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1・ヴローム村
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「全員動くな!」
突如として、空気を切り裂くような声が響いた。
エミールにのしかかっていた男たちが、凍り付いたように動きを止めた。
エミールはなんとか首をもたげ、厩舎の入り口の方を見た。
黄金の狼が、立っている。そんな幻覚に襲われた。
こちらに向けられている、蒼く、冴え冴えとした双眸。そして頭上に太陽を背負った、輝かんばかりの金髪。
黒衣の出で立ちであるにも関わらず、全身が神々しい光に包まれているようだった。
視線が合った。
狼の、蒼い目と。
視線が交わった。
そう思った瞬間、じわり、と股間が濡れたのを感じた。
燃え盛る熱が、腹の奥深くを焼いている。
欲しい。
ここに。おのれの中に。この肉体の、深い部分に。
あの男の欲望を受け入れたい。
「……あっ……う……」
エミールは黒衣の男へともがくように手を伸ばした。
その動きに触発されたかのように、男がハッと肩を揺らした。
「小隊長、そっちはどう……なっ……この匂い……」
男の背後から、一際体格の良い男が顔を覗かせ、咄嗟にてのひらで鼻を覆った。
「まさか、オメガ!?」
「そのようだ。念のためアルファの隊員は入れるな。さいわい、おまえひとりでどうとでもなる人数だ」
「うへぇ。部下の酷使がすげぇな」
「この程度で酷使というなら、ふだんの鍛錬が足りていない」
「へぇへぇ。この不詳ロンバード、小隊長の手足となり働かせてもらいますよ」
小山のような図体が、ずん、ずん、と前へ出てくる。
その段になってようやく、エミールを押さえつけていた男たちが立ち上がった。慌てたように武器を構える盗賊たちを、体格の良い男がわざとらしく「ひー、ふー、みー」と数える。
「なんだ、たったの五人ぽっちかよ」
「だから言っただろう。どうとでもなると。ほら、働け。私の右腕」
「仰せの通りに。我が君」
金髪の男と軽口を叩き合った、そこからが電光石火だった。
朦朧となったエミールの目では追いきれないほどの速さで動いた男は、次々に野党たちをなぎ倒してゆき、あっという間に全員が地に伏していた。
何度かうめき声が聞こえた気がする。しかしエミールの意識はまったくそちらへは向かなかった。なぜなら仰向けのまま動けない自分へと、金髪の男が歩み寄ってきたからだ。
彼はしずかな動作で、けれどその動きにまったくそぐわない鬼気迫るような表情で、エミールの傍らに立った。
エミールは男の、蒼い瞳を凝視していた。目を逸らすことなんて到底できないような、恐ろしいまでの引力があった。
男は左肩に掛けている黒いマントの留め具を外そうとしていた。カチャ、カチャ、と幾度も指を滑らせる。ようやく外したマントを両手に広げ、干し草の散らばる馬小屋の地面に膝をついた。
ふわり。
眼前でマントが翻った。かと思うとそれがエミールの体の上に被さった。
野党たちに衣類を乱され、あちこちの肌が露出していたのを隠してくれたのだ、と冷静になればわかっただろう。だが、このときのエミールはおかしかった。
男たちに襲われた恐怖よりも、助け出された安堵よりも、得体の知れない劣情に脳が支配されていた。
肢体を覆うマントから、どうにも表現できないほどの、かぐわしい匂いが香ってくる。
ああ……と吐息のような喘ぎが漏れた。
肌が過敏にひりついている。触ってほしい。触られたい。どうしようもなく疼いている、体の中心を……この男の……。
まともに回らない頭で、エミールは手を伸ばした。燃えるように熱い大きな手が、すぐにそれを握り返してくれた。
皮膚が触れている。手を握られただけで背筋をぞくぞくと快感が這い上がっていった。足の間が濡れている。びしょびしょに潤って、男を待っている。
「……や、く……はやく……ちょうだい」
うわごとのように声を絞り出した。
ごくり、と男が唾を飲み込むのがわかった。握られた手が熱い。
「終わりましたよ我が君……って、隊長っ! おいっ! なにしてんだアンタっ!」
野太い声が割り込んできた、かと思うと唐突に手をもぎはなされた。
エミールの指は空を切り、そのままはたりとマントの上に落ちた。
さびしい。手が、さびしい。なぜ離れてしまうのか。
両手で掻き寄せたマントに、鼻先をうずめる。いい匂いだ。だけど足りない。全然足りない。
「きて……はなれないで、おれに、ちょうだい」
上手く動かない口で、男を乞うた。
男の手が、またこちらへ伸びてきた。けれどまたそれを遮るものがあった。
「隊長っ!」
大柄な男が、金髪の男の胸倉を掴んで乱暴に揺さぶった。
「……ロン……ロンバード、私を……私を殴ってくれ」
蒼い瞳を歪めながら、彼がそう言った。
直後、大柄な男が振り上げたこぶしが、その端正な頬にめり込んだ。
上体が後方へ傾く。倒れるすんでで足を踏ん張った男が、殴られた頬を抑えながら鼻筋にしわを寄せた。
「……本気でやったな」
「命令は常に全力で遂行せよって躾を受けてるんでね」
「……よくやった」
顔をゆがめながらも自分を殴った男を褒めた彼が、胸元を探って小瓶を取り出した。急いた仕草で蓋を取り、中身をひと息に呷る。そうしてから肩で息を吐き、ひたいの汗を拭った。
突如として、空気を切り裂くような声が響いた。
エミールにのしかかっていた男たちが、凍り付いたように動きを止めた。
エミールはなんとか首をもたげ、厩舎の入り口の方を見た。
黄金の狼が、立っている。そんな幻覚に襲われた。
こちらに向けられている、蒼く、冴え冴えとした双眸。そして頭上に太陽を背負った、輝かんばかりの金髪。
黒衣の出で立ちであるにも関わらず、全身が神々しい光に包まれているようだった。
視線が合った。
狼の、蒼い目と。
視線が交わった。
そう思った瞬間、じわり、と股間が濡れたのを感じた。
燃え盛る熱が、腹の奥深くを焼いている。
欲しい。
ここに。おのれの中に。この肉体の、深い部分に。
あの男の欲望を受け入れたい。
「……あっ……う……」
エミールは黒衣の男へともがくように手を伸ばした。
その動きに触発されたかのように、男がハッと肩を揺らした。
「小隊長、そっちはどう……なっ……この匂い……」
男の背後から、一際体格の良い男が顔を覗かせ、咄嗟にてのひらで鼻を覆った。
「まさか、オメガ!?」
「そのようだ。念のためアルファの隊員は入れるな。さいわい、おまえひとりでどうとでもなる人数だ」
「うへぇ。部下の酷使がすげぇな」
「この程度で酷使というなら、ふだんの鍛錬が足りていない」
「へぇへぇ。この不詳ロンバード、小隊長の手足となり働かせてもらいますよ」
小山のような図体が、ずん、ずん、と前へ出てくる。
その段になってようやく、エミールを押さえつけていた男たちが立ち上がった。慌てたように武器を構える盗賊たちを、体格の良い男がわざとらしく「ひー、ふー、みー」と数える。
「なんだ、たったの五人ぽっちかよ」
「だから言っただろう。どうとでもなると。ほら、働け。私の右腕」
「仰せの通りに。我が君」
金髪の男と軽口を叩き合った、そこからが電光石火だった。
朦朧となったエミールの目では追いきれないほどの速さで動いた男は、次々に野党たちをなぎ倒してゆき、あっという間に全員が地に伏していた。
何度かうめき声が聞こえた気がする。しかしエミールの意識はまったくそちらへは向かなかった。なぜなら仰向けのまま動けない自分へと、金髪の男が歩み寄ってきたからだ。
彼はしずかな動作で、けれどその動きにまったくそぐわない鬼気迫るような表情で、エミールの傍らに立った。
エミールは男の、蒼い瞳を凝視していた。目を逸らすことなんて到底できないような、恐ろしいまでの引力があった。
男は左肩に掛けている黒いマントの留め具を外そうとしていた。カチャ、カチャ、と幾度も指を滑らせる。ようやく外したマントを両手に広げ、干し草の散らばる馬小屋の地面に膝をついた。
ふわり。
眼前でマントが翻った。かと思うとそれがエミールの体の上に被さった。
野党たちに衣類を乱され、あちこちの肌が露出していたのを隠してくれたのだ、と冷静になればわかっただろう。だが、このときのエミールはおかしかった。
男たちに襲われた恐怖よりも、助け出された安堵よりも、得体の知れない劣情に脳が支配されていた。
肢体を覆うマントから、どうにも表現できないほどの、かぐわしい匂いが香ってくる。
ああ……と吐息のような喘ぎが漏れた。
肌が過敏にひりついている。触ってほしい。触られたい。どうしようもなく疼いている、体の中心を……この男の……。
まともに回らない頭で、エミールは手を伸ばした。燃えるように熱い大きな手が、すぐにそれを握り返してくれた。
皮膚が触れている。手を握られただけで背筋をぞくぞくと快感が這い上がっていった。足の間が濡れている。びしょびしょに潤って、男を待っている。
「……や、く……はやく……ちょうだい」
うわごとのように声を絞り出した。
ごくり、と男が唾を飲み込むのがわかった。握られた手が熱い。
「終わりましたよ我が君……って、隊長っ! おいっ! なにしてんだアンタっ!」
野太い声が割り込んできた、かと思うと唐突に手をもぎはなされた。
エミールの指は空を切り、そのままはたりとマントの上に落ちた。
さびしい。手が、さびしい。なぜ離れてしまうのか。
両手で掻き寄せたマントに、鼻先をうずめる。いい匂いだ。だけど足りない。全然足りない。
「きて……はなれないで、おれに、ちょうだい」
上手く動かない口で、男を乞うた。
男の手が、またこちらへ伸びてきた。けれどまたそれを遮るものがあった。
「隊長っ!」
大柄な男が、金髪の男の胸倉を掴んで乱暴に揺さぶった。
「……ロン……ロンバード、私を……私を殴ってくれ」
蒼い瞳を歪めながら、彼がそう言った。
直後、大柄な男が振り上げたこぶしが、その端正な頬にめり込んだ。
上体が後方へ傾く。倒れるすんでで足を踏ん張った男が、殴られた頬を抑えながら鼻筋にしわを寄せた。
「……本気でやったな」
「命令は常に全力で遂行せよって躾を受けてるんでね」
「……よくやった」
顔をゆがめながらも自分を殴った男を褒めた彼が、胸元を探って小瓶を取り出した。急いた仕草で蓋を取り、中身をひと息に呷る。そうしてから肩で息を吐き、ひたいの汗を拭った。
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