騎士は愛を束ね、運命のオメガへと跪く

夕凪

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1・ヴローム村

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「ロンバード、救護班へ行き、オメガの抑制剤を貰ってきてくれ」
「了解……って、ベータの俺が残った方がいいんじゃ? アンタ大丈夫ですか?」
「問題ない……とは言い切れないが、彼を私以外の男に預けたくはない」
「…………アンタ、まさか……」

 大柄な男の茶色の目が、探るように黒衣の男へ据えられた。

「詮索は後にしろ。行動開始」
「へぇへぇ、わかりましたよ」

 不遜な返事を残して大柄な男が消えた。足音がまったくしなかったので、エミールからすればいつ厩舎を出ていったのかもわからなかった。

 残った黒衣の男は左頬を抑えながら、エミールの横に座った。地面に尻をつけ、胡坐を組む。
 潤む目に男の姿を捕らえると、また無意識に手がそちらへと伸びた。男が力強く握り返してくれる。触れた肌はやはり熱かった。身を包むマントの下で、内ももをこすり合わせる。自身のそこが淫液で濡れて、欲望を宿して勃起しているのがわかった。

 こすってほしい。男のこの、きれいな指で。

 握った手を引き寄せ、おのれの下腹部へ導こうとすると、男が腕を引いてそれを阻んだ。

「なんで……」

 なぜ触ってくれないのか。エミールはこんなにも欲しているのに。
 意地悪な男に泣きたくなる。まともじゃない。こんな自分はおかしい。そう思うそばから、この男を受け入れたくて仕方ないという思考に塗りつぶされてゆく。

「さわって……ここ、して、いれて」

 なにを口走っているのか、もはや判然としなかった。頭に浮かぶ単語を声に出し、男を誘う。
 男の手が、頭に触れた。くしゃり、と髪を乱すように撫でられた。頭皮の感触に、「あ」と声が漏れた。

「もっとさわって」

 てのひらの熱がここち良すぎて、男から漂ってくる香りがここち良すぎて、自分の声とは思えないような甘えたセリフが勝手に声になっていた。

 蒼い目と視線が交わった。
 男の眉が苦しげに寄せられている。

「すこし待ってくれ」
「いや。さわって、もっと、さわって」
「頼む。もうすこしだから、耐えるんだ」

 なぜ我慢しないといけないのだろう。こんな匂いをさせているくせに。
 首を横に振ったら、後頭部が砂にこすれてじゃりじゃりと音を立てた。

 胡坐をかいている男の股間が目に入った。黒い服でよく見えないながらも、そこが隆々と勃ち上がっているのがわかる。

 エミールは動かしにくい体をそれでもごろりと動かして、マントを片手に抱きしめたまま、四つん這いになった。
 男が体を引いた。それをゆるさずに太ももに手を置く。

 濃い匂いが厩舎に充満しているかのようだ。このまま溺れてしまいたい。
 エミールは男のそこへ触れようと、さらに身を乗り出した。

「それ以上近づかないでくれ」

 懇願するかのような弱弱しい声を、男が発した。
 狼のように凛々しい顔。その左頬が赤く腫れている。唇の端に滲んだ血に、痛々しさよりも興奮を覚えた。口づけたいし、口づけられたい。

 エミールは男へ顔を寄せた。ゴリ、と音がした。なんの音かと思ったら、男が奥歯をきつく噛み締めた音だった。

「ただいま戻り……うわっ、隊長っ! アンタまたっ!」

 突然、ぬ、と割って入ってきた太い腕が、男の肩を掴んでエミールから引きはがした。
 男の太ももに置いていた手がバランスを崩し、エミールは地面に突っ伏しそうになる。すかさず伸びてきた腕に体を支えられた。ふわり、と男の香りが漂う。エミールはそのまま彼に抱きついた。首筋から立ち上る匂い。それが鼻腔から全身に浸透する。

「ロン、早くそれを貸せ」
「アンタ、抑制剤効いてないんですか?」
「効いているから理性が残ってるんだ。急げ」
「はいはい。救護班特性の、即効性の抑制剤っす。睡眠薬入り」

 頭の上でそんなやりとりが聞こえた。かと思うと、腕にチクリとした痛みが走った。
 驚いて左の上腕を見ると、蒼い目の男がエミールのそこに注射針を刺していた。

 思考がぼうっとしすぎていて、ろくな抵抗もできない内に、注射器の中の液体が皮膚の内側に押し込まれていった。

 なんだろう、これは。
 自分はいま、なにをされたのか。

 針が腕から抜かれても、エミールは呆然としたまま、動くことができなかった。
 得体の知れぬ注射をした男は、ホッとしたように息を吐き、エミールのひたいにかかる髪をやさしい仕草で掻き上げた。

「これで楽になる」
「…………らくに?」
「そうだ。寝ていい」

 この男はなにを言っているのか。こんなに肌が火照っているのに、眠れるわけがない。
 エミールはそう思ったが、しかし男のてのひらが両目を覆うように翳されたので、反射的に目を閉じてしまった。

 視界が暗くなると、急激に意識が溶けるような心地になった。

「薬、効いてきましたかね?」
「ああ……危なかった」
「珍しいっすね。鉄の理性って評判のアンタがあそこまで我を忘れるなんて」
「おまえが手加減なしで私を殴らなかったら、あれ以上の醜態をさらしていただろうな」
「いや、手加減はしましたよ、一応」
「一応、な」

 聞こえてくる二人の話し声が、どんどんと遠ざかってゆく。
 眠い。眠たくて仕方ない。

 だが、眠ってしまっていいのだろうか? という疑問が身悶えるようにして頭をもたげている。

 そうだ。寝ている場合じゃない。
 自分はなぜここに居るのか……。
 なにかだいじなことを忘れているのではないか……。

「……るー……たす、けて……」

 無意識に、幼馴染を呼んでいた。

 ルー。ファルケン。彼はどこへ行ってしまったのか。
 思考は、どうにもならないほどの眠気に押しつぶされてゆき、エミールはそのまま意識を失った。

 まぶたの上にはずっと、男のてのひらの重みと体温、そしてかぐわしい匂いが残っていた。 
 
 
 
 
  
 
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