騎士は愛を束ね、運命のオメガへと跪く

夕凪

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1・ヴローム村

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 腕に抱いていたミアを、一番近くに居た少年に預ける。子どもたちがエミールを見上げてすがるように手を伸ばしてきた。
 一歩しりぞいてその手を避け、エミールは囁きの音量で告げた。

「しずかに。絶対に声は出さないように」
「エミール兄ちゃんは」
「し~。大丈夫。様子を見てくるだけ。その箱に毛布が入ってる。それを被って、隅っこに隠れていれば見つからないから」
「でも」
「し~。オレの言いつけ、まもれるね?」

 有無を言わさぬ口調で問うと、顔を見合わせた少年たちが半分泣きながら頷いた。
 それを確認して、エミールは物置小屋を抜け出した。

 さいわいなことに、物置小屋は周囲の木々が目隠しの役割をしてくれている。それも見据えてのファルケンの指示だったのだとエミールは理解した。
 しかし、野盗たちはもうすぐそこまで来ている。見つかるのは時間の問題だった。

 エミールは走った。
 わざと茂みを踏み鳴らし、音を立てた。

「なんだ?」
「誰か居るぞ!」
「女か?」

 エミールの狙い通り、野盗たちの意識がこちらを向いた。
 追ってくる足音を引きはがすべく、足を動かす。
 すこしでも物置小屋から距離を取らなければ。

 雑木林を突っ切り、孤児院の建物の裏を回り、厩舎に逃げ込もうとしたところで、背後から服を掴まれた。

「うわっ」

 悲鳴とともに、倒れ込む。
 すぐさま体の上に重みが乗ってきた。

 エミールは呼吸を整える暇もなく、身を捩った。なんとか逃れようともがく腕を、乱暴に捉えられる。すさまじい力だ。

 荒い息が頬にかかる。咄嗟に顔を背けたが、顎を掴まれ強引に向きを変えられた。
 のしかかっている男に両腕をまとめて頭の上で縫い留められ、他の男たちに周りをぐるりと取り囲まれている。恐ろしさに全身が竦んだ。

「なんだ男か」
「でも見ろよ。小綺麗なツラだ」
「オメガか?」
「こんなド田舎に?」

 口々に話す男たちの目は、エミールを舐めまわすように見ていて、皮膚が粟立った。

「噂があったろ。オメガの集まる村がどっかにあるって」
「そりゃ眉唾だろ」
「どうだろな? 事実、こんな田舎にオメガだ」

 エミールが『そう』だと決めつける口調で、男が言った。

 オメガ。
 男女の別以外に存在する第二性の中でも、もっとも希少な性だ。

 ベータ、アルファ、オメガ。この三つの性については教本に記された知識程度しかない。
 国民の大半はベータだ。そのベータをまとめあげ、国政の中枢を担っている存在が、アルファ。アルファは体力や頭脳に秀でた者が多く、その数は人口の約二割ほどとも言われる。
 そしてオメガ。孕む性、とも呼ばれるこの第二性最大の特徴は、男女問わず妊娠が可能なこと。そして二か月に一度、発情期が訪れるということ。

 エミールがそのオメガだと、男たちは口にする。

 これまで第二性など気にしたことがなかったエミールは意味がわからず、なんとか拘束から抜け出そうともがいた。
 しかしエミールの抵抗など無いも同然とばかりに、男たちに引きずられ、厩舎へと連れ込まれてしまう。

 馬は一頭も居なかった。奪われたのか。それとも逃がしてもらったのか。
 干し草の散らばる地面に転がされた。

「確かめてみろよ。オメガかどうか」
「本物なら高値で売れる」
「どれ」

 服をはぎ取ろうと伸びてくる手を、咄嗟に振り払う。心臓が痛いほどに跳ねていた。
 オメガじゃないと言い返したいのに、あまりの恐怖で声が出ない。

 おのれの窮状に手足が冷え、感覚も曖昧になっている。それなのに。

 なぜか顔が、火照っていた。

 暑い。不意にそう思った。暑い。

 鼓動が騒いでいる。なにかが来る。近づいている。そんな感覚に支配される。
 はぁ……と吐き出した呼気までもが、ふだんよりも熱っぽい気がした。

 気づけば男たちがエミールを凝視していた。
 彼らの目は欲望を宿してぎらつき、半開きになった唇から涎を垂らさんばかりであった。

 オメガだ、と誰かが言った。
 オメガの匂いだ、と。

 なんのことかわからない。
 逃げなければならないのに、指一本思い通りに動かない。
 ただ、体が熱い。胸が熱い。全身が燃えてしまいそうだ。

 どうしようもなく、エミールは背を地面にこすりつけるようにして悶えた。

 来る。そこまで来ている。
 オレの…………が。

    
 
 



 
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