騎士は愛を束ね、運命のオメガへと跪く

夕凪

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オメガとして

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「……あなた、またファルケンに殺気ってやつを向けたんですか?」

 椅子から腰を上げたエミールがクラウスの前に立ちはだかり、長身の男を睨み上げると、クラウスの眉が情けなく寄せられた。

「違う。いまのは仕方なかった」
「なにが仕方ないんです」
「エミール、きみが……きみが、私以外のアルファの匂いを褒めたから……」

 騎士らしくもなくごにょごにょと言葉尻を濁すクラウスの弁明に、エミールはカチンときた。
 ファルケンの匂いが好きだと言ったぐらいなんなのだ。
 く言う自分は、毎朝べつのオメガの匂いをべたべたにつけてきているくせに!

「オレが誰の匂いを気に入ろうがあなたには関係ないですよね!」
「関係なら大いにある。きみは私の、」
「運命だ、ですか! もう聞き飽きました。それでオレはあなたの何番目の運命なんでしょうかね!」
「…………?」 

 クラウスが訝しげに首を傾げた。
 なにを言われたかわからない、と言わんばかりのポーズにエミールの怒りはさらに煽られた。

「オレが気づいてないとでも思ってんのかクソ王子っ! 毎朝会うオメガが居るならそっち行けよ! 片手間にオレを口説くなっ!」

 ドンっ! と黒衣の胸元を突き飛ばしたが、大木でも押したのかと思うほどびくともせずに、驚いた拍子に我に返って慌てて口を押さえた。

 また『クソ』と言ってしまった。感情的になって失言してしまう自分を反省しながら、そろりとファルケンの方を見てみると、怒ったら口が悪くなるエミールを良く知る幼馴染は、あ~あと言わんばかりの顔つきで肩を竦めていた。
 クラウスの側近のロンバードはというと、ぼりぼりと頭を掻きながらそっぽを向いている。エミールの暴言を聞かなかったことにしてくれているようだ(というかこのロンバードも大概口が悪いので、彼にたしなめられる筋合いはないと思うが)。

 しかし一国の王子にしていい態度ではない。不敬罪で捕まる前に、エミールは潔く謝ろうと頭を下げかけたが、それよりもクラウスが腹心の名を鋭い声で呼ぶ方が早かった。

「ロン! ロンバード!」

 クラウスの声はよく通る。朗と響く彼の声に、演習場で弓を構えていた者たちも動きを止め、なにごとかと姿勢を正していた。
 ロンバードも表情を引き締め、第二王子の方を見た。

 クラウスの迫力につられて急に周りの気配が緊迫感を帯び、エミールはてっきり敵襲でもあるのかと警戒したのだが。
 真剣な顔でクラウスが、

「ロンバード。これは嫉妬か?」

 と問いかけるのを聞いて、頭の中に疑問符が散った。
 嫉妬? なんの話?

 意味がわからなかったのはファルケンも同じだったようで、エミール同様首を捻っている。
 ロンバードが「うへぇ」と小さく呻き、投げやりな声を返した。

「そうなんじゃないですかぁ?」

 その返事を耳にした途端、クラウスの双眸が輝いた。

「そうか! 嫉妬か! エミール!」
「えっ? オレ? ちょ、うわっ!」

 唐突にがばっと体を覆われた。と思ったらクラウスに抱きしめられていた。騎士団の黒い制服。逞しい両腕にぎゅうっと抱き込まれ、エミールは黒衣のそれに鼻先を押し付ける形になる。

 がっしりとした胸板があった。そこからクラウスの香りが漂ってくる。
 まずい。力が抜ける。あまりにいい匂いすぎて、足が萎えそうだ。けれど背に回ったクラウスの腕が、しっかりとエミールを支えてくれている。

「エミール。私は感動している」

 耳元でクラウスが囁いた。

「ちょっと! 離れてくださいっ! 急に、なに、」
「きみに嫉妬されるのが、こんなに嬉しいとは!」
「はぁ? 嫉妬? オレが? なんの話ですかっ! っていうか、離れろってば!」
「私についていたオメガの匂いが、不快だったのか」
「なっ……!」

 エミールは言葉を失くして、男を睨み上げた。
 蒼い狼の瞳と視線がぶつかる。間近で、金色の睫毛の、生え際すらくっきりと見えて、ドキリとした。

「きみがそんなふうに感じてくれていたとは思わなかった。私の配慮が足りなかった」

 すまない、と吐息のような音で告げられた。

 王家と国は、一体である。だから王族は容易に謝罪することはしない。クラウスが謝罪することはすなわち、王家が謝ること、ひいては国家の謝罪にも等しい扱いになるからだ。
 それなのに、クラウスは「すまない」と言った。平民で孤児の、オメガ相手に。

 エミールは愕然とそれを耳にして、息を飲んだ。

 声量は本当にささやかで、たぶん、ロンバードやファルケンにも聞こえていない。
 エミールとクラウス、二人の間だけで交わされた、小さな小さな「すまない」だった。

 クラウスの眉根が、言葉通り申し訳なさそうに寄せられていた。精悍で凛々しい顔立ちなのに、どことなく、主人に叱られるのを待つ尻尾を下げた犬のような哀れさがあって、エミールはうっかりふきだしてしまう。

「ふっ……、あなた、なんなんですか」
「エミール」
「王子様が、オレなんかに謝ったりして……ふっ……ダメだ、あははっ!」

 クラウスの情けない顔が笑いのツボに入ってしまい、エミールは抱きしめられたまま肩を揺らして笑い声を上げた。エミールにつられたのか、クラウスが唇の端をほころばせた。やさしい微笑だった。
 蒼い瞳があんまりやわらかく笑みを滲ませるから、エミールの胸がドキドキしてしまう。

 わざとらしい咳払いが聞こえた。ハッとしてそちらを見ると、ロンバードがこぶしを口に当てて、うおっほんとまた咳をする。

「そろそろラブシーンをやめねぇと、うちの訓練兵たちの目の毒なんですがね」
「え? う、わっ!」

 ロンバードに指摘され、エミールは咄嗟に両手を前に出して、クラウスの胸を突き飛ばしていた。さっきは微動だにしなかったクラウスの体は、今度は素直に押されてくれたようで、腕はするりとほどけて離れていった。

「無粋な男だな、ロン」
「アンタに言われたくねぇよ。ほら、巡視の途中なんだから行きますよ」
「まったく……エミール」

 溜め息をついたクラウスに、不意に名を呼ばれてエミールは場所を失念していた羞恥を落ち着ける暇もなく、声を上ずらせて返事をした。

「な、なんですか」
「きみに会わせたいひとが居る。詳細はまた後ほど」

 一方的にそう告げて、クラウスは片マントペリースを翻し、きれいに背筋の伸びた歩き方で去っていった。

 会わせたいひと。それが、クラウスに毎朝おのれの匂いをつけている、オメガのことなのか。
 クラウスとロンバードの後ろ姿を見送りながらエミールがぼんやりと考えていると、真横にすっと誰かが寄ってきた。ファルケンだ。

 顔の片方を黒い眼帯で覆っている幼馴染が、隠しきれない含み笑いを浮かべているのを見て、エミールは消えてしまいたくなった。

 家族も同然のファルケンの前で、男に抱きしめられてドキドキしている姿を見られた事実に悶えながら、両手で顔を覆って地面にしゃがみ込んだら、

「やっぱり運命なんじゃないか」

 と追い打ちをかけるような呟きが落とされて、エミールはしばらく立ち上がることができなくなったのだった。
   



 
 
    
  
  
 
  
  
 
 
 
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