
市井で孤児として育った彼の魔法の才を見出し、引き取って育てたイブリアの父への恩義でバロウズを選んだのだろう。
彼はイブリアの護衛騎士になる筈だった、イブリアの良き理解者であり師匠でもあり、彼女が最も信頼のおける人だったがある時、ルシアンの些細な嫉妬から王妃の根回しによって、魔法騎士団への派遣要請という建前で辺境の地へと引き離されたのだ。
「なんで、貴方がいるの……っ?」
幼い頃からずっと兄のように慕っていた。
いつもイブリアを守り、イブリアの傍にいてくれた人だった。
どんな身分の人にも屈せずイブリアだけを信じてくれた。
いつも無条件で味方でいてくれた人だった。
だから、自分の所為で辺境へ送られてしまった事には酷く後悔していた。
彼に頼らずに一人で立っていられる程強い自分だったなら……ルシアンを誤解させる事もなかったのだろうかと。
(私が酷く傷つくたびに、貴方は傍にいてくれたのに私は……)
王妃の理不尽から守ってあげられなかった。
「ルシアンの妻になるなら、変な誤解や噂があっては駄目だ」と高圧的に言った彼女と彼女の権力に抗うことが出来なかった私も兄も、父も……ずっと、いつか呼び戻す為に、其々の努力をしていたのだ。
(婚約破棄によって、王妃殿下の手から離れられたのね……)
「ディート…っ」
忘れる訳がない、私の為に全てを置いていった人
謝っても謝りきれないほど、感謝してもしきれない程に
ずっと私の味方でいてくれた人
黒いサラリとした髪と、あの頃より大人びた整った容姿。
鍛えられた身体は、大人の男性になっているが黒にも見える深い紫色の瞳は星を閉じ込めたような輝きを失っていない。
「イブリアお嬢様……」
少し低くなったが、声もあの時のディートリヒのままだ。
「私の所為で……辛い思いをさせたわ、ごめんなさい」
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