騎士は愛を束ね、運命のオメガへと跪く

夕凪

文字の大きさ
10 / 127
2・王城にて

しおりを挟む
 自分でもあの冗談は不謹慎だったと反省したのか、クラウスはエミールの希望を聞き入れてくれたのだが、その前に服を着替えてくれと懇願された。

 エミールは白い貫頭衣一枚の格好で、下着すらもはいていなかったことを思い出した。

 ロンバードがどこからか着替えを持ってきた。
 チュニックとズボンの軽装でありながらも、生地はやはり一級品を使用しているようだった。肌触りが良すぎてなんだか逆に着心地が悪い。

 もぞり、と背中を動かしたところでノックの音がして、「もういいか」とクラウスが入室の許可を得てきた。
 男同士なのだからべつにわざわざ着替えのために席を外さなくても良かったのに、と思いながら「はい」と返事をする。

 部屋に入ってきたクラウスは、片手に黒いベルトのようなものを持っていた。
 なんだろうと思っていると、男がそれをこちらへ差し出してくる。

「念のため、巻いておいてくれ」

 エミールは眉をひそめた。

「なにこれ」
「首輪だ」

 クラウスの返事を聞くなり、エミールはそれを叩き落としていた。

「オレは犬じゃない」
「無論だ。きみは犬などではない。だが、オメガだ」

 蒼い瞳がひたとエミールを見つめ、厳然と告げてくる。

「エミール、きみはおのれのバース性を知らなかった。ということはヒートを迎えたのも今回が初めてだろう。それを薬で抑えたから、きみの誘惑香は不安定な状況だ。ここにはアルファがたくさん居る。きみのことは私がまもるが、念のため自衛をしてくれ」

 クラウスは身を屈め、床に落ちた首輪を拾い上げて、再びエミールへと差し出してきた。
 逡巡しながらもその真摯な声に負け、エミールは首輪を手に取った。

 自分がオメガだということは、まだ信じられない。
 それに、まもると言われたことも不愉快だった。そんなにかよわい存在に見えるのか。

「オレは女じゃない」
「だがオメガだ」

 先ほどと同じ言葉を繰り返され、エミールは苛立ちを覚えて男の胸を突き飛ばした。クラウスが一歩下がった。

「必要以上に近づかないでください」

 険のある声で吐き捨てると、クラウスが悄然と眉を下げる。

「いまのもアウトっすわ、小隊長。アンタは言葉が壊滅的に足りないんですよ」

 どこから聞いていたのか、ドアの向こうからロンバードの巨躯が現われ、顎を掻きながらクラウスへと耳打ちをした。それを横目にエミールは、黒い滑らかな革をおのれの首へと巻き付け、金具に先端を通して固定する。

 オメガが首輪を巻く意味は、さすがにエミールも知っていた。
 発情期のオメガがアルファにうなじを噛まれると、つがいの契約が成立してしまうからだ。

 この『つがい』というものは実に不平等で、うなじを噛まれたオメガはその先一生を、相手のアルファに縛り付けられることになる。

 オメガには二か月に一度発情期が訪れるのだが、その際にアルファを誘うための誘惑香と呼ばれるフェロモンを発する。誘惑香は、うなじを噛まれて以降はつがいにしか感知できなくなる。つがい以外のアルファを誘うことが不可能となり、肉体的にも、つがい以外を受け入れられなくなるのだ。

 対してアルファはと言うと、オメガのうなじを噛んでつがい関係を結んで以降も、つがい以外のオメガを抱くこともできるし、同時に複数のオメガとつがうこともできる。

 つまりつがいとは、オメガにばかりリスクがある不平等な契約なのだと、エミールは理解していた。

 そういう不平等からおのれをまもるために、首輪は必要なアイテムだ。それはわかる。わかるが、自分がオメガだという自覚に乏しい現状では、首輪は屈辱的にも感じられた。

 エミールはひそひそとなにごとかを囁き合っている二人の男を置いて、さっさと部屋を出た。
 すぐに追ってきたクラウスが、エミールの前に立つ。

「ここは道が入り組んでいる。案内なしには迷うぞ」
「では案内してください。ファルケンのところへ」

 エミールがそう言うと、クラウスがなぜか複雑そうな表情を浮かべた。まさかファルケンがここに居るというのは嘘なのか、と疑いの眼差しを向けると、クラウスは咳ばらいをして、片マントペリースを翻した。

「こっちだ」

 ひらり、と黒い布を優雅に揺らしながら先を歩くクラウスの背を追う。
 長身の男の歩幅は大きい。しかし置いていかれることはない。エミールの気が急いて、歩調が早まっていたからだ。

 ファルケンの無事を早くこの目で確認したい。その一心で足を運んだ。
 周囲を見る余裕はほとんどなかったが、ここが王城だというのはどうやら事実らしい。石造りの廊下はクラウスの言葉通り入り組んでおり、建物は驚くほどに広かった。

 途中、幾人かとすれ違ったが、全員がクラウスを見ては深々と頭を下げる。クラウスを第二王子だと言っていたロンバードの言葉も、嘘ではないのかもしれない。とするとエミールは一国の王子相手にとんだ無礼を働いたことになるが、いまはそのことを考える余裕もなかった。

 クラウスの先導で、エミールはようやく屋外へと出た。渡り廊下をしばらく行くと、活気ある声が聞こえ始める。

「王城内には騎士団の訓練所がいくつかある。ここは、主に第一部隊のための場所だ」

 そう説明したクラウスが、不意に足を止めた。
 勢い余ってエミールはたたらを踏んだが、無様にクラウスの背に衝突することは回避できた。

 クラウスの脇から顔を覗かせると、広々とした演習場では互いに剣を交える男たちの姿があった。
 彼らはこちらに気づくと一斉に気をつけの姿勢になる。クラウスがそれに軽く手を振ることで応えた。

「続けろ」

 短い命令に、男たちはまた訓練へと戻った。

「エミール、こっちだ」

 顔を一巡りさせたクラウスが、エミールを呼ぶ。
 男の背について、エミールは再び歩き出した。

 剣の稽古をする広場、武具の手入れをする場所、休憩所、そして厩舎。訓練所をぐるりと回る形でエミールをいざなったクラウスは、厩舎の裏側に来ると体を横へと退けた。

 そこは、弓の練習所になっていた。
 幾人かが的に向かい弓矢を放っている。そこに、黒髪の男の姿があった。

 エミールは両目を大きく見開いた。

「ルーっ!」    
  
 
 
 
しおりを挟む
感想 159

あなたにおすすめの小説

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます

まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。 するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。 初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。 しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。 でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。 執着系α×天然Ω 年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。 Rシーンは※付けます ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

処理中です...