20 / 56
武闘大会 2
しおりを挟む周りを観客席で囲まれた広い武闘場は、中央が広く平らになっており剣や武術だけでなく、大規模な魔法などを使っても闘えるように配慮されている。
取り囲むように闘いを見守る観客席にもきちんと防御魔法が施されており、貴族達も安全に見ることが出来るようになっていた。
それ故に出場者達は出番以外では自由に行動出来、誰でも出番が見やすいようにトーナメント表は魔法で大きく映し出されていた。
開会式には前回の優勝者であるルシアンが登場し、盛大な拍手と喝采を受けた。彼の手首にはセリエの瞳と同じ緑色で銀糸で刺繍の入ったリボンが巻かれていた。
イブリアに勝利を捧げると言った筈の彼の腕に巻かれているセリエのリボンが妙に滑稽だとディートリヒは思った。
「皆こんなに朝早くから沢山集まるのね……」
「年に一度ですから、楽しみなのでしょう」
「ほんとだな……俺はマルティナを探すよ……」
「ええ、行ってらっしゃい」
初戦が始まるのだろう、突然シンとした会場。
入場した者の顔を見てイブリアは思わず声に出してしまう。
「え……テディ?」
通常身分の低い順で行われる筈だが、セオドアは特に気分を害した訳でもなく悠々と出てきては女性達からの黄色い声に手を振っている。
おおよそ王妃による嫌がらせだろうとイブリアは溜息をついてただ静観した。
「イブリアお嬢様、僕の出番ももうすぐです」
「ええ。私もその時にはちゃんと席で貴方を応援するわ」
すると、突然歓声と黄色い声が大きくなってセオドア達を見るとただ立っているだけのセオドアに剣が当たらない騎士がやけになって剣を振り回していた。
「あれでは当たりませんね」
「……テディは剣の腕はあまりだけれど、魔法の才はあったのよ」
「そうですね、あれは魔法の所為でしょう」
「と、言っても貴方ほどではないけれど」
そう言ってディートリヒを見上げて悪戯に微笑んだイブリアの不意打ちの笑顔に頬を染めた。
「ーっ、光栄です」
「私とテディなら……どちらが勝つかしら?」
「イブリアお嬢様に勝てる者はそう居ないでしょう」
「そうだとしたら、貴方とお兄様が師匠だからよきっと。後は……お父様かしら?」
「ふっ…‥.確かに豪快な所はイルザ様譲りですね」
「お兄様はいつも繊細さがないと言ってくるのよ?」
そうこう言っている内に、セオドアは歓声の中簡単に相手を倒した。
次々と試合が組まれ、とうとうディートリヒの出番がやってくる。
ディートリヒは、魔法すら使わずに剣だけで瞬時に相手を倒すと歓声に表情一つ変えずに瞬間移動魔法でイブリアの傍へと戻った。
そんな彼の様子を王妃も、ルシアンも無表情でただ眺めていた。
大体、トーナメント上位まで残るだろう者は予測している為だった。
セリエはリボンを配るのに体力を費やしたのか、爵位の低い者達には興味がないのも相まってルシアンの隣でぐったりとしている。
それすらも儚く写ってしまう美しさは、彼女を守る一番の鎧だろう。
とうとうある程度の身分の者達の試合になってくると、アカデミーや公務で顔を合わせる者達の顔もチラホラ見えてきた。
その中には時たまルシアンと同じ色柄のリボンを持つ者が居て、セリエの髪にもそれと同じものが編まれていた。
(不特定多数の方にリボンを配ったのね……まるで印のようね)
イブリアは少し不気味に感じたが、ディートリヒもまた同じ気持ちのようで眉を顰めていた。
「次はティアードね」
「彼は剣を?」
「どちらも程々と言った所ね、頭を使ってカバーするわ」
(それが通用する相手ならばね)
そう考えて、チラリとディートリヒを見れば彼は真面目に観戦していてその姿がどうしてか妙に可愛く感じた。
ティアードは何とか一回戦を勝てたものの、彼はあまりにも辛そうだった。
レイノルドもまた、魔力をかなり消耗してやっと一回戦を勝ち上った。
前回優勝者であるルシアンは三回戦からの出場である為にまだ王族の席からは降りて来ていない様子だ。
とうとう兄のカミルが登場し、チラリとそう遠くないマルティナの席を見るともう既に涙を溜めていた。
「カミル……っ」
(マルティナお姉様、大丈夫かしら)
「カミルなら、すぐに終わるでし……」
マルティナを心配する表情に、イブリアが不安を感じていると思ったのかディートリヒがそう言いかけた瞬間だった。
赤く光ったと同時に爆発音がして、地面はひび割れ対戦相手の意識は無かった。
ほんの一瞬だった。
罰が悪そうに「ははは」と乾いた笑いで誤魔化している辺り力加減が分からなかったのだろう。
「間違えたな」と彼の口元はたしかにそう言っていた。
「……目立ちすぎぬよう、やり過ぎぬようにとイルザ様には言われましたが」
「きっとお兄様は力加減が難しいのね……」
遥かに力の差が出る、一から三回戦まではあっという間に終わる。
ルシアンもまた、余裕の表情で少し剣を振る程度で見事に勝利したようだった。
そして四回戦目の次の試合は、ディートリヒとティアードだった。
「ディートリヒ……」
「ティアード卿、貴方の名誉の為に手は抜きません」
「……」
「加減はしますが……」
確かに彼はそう言ったと思ったのに、受け止めた筈の彼の剣に吹き飛ばされていた。
チラリとイブリアの方を見ると、彼女の瞳にはディートリヒしか映っていないようだった。
「くそっ……貴方だけには勝ちたいなディートリヒ」
「もし、イブリアお嬢様が理由なら……」
「だったら何だ…………っ!?」
ディートリヒは一瞬の内にティアードの目の前に居て、思わず後退しようとするが彼の魔法だろうか、身体は動かなかった。
「あの方だけは譲れません」
「……くっ、何を」
ディートリヒがティアードの眉間に指を立てるとティアードはゆっくりと倒れて勝負はあっけなく終わった。
(いっつも誰かの影に隠れていた、君に一度でも見つめられてみかった)
「イブ……」
「……」
意識を失ったまま呟くティアードを見下ろしてから、イブリアの方を見上げるとイブリアはディートリヒに向かって唇の動きだけで言った。
「あなたが、いちばんよディート」
きっとこの大会のことを言っているのだと思っていても、赤くなってしまった頬を隠すように俯いた。
132
あなたにおすすめの小説
婚約者様への逆襲です。
有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。
理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。
だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。
――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」
すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。
そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。
これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。
断罪は終わりではなく、始まりだった。
“信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。
【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ
⚪︎
恋愛
公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。
待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。
ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……
【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。
大森 樹
恋愛
【短編】
公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。
「アメリア様、ご無事ですか!」
真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。
助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。
穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで……
あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。
★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。
《完結》恋に落ちる瞬間〜私が婚約を解消するまで〜
本見りん
恋愛
───恋に落ちる瞬間を、見てしまった。
アルペンハイム公爵令嬢ツツェーリアは、目の前で婚約者であるアルベルト王子が恋に落ちた事に気付いてしまった。
ツツェーリアがそれに気付いたのは、彼女自身も人に言えない恋をしていたから───
「殿下。婚約解消いたしましょう!」
アルベルトにそう告げ動き出した2人だったが、王太子とその婚約者という立場ではそれは容易な事ではなくて……。
『平凡令嬢の婚活事情』の、公爵令嬢ツツェーリアのお話です。
途中、前作ヒロインのミランダも登場します。
『完結保証』『ハッピーエンド』です!
王子は婚約破棄を泣いて詫びる
tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。
目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。
「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」
存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。
王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。
とある伯爵の憂鬱
如月圭
恋愛
マリアはスチュワート伯爵家の一人娘で、今年、十八才の王立高等学校三年生である。マリアの婚約者は、近衛騎士団の副団長のジル=コーナー伯爵で金髪碧眼の美丈夫で二十五才の大人だった。そんなジルは、国王の第二王女のアイリーン王女殿下に気に入られて、王女の護衛騎士の任務をしてた。そのせいで、婚約者のマリアにそのしわ寄せが来て……。
次期王妃な悪女はひたむかない
三屋城衣智子
恋愛
公爵家の娘であるウルム=シュテールは、幼い時に見初められ王太子の婚約者となる。
王妃による厳しすぎる妃教育、育もうとした王太子との関係性は最初こそ良かったものの、月日と共に狂いだす。
色々なことが積み重なってもなお、彼女はなんとかしようと努力を続けていた。
しかし、学校入学と共に王太子に忍び寄る女の子の影が。
約束だけは違えまいと思いながら過ごす中、学校の図書室である男子生徒と出会い、仲良くなる。
束の間の安息。
けれど、数多の悪意に襲われついにウルムは心が折れてしまい――。
想いはねじれながらすれ違い、交錯する。
異世界四角恋愛ストーリー。
なろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる