騎士は愛を束ね、運命のオメガへと跪く

夕凪

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オメガとして

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 ファルケンの隻眼が、ぎょっとしたように見開かれた。

「嘘だろ」

 疑わしげに呟かれ、エミールの機嫌が折れ曲がる。

「なんでオレが嘘を言う必要があるんだよ。あのクソ王子は毎日毎日他のオメガの匂いをつけて、オレに求婚してくんの! それでオレが断ったら、真顔でなんでだ?って驚くんだよ」

 エミールがクラウスの怒涛の求婚を断り続けているのは、身分差以上にそのことが大きかった。

 たぶん、クラウスは間違っていない。
 彼は王族で、アルファだから、オメガを何人娶ったって驚く人間は居ないのだろう。
 むしろ第二王子の求婚を光栄に思わないエミールの方がおかしいに違いなかった。

「オレのこと運命だ運命だって言うけど、何人目の運命なんだか」

 ハッ、と鼻で笑いを漏らして、エミールはファルケンの指から零れ落ちた鉛玉を地面から拾い上げた。
 座ったまま、ファルケンが使っていた的を狙って投げる。しかしエミールの放ったそれは、ファルケンのように一直線には飛ばずに、中途半端な放物線を描いて的に届く前に落ちてしまった。

 おのれの腕に筋肉があまりつかないのも、王子に求婚されるのも、彼に付きまとうオメガの匂いに気づいてしまうのも、すべては自分がオメガであるせいだ。

 誰を恨んでも仕方ない。持って生まれたバース性は変えることができない。
 でも、考えてしまう。
 オメガでなければ、こんな目に遭わなかったのではないか、と。

 物憂げな溜め息で肩を揺らしたエミールへと、ファルケンがそっと声をかけてきた。

「エル……クラウス王子は立場上、色んな相手と会うだろう。その中の誰かの移り香とかじゃないのか?」

 幼馴染のその指摘を、エミールは冷たい眼差しで叩き落とした。

 確かに、彼は一国の王子。国内外問わず高貴な身分の……エミールには縁遠い『偉いひとたち』との謁見が引きも切らないに違いない。なるほどその中にはオメガも混ざっているだろう。
 しかし。

「毎朝あのひとにくっついてる匂いは、ひとつだけだよ」

 エミールは尖った口調で言い返した。
 ファルケンが唖然と唇を開く。まさか、と言いたげな彼を一瞥して、エミールは無意味に爪先で地面を蹴った。

 クラウスがエミールの部屋を訪れるのは、彼が公務に赴く前が多く、つまり朝に顔を合わせることが多い。だからエミールは朝いちから情熱的な求婚を受ける羽目になるのだが、その彼からひとりのオメガの匂いが漂ってくる。
 ということは、クラウスはエミールに会う前に、そのオメガに会いに行ってる(もしくはオメガと一晩を過ごした)ことになる。

 クラウスはエミールを「私の運命」と言うが、オメガの匂いがそれは嘘だと親切にも教えてくれているのだった。

「オレは良くても二番目ってことだよ、ルー。オレはオメガだから、そりゃあアルファ様からしたらつがいにしてやるだけありがたく思えってことかもしれないけど? でもオレはそれを喜ぶほど、オメガになりきれない」

 ヴローム村では、バース性とは無縁だった。周囲の大人たちは誰も、アルファだオメガだと話題に上らせることもなかった。クラウスが悪書だと評したバース性の教本だって、エミールにとっては別世界の話のようだった。

 王城に来たこの二か月で、アルファやオメガに関する新たな知識だけは詰め込まれた。
 クラウスに与えられた数冊の分厚い本には、各バース性の特徴や周期的変動バイオリズムが時に専門語を用いて、時に神話や昔話を引用して、詳しく書かれていた。

 村にあった教本に繰り返し登場した『オメガは底辺の存在』という言葉は、それらの本のどこにも書かれていなかった。
 むしろサーリーク王国のいしずえを支える存在として、いかに貴く大切にされるべきかをうている文章が多かった。

 エミールは戸惑いつつもバース性について学びを深めていったのだが……。
 ここへきてやはり自分はクラウスに騙されているのでは、という疑惑が深まってきた。

 耳触りの良い言葉でエミールを持ち上げておいて、平気で他のオメガの匂いをべったりと纏わせているような男だ。毎日の求婚だって、どこまで本気かわかったものじゃない。

 エミールが地面を睨みつけていると、
「話が違う」
 と、ファルケンがぼそりと独りごちる声が耳に落ちてきた。

「話ってなに」

 ファルケンとクラウスの間でどんな話があったのかとエミールが幼馴染を見上げると、思いのほか険しい金茶の瞳があった。

「エル。俺は……」

 ファルケンがなにかを言いかけた。
 そのとき、ふと鼻先に香ったものがあった。
 エミールは咄嗟に顔をそちらへ振り向けていた。

 厩舎の向こうから、黒い片マントペリースを靡かせたクラウスが歩いてくるのが見えた。互いの間にはまだ結構な距離があるのに、彼の双眸がしっかりと自分を捉えていることが、エミールにはわかった。

 エミールの視線を追ってファルケンも隻眼を動かした。そしてクラウスの姿を認め、ふぅ、と軽く息を吐いた。

「エル。さっきのオメガの匂いの件、王子に直接話してみろよ」
「……いいよべつに。あのひとが何人つがいを抱えてるかとか、オレには関係ないし」

 歩く姿ですら麗しい第二王子からふいっと目を背け、エミールがそう返したら、ファルケンが唇の端を引き上げた。

「関係ないわけないだろ。あのひとがおまえの運命なんだから」
「だからそれは!」
「随分と気づくの早かったな」
「……え?」
「おまえ、背中向けてたのにな」

 ファルケンが言った言葉の意味を、数秒、エミールは考えてから、頬がかぁっと熱くなった。

 クラウスが歩いてきた方角は、エミールの背中側で……完全な死角になっていたのに、エミールは正面を向いていたファルケンよりも先に、クラウスに気づいていた。そのことを苦笑い交じりに指摘されたのだった。

「匂いだろ」
「……」
「運命のつがいは、どうしようもなく匂いに惹かれるんだ」

「オレは、ルーの匂いも好きだよ!」

 あまりにズバズバ言い当てられて決まり悪くなったエミールが咄嗟にそう返した瞬間。

 ファルケンの右手が目にも止まらぬ速さで動き、腰に巻いていた革のホルダーに入れてあった小刀の柄を掴み、引き出そうとした……が、横から電光石火の勢いで伸びてきた太い腕に肘を捉えられ、刀身が露わになる前に止まった。
 エミールは唖然とその光景を見た。
 いつの間にか、ロンバードの巨躯がファルケンの右背後にあった。

「おまえそれ抜いたらマジで罰則だぞ」

 ロンバードが呆れたように忠告するのを、ファルケンが嫌そうに流し見る。

「死角を突くとか鬼ですか。ってか、俺にどうこう言う前にあのひとの殺気を注意してくださいよ。あれにつられて手が勝手に動くんですから」
「馬鹿。いちいち反応してんじゃねぇよ。本気かどうかぐらい区別がつくだろうが」
「いまのは絶対本気でしたよ。首を切られたかと思った」

 二人の言い合いを唇を半開きのままポカンと見ていたエミールだったが、殺気がどうという話を耳にして、まさかと思いつつ自身の背後を振り向いた。

 するとそこには、蒼玉の瞳を剣呑に歪ませ、牙をむき出しにした狼のような形相の男が立っているではないか。

 あまりの迫力にビクっと肩が揺れた。それに気づいたのかクラウスもハッと身を揺らし、ゴホゴホと空咳をする。


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