騎士は愛を束ね、運命のオメガへと跪く

夕凪

文字の大きさ
21 / 127
オメガとして

しおりを挟む
「天使っ!」

 エミールは思わず叫んで、両手を胸の前でぎゅうっと組み合わせた。
 癖のあるふわふわの金髪を揺らして、小さな天使が軽く膝を折って礼をとる。

「はじめまして。ユリウスです」
「うわっ、可愛いっ! えっ、はい、初めまして!」

 あまりの愛らしさに挙動不審になったエミールは、慌てて頭を下げ返し、ユリウスと名乗った天使……もとい子どもの前にしゃがみこみ、透き通るような緑の瞳と視線を合わせた。

「オレはエミールと言います。よろしくお願いします。ユリウス……様はおいくつですか?」

 敬称にすこし迷って、様を付けた。
 顔立ちはまったく違っていたが、金色にけぶる睫毛と髪はクラウスに良く似ている。この子もきっと、王族の一員だ。
 それに……この匂い。

 エミールの胸に怒りの感情がすさまじい勢いで溜まっていったが、それをぐっと飲み込んで、エミールは孤児院の子どもたちに話すように、やわらかな声で問いかけた。

 ユリウスが軽く胸を張り、
「五歳になりました」
 と教えてくれる。天真爛漫さと利発さが同居したような微笑を浮かべる様は、まさに宗教画の天使のようで、可愛すぎて抱きしめたくなるほどだ。

「五歳ですか。ユリウス様はとてもしっかりされてますね」

 エミールがにっこり笑ってそう褒めると、ユリウスの小鼻が嬉しそうに膨らむ。

「ユーリ、ユーリ」

 不意に上から伸びてきた手が、ユリウスのつむじをトントンと突いた。

「おまえにお願いしていたことがあっただろう?」

 クラウスがそう囁くと、「そうでした」と頷いたユリウスが、エミールにくるりと背を向けた。

「それじゃあ行ってきます」
「ああ。頼んだ」

 エミールにはよくわからないやりとりを交わして、来たばかりだというのにユリウスが部屋を出て行ってしまった。
 エミールは折り曲げていた膝を伸ばし、軽く裾を払ってからクラウスへと問いかけた。

「会わせたいひとというのはユリウス様のことですか?」
「いや、違……わないが、ユーリだけでは、」
「こっのクソ王子っ!! あんた、最低だっ」

 エミールは男を怒鳴りつけ、足音も荒く寝室へ向かった。

「エミール、待て、どうしたんだ」
「どうしたもこうしたもないだろ。オレはここを出て行きますさようなら」

 クローゼットを開け、掛かっていた服を手当たり次第にバッグへ詰めてゆく。

「なぜ急にそんな話になるんだ」

 困惑したような声とともに、肩を掴まれた。それをバシリと振り払って、エミールは背後に立つ男へ指を突き付けた。

「あんな大きな子どもまで居るのに、よくもオレを運命だなんて言えたな! くそっ! 田舎者で世間知らずで孤児のオレなら、簡単に転がせると思ったのかよ。オレは、オレを尊重しない相手とつがう気は一切ないですから!」
「エミール、待て、誤解がある」 

 クラウスが蒼い瞳を見開いて、弁明をしようとするが、エミールは聞く耳を持たずに荷づくりの続きに取り掛かった。

 あの金髪の天使についていた匂い。あれは間違いなく、毎朝クラウスが纏っているオメガの誘惑香だ。
 ということはユリウスはそのオメガとクラウスとの間にできた子に違いない。

 子持ちのくせに、よくもまぁエミールを散々口説けたものだ。しかも五歳! 五歳ということはクラウスが十四、五歳のときの……あれ? 早すぎないか?

「エミール! 聞いてくれ!」

 今度は手首を掴まれた。それを振りほどこうとしたけれど、クラウスの指はびくともしなかった。

「誤解だ。順に話をさせてくれ」

 真剣な目で射竦められた。気づけばクローゼットを背に、男と間近で向かい合っている体勢になっている。

 アルファの匂いがした。この香りがエミールをダメにする。
 エミールは顔を歪めて、クラウスから目を背けた。

「聞きたくありません」
「ダメだ。聞いてくれ」
「オレは村に帰ります」
「エミール!」

 鋭い声で名を呼ばれた。そのときだった。

「まぁまぁ。修羅場? それともラブシーン?」

 場にそぐわない、軽やかに明るい女性の声が割り込んできた。
 エミールがぎょっとして扉の方を見ると、赤い巻き毛の女が扇で口元を押さえながら、寝室を覗き込んでいた。

「だ、誰、」
「アマーリエ! ここまで入って来ないでくれ」

 狼狽するエミールを余所にクラウスが渋面を作りそう言った。入って来るなという言葉を丸っと無視して、アマーリエと呼ばれた女性がオホホと笑ってエミールたちに近づいてくる。

 香水に混じって、彼女自身の匂いがエミールの鼻先を掠めた。
 クラウスについていた匂いの正体は、この女か。

 エミールはクラウスの体を押しのけて、彼女と正面から対峙した。
 アマーリエが口元から扇を外し、優雅な手つきでそれを畳んだ。

 顔つきは、思いの外若い。自分と同年代ぐらいだろうか。彼女がユリウスの母親? 若すぎないか? それとも化粧で若作りしているだけか。

「ご機嫌よう」

 アマーリエがドレスを揺らして、エミールに向かい会釈をした。
 エミールは鼻筋にしわを寄せ、クラウスへと白けた視線を流した。

「あなた、こんなゴテゴテ着飾った女が好みなら、オレなんてお呼びじゃないでしょう」
「まぁ! ゴテゴテ着飾った女って私のことかしら?」
「アマル! エミールもまずは私の話を、」
「あなたが外見だけ飾り立てたようなブスがお好きならそれでいいですけど、金輪際オレを巻き込まないでくださいね!」
「まぁまぁ! ブスってわたくしのこと? 初めて言われましたわ!」

 アマーリエが赤みがかった目を真ん丸に見開いた。
 女性相手にブスはなかった。いまのは完全なる失言だ。エミールがばつの悪い思いを味わったのとは反対に、アマーリエはなぜか興味津々とばかりにエミールへ顔を寄せてきた。

「面白いわね、あなた。私たち、仲良くなれそうですわ」

 なぜそうなる! 理解不能すぎてエミールは目眩を覚えながら、作り笑いを口元に貼り付けた。

「そもそもオレのような平民があなたがたと口を利くなど畏れ多すぎますね。というわけでオレは失礼します」

 荷物を持ち出すのは諦めて(元々身ひとつで連れてこられたから、衣類もバッグもエミールの私物というわけではない。子どもたちの居る施設に転がりこめば最悪なんとかなるだろう)、エミールはさっさと部屋を出て行こうとした。

 すると扉の陰から金髪の天使がぴょこんと顔を出し、
「ケンカですか? 兄上」
 と困ったように訊いてくる。

 兄上……兄上? クラウスが、ユリウスの兄? 子どもではなくて?

 驚いて思わず二人を見比べると、クラウスが咳ばらいをして、エミールへ向かい、ゆっくりとひとつ頷いた。

「エミール。頼む。話を聞いてくれ」
「話って……」
「ユーリは正真正銘、十五歳年の離れた私の弟だ。そしてアマル……アマーリエは、私の兄、マリウスの婚約者だ」

 兄の婚約者、と言われてもエミールにはピンとこない。
 なぜ、クラウスの兄の婚約者の匂いが、毎朝クラウスにべったりとついていたのか。

 疑問が顔に出たのだろう。クラウスがしずかに首を振り、
「ともかく順に説明をするから、聞いてくれ」
 と言った。

 チラとアマーリエの方を見ると、彼女は赤毛を指先に巻き付けて弄びながら、

「クラウスが運命の相手を連れ帰ったと聞いたときからずっと会わせてってお願いしていたのに、全然聞き入れてくれなかったんですの。私、ここひと月毎日毎日直談判しに押しかけたんですのよ! ようやく会えて嬉しいですわ。これからよろしくね、クラウスのオメガさん」

 邪気のない笑顔を浮かべて、鈴のような笑い声をあげた。
    
  


   
しおりを挟む
感想 159

あなたにおすすめの小説

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます

まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。 するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。 初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。 しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。 でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。 執着系α×天然Ω 年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。 Rシーンは※付けます ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

処理中です...