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1・ヴローム村
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なにかを言おうと口を開きかけ、結局はどんな言葉も見つからずに唇を引き結ぶ。そんなエミールの頬を、ファルケンが軽く抓った。
「そんな顔するなってば」
「自分の顔は、自分じゃ見えない」
エミールが言い返すと、ファルケンが吐息するように笑った。
「……一緒に来るか?」
「え?」
「俺と、来るか?」
思いがけぬ誘いだった。
エミールは息を呑んだ。
行きたい、と喉元まで出かかった声は、ミアのぐずるような声にかき消された。
エミールは体を揺すり、よしよしとミアをあやした。
ファルケンが夢から醒めたかのような表情で、二度まばたきをする。ふ、と小さな笑い声が彼の唇から漏れた。
「ママを取るなって叱られたか」
片方の唇の端を上げる笑い方を見せたファルケンを、エミールは呆然と見た。
一緒に来るか、と。もう二度とは誘ってくれないことが、なんとなく察せられて息苦しくなった。
エミールは唇を噛んだ。
ファルケンと行きたい。でも孤児院にはまだたくさんの年少組が居る。それに背を向けて奔放に飛び出すことができないエミールの性格を、ファルケンはよく知っている。知っているから、冗談で終わらせたのだ。
「ルー……オレ、は……」
なにを言いたいのか自分でもわからないままに、エミールが声を絞り出したときだった。
ファルケンの顔つきが変わった。
急に緊迫を帯びた双眸を見て、エミールは無意識に両手を背中のミアへと回した。
「ルー、なに」
「シっ!」
ファルケンがひとさし指を唇の前に立て、声を出すなと伝えてくる。
誰かの悲鳴が聞こえた。ひとりや二人じゃない。
「エミール。裏へ回れ」
「え?」
「急げ。年少組は?」
「昼寝」
「俺が起こしに行く。おまえは裏へ」
潜めた声で囁くなり、ファルケンが走り出した。エミールも弾かれたように動いた。
火にかけたままの鍋が気になったが、悠長に片づけている暇はなさそうだった。なにかが起きている。
エミールは裏口の閂を開け、ドアを開いた。負ぶっていたミアを体の前に抱きなおす。ミアがぐずるような声を上げた。背中をトントンと叩くことでそれを宥めていると、両腕に子ども抱え、背後に三人を引き連れたファルケンが合流してきた。
「村が襲われてる。隠れろ」
ファルケンが有無を言わさぬ口調でそう言った。
「襲われてるって、誰に」
「野盗の集団だろう。ここにも直に来る。ほら、走れ」
無理やり叩き起こされた子どもたちは目をこすりながら、それでもなにか恐ろしいことが起きているのを察して、文句も言わずにエミールたちについてきた。
ファルケンは五人の子どもとミア、そしてエミールを物置小屋まで誘導し、中へ入らせた。しかし自身は入ろうとぜずに、扉を閉めようとする。
「ルーは?」
エミールは慌てて問いかけた。
「俺は村を見てくる」
「危ないからルーも一緒に」
「野盗を追い出さないといけない」
「でも」
「俺は戦える」
「じゃあオレも」
「おまえはチビどもをまもれ」
エミールはハッと息を呑んだ。子どもたちがエミールの服のすそを掴んでこちらを見上げている。それに気を取られていると、扉がバタンと閉ざされた。
「ルー!」
「次に俺が来るまで絶対に外に出るなよ」
ファルケンの声がくぐもって聞こえた。
物置小屋の中は暗闇で満たされ、走って遠ざかる足音が微かに響いた。
エミールは子どもたちを抱き寄せ、身を寄せ合って小さくなった。
ミアは寝ている。いい子だ。このまま泣かずにいてくれたらいい。
周囲の音に耳をそばだてながら、エミールは祈った。
自分たちの無事を。ファルケンの無事を。村人の無事を。
やがて複数の人間が近づいてくる気配がした。
ファルケンだろうか。一瞬、期待する。
しかしすぐに違うとわかった。耳に届く話し声は乱暴で、聞き慣れないものだったから。
「しけた村だな。なんの収穫もありゃしない」
「女もなぁ。田舎臭ぇしなぁ」
「騎士団の目が行き届かない場所ってのは苦労はねぇが、収穫も少なねぇ」
「違いないな」
ぎゃはは、と耳障りな笑い声が響いた。
エミールはほとんど息を止めるようにして、彼らの声を追った。
近づいてくる。こちらへ。
ファルケンはどうしたのだろう。まさか、野盗にやられてしまったのだろうか。
不安に叫びそうになるおのれを必死に抑え込み、エミールは子どもたちを振り向いた。
この子たちをまもらなければならない。
野盗に囚われれば、殺されるか売られるかしてしまう。
ごくり、と喉を鳴らして、エミールは立ち上がった。
「そんな顔するなってば」
「自分の顔は、自分じゃ見えない」
エミールが言い返すと、ファルケンが吐息するように笑った。
「……一緒に来るか?」
「え?」
「俺と、来るか?」
思いがけぬ誘いだった。
エミールは息を呑んだ。
行きたい、と喉元まで出かかった声は、ミアのぐずるような声にかき消された。
エミールは体を揺すり、よしよしとミアをあやした。
ファルケンが夢から醒めたかのような表情で、二度まばたきをする。ふ、と小さな笑い声が彼の唇から漏れた。
「ママを取るなって叱られたか」
片方の唇の端を上げる笑い方を見せたファルケンを、エミールは呆然と見た。
一緒に来るか、と。もう二度とは誘ってくれないことが、なんとなく察せられて息苦しくなった。
エミールは唇を噛んだ。
ファルケンと行きたい。でも孤児院にはまだたくさんの年少組が居る。それに背を向けて奔放に飛び出すことができないエミールの性格を、ファルケンはよく知っている。知っているから、冗談で終わらせたのだ。
「ルー……オレ、は……」
なにを言いたいのか自分でもわからないままに、エミールが声を絞り出したときだった。
ファルケンの顔つきが変わった。
急に緊迫を帯びた双眸を見て、エミールは無意識に両手を背中のミアへと回した。
「ルー、なに」
「シっ!」
ファルケンがひとさし指を唇の前に立て、声を出すなと伝えてくる。
誰かの悲鳴が聞こえた。ひとりや二人じゃない。
「エミール。裏へ回れ」
「え?」
「急げ。年少組は?」
「昼寝」
「俺が起こしに行く。おまえは裏へ」
潜めた声で囁くなり、ファルケンが走り出した。エミールも弾かれたように動いた。
火にかけたままの鍋が気になったが、悠長に片づけている暇はなさそうだった。なにかが起きている。
エミールは裏口の閂を開け、ドアを開いた。負ぶっていたミアを体の前に抱きなおす。ミアがぐずるような声を上げた。背中をトントンと叩くことでそれを宥めていると、両腕に子ども抱え、背後に三人を引き連れたファルケンが合流してきた。
「村が襲われてる。隠れろ」
ファルケンが有無を言わさぬ口調でそう言った。
「襲われてるって、誰に」
「野盗の集団だろう。ここにも直に来る。ほら、走れ」
無理やり叩き起こされた子どもたちは目をこすりながら、それでもなにか恐ろしいことが起きているのを察して、文句も言わずにエミールたちについてきた。
ファルケンは五人の子どもとミア、そしてエミールを物置小屋まで誘導し、中へ入らせた。しかし自身は入ろうとぜずに、扉を閉めようとする。
「ルーは?」
エミールは慌てて問いかけた。
「俺は村を見てくる」
「危ないからルーも一緒に」
「野盗を追い出さないといけない」
「でも」
「俺は戦える」
「じゃあオレも」
「おまえはチビどもをまもれ」
エミールはハッと息を呑んだ。子どもたちがエミールの服のすそを掴んでこちらを見上げている。それに気を取られていると、扉がバタンと閉ざされた。
「ルー!」
「次に俺が来るまで絶対に外に出るなよ」
ファルケンの声がくぐもって聞こえた。
物置小屋の中は暗闇で満たされ、走って遠ざかる足音が微かに響いた。
エミールは子どもたちを抱き寄せ、身を寄せ合って小さくなった。
ミアは寝ている。いい子だ。このまま泣かずにいてくれたらいい。
周囲の音に耳をそばだてながら、エミールは祈った。
自分たちの無事を。ファルケンの無事を。村人の無事を。
やがて複数の人間が近づいてくる気配がした。
ファルケンだろうか。一瞬、期待する。
しかしすぐに違うとわかった。耳に届く話し声は乱暴で、聞き慣れないものだったから。
「しけた村だな。なんの収穫もありゃしない」
「女もなぁ。田舎臭ぇしなぁ」
「騎士団の目が行き届かない場所ってのは苦労はねぇが、収穫も少なねぇ」
「違いないな」
ぎゃはは、と耳障りな笑い声が響いた。
エミールはほとんど息を止めるようにして、彼らの声を追った。
近づいてくる。こちらへ。
ファルケンはどうしたのだろう。まさか、野盗にやられてしまったのだろうか。
不安に叫びそうになるおのれを必死に抑え込み、エミールは子どもたちを振り向いた。
この子たちをまもらなければならない。
野盗に囚われれば、殺されるか売られるかしてしまう。
ごくり、と喉を鳴らして、エミールは立ち上がった。
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