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契約の年月
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二人だけの誓いを交わしたその日から、変わったもの、変わらないものがそれぞれあった。
変わったものから数えてみると、まず、エミールに与えられていた部屋が挙げられる。
賓客扱いとして滞在していた部屋から、王族が寝泊まりする場所にほど近い一室へと移された。
豪華な部屋は嫌だ、広くなくていい、自分のことは自分でできるので使用人も最低限にしてほしい等々、エミールはいくつか要望を出したが、その結果、叶えられた希望もあればまったく取り合ってもらえなかったものもある。
寝室のほかに談話室やら娯楽室やらいったいいくつあるのかと思うほどエミールに与えられたスペースは広かったし、どこを覗いても高級そうな調度品で飾り立てられていた。
部屋に出入りする使用人だけは人数をかなり絞ってもらえた。その差配をしたのが、エミール付きの侍従として取り立てられた、スヴェンである。
スヴェンはベータの男性で、年齢こそ五歳上(つまりクラウスと同い年か)であったが若々しく見え、背丈もエミールとほぼ同じだったので、まるで同年代の友人のような感覚がした。室内に控えていても圧迫感を感じることがなかったのでエミールは比較的容易に彼を受け入れることができた。
このスヴェンは、以降エミールの良き相談相手にもなった。
賓客からクラウスの婚約者に扱いが変わったことで、周囲の態度も一変した。
これまで接点のなかった『偉いひとたち』との関わりも持たざるを得なかった。
エミールが城内を歩いていると、誰かしらが話しかけてくる。ご機嫌ようエミール様。ドレスで着飾った女性や宮廷式の正装をした男性たちが寄ってきては、騒がしく囀る。
エミールの対応でクラウスに恥をかかせることのないように、と、宮廷式の作法や王族の歴史などを学ぶための教育係もつくようになった。
田舎の村で文字や算術など基礎的な知識しかないエミールにとって、新たな勉学を修めることは難しかったが、楽しかった。特に、国の成り立ちなど、王族にまつわる神話や逸話は面白かった。
クラウスは毎日、エミールの部屋を訪れる。時間帯は朝であったり就寝前であったとバラバラで、それが彼の多忙さを教えてきたが、ほんのわずかの時間であっても律義に顔を見に来るクラウスの来訪を、いつしかエミールはこころ待ちにするようになっていた。
会いに来るのはクラウスばかりではない。
なんと王太子殿下の婚約者、アマーリエがふらりと遊びに来るようになったのだ。
というのもエミールの部屋の壁の一画には、隠し通路があったからだ。
日参するクラウスもときにこの通路から来ることもあったが、彼の場合は表から堂々と訪れることが多い。だからこの通路はほとんどアマーリエ専用と化している。
アマーリエは気まぐれにエミールの元を訪れては、スヴェンの淹れた紅茶を飲んで、貴族たちの愚痴を垂れ流してゆく。
彼女の話の内容は、ただの世間話や不満に聞こえるが、それだけではない。
彼女はエミールにそれとなく、貴族たちの動向や、誰がどんな立場でどんな性格をしているかを教えてくれているのだ。それに気づいてからは、アマーリエとのお茶の時間は有意義なものとなった。
豪華なドレスを身に纏い、ひらひらの立て襟でオメガの首輪を隠して、扇を優雅に広げて笑うアマーリエ。
彼女の装飾過多な姿を、
「そんなに着飾って邪魔にならない?」
と尋ねたことがある(最初は曲がりなりにも敬語を使っていたが、アマーリエの強い希望で二人きりのときは敬語禁止となっていた)。するとアマーリエはエミールのシンプルな服装に視線を向けて、勝気な笑みを浮かべた。
「わたくしはこれでいいの」
髪飾りを刺した赤毛や、じゃらじゃらとしたネックレスはそれはそれできれいではあったが、派手好きで、思慮深さなどからかけ離れている印象がして、そういうイメージがアマーリエの評価を損なっているのではないかとエミールは案じたが、当のアマーリエは平然と、
「あら、それがいいんじゃない」
そう言って扇をひらひらと動かした。
「いいこと、エミール。たとえば舞踏会に行くとして」
「うわ。行きたくない。やっぱりそんなのあるのか……嫌だなぁ」
「そのうち嫌でも社交界に顔を出さないといけませんわ。あら、話が逸れたじゃない。エミール、あなたが舞踏会に参加するとしますわね。そうしたら、どこどこ領の誰それ公爵と申します、麗しのエミール殿、一曲お相手してくれませんかって誘われますわ」
エミールはどこぞの髭を蓄えた貴族の男に手を取られる自分を想像して、ぞわりと鳥肌を立てた。
「嫌すぎる」
「そのうちダンスも覚えなければいけませんわ。それで、そうして踊っているとね、ステップもそこそこに話しかけられますの。先日どこそこの国の要人とマリウス王子が会っていたようですがなにかお聞きですか、とか、マリウス王子は最近狩猟がお好きと伺いましたが次に出かけられるご予定はありますか、とかマリウスマリウスマリウス、誰もが口を揃えて私にマリウスの話をしてきますの」
「…………」
アマーリエの赤みがかった瞳がくるりと動いて、扇で口元を隠すと、芝居がかった口調で続けた。
「だから私はこう答えるんですの。まぁ! わたくしちっとも知りませんでしたわ。わたくしの大好きなマリウスのこと、もっと教えてくださる? って」
エミールはハッとなって彼女を見つめた。
アマーリエが視線を返し、顎先をつんと持ち上げた。
「オメガの婚約者殿はドレスで身を飾り立てるしか能がない。そう思われているぐらいが、ちょうどいいのよ」
おのれに利用価値がないと周囲に知らしめる。そのための装いで、そのための化粧だというアマーリエの話に、エミールは真剣に耳を傾けた。
これが彼女の戦い方なのだ。
変わったものから数えてみると、まず、エミールに与えられていた部屋が挙げられる。
賓客扱いとして滞在していた部屋から、王族が寝泊まりする場所にほど近い一室へと移された。
豪華な部屋は嫌だ、広くなくていい、自分のことは自分でできるので使用人も最低限にしてほしい等々、エミールはいくつか要望を出したが、その結果、叶えられた希望もあればまったく取り合ってもらえなかったものもある。
寝室のほかに談話室やら娯楽室やらいったいいくつあるのかと思うほどエミールに与えられたスペースは広かったし、どこを覗いても高級そうな調度品で飾り立てられていた。
部屋に出入りする使用人だけは人数をかなり絞ってもらえた。その差配をしたのが、エミール付きの侍従として取り立てられた、スヴェンである。
スヴェンはベータの男性で、年齢こそ五歳上(つまりクラウスと同い年か)であったが若々しく見え、背丈もエミールとほぼ同じだったので、まるで同年代の友人のような感覚がした。室内に控えていても圧迫感を感じることがなかったのでエミールは比較的容易に彼を受け入れることができた。
このスヴェンは、以降エミールの良き相談相手にもなった。
賓客からクラウスの婚約者に扱いが変わったことで、周囲の態度も一変した。
これまで接点のなかった『偉いひとたち』との関わりも持たざるを得なかった。
エミールが城内を歩いていると、誰かしらが話しかけてくる。ご機嫌ようエミール様。ドレスで着飾った女性や宮廷式の正装をした男性たちが寄ってきては、騒がしく囀る。
エミールの対応でクラウスに恥をかかせることのないように、と、宮廷式の作法や王族の歴史などを学ぶための教育係もつくようになった。
田舎の村で文字や算術など基礎的な知識しかないエミールにとって、新たな勉学を修めることは難しかったが、楽しかった。特に、国の成り立ちなど、王族にまつわる神話や逸話は面白かった。
クラウスは毎日、エミールの部屋を訪れる。時間帯は朝であったり就寝前であったとバラバラで、それが彼の多忙さを教えてきたが、ほんのわずかの時間であっても律義に顔を見に来るクラウスの来訪を、いつしかエミールはこころ待ちにするようになっていた。
会いに来るのはクラウスばかりではない。
なんと王太子殿下の婚約者、アマーリエがふらりと遊びに来るようになったのだ。
というのもエミールの部屋の壁の一画には、隠し通路があったからだ。
日参するクラウスもときにこの通路から来ることもあったが、彼の場合は表から堂々と訪れることが多い。だからこの通路はほとんどアマーリエ専用と化している。
アマーリエは気まぐれにエミールの元を訪れては、スヴェンの淹れた紅茶を飲んで、貴族たちの愚痴を垂れ流してゆく。
彼女の話の内容は、ただの世間話や不満に聞こえるが、それだけではない。
彼女はエミールにそれとなく、貴族たちの動向や、誰がどんな立場でどんな性格をしているかを教えてくれているのだ。それに気づいてからは、アマーリエとのお茶の時間は有意義なものとなった。
豪華なドレスを身に纏い、ひらひらの立て襟でオメガの首輪を隠して、扇を優雅に広げて笑うアマーリエ。
彼女の装飾過多な姿を、
「そんなに着飾って邪魔にならない?」
と尋ねたことがある(最初は曲がりなりにも敬語を使っていたが、アマーリエの強い希望で二人きりのときは敬語禁止となっていた)。するとアマーリエはエミールのシンプルな服装に視線を向けて、勝気な笑みを浮かべた。
「わたくしはこれでいいの」
髪飾りを刺した赤毛や、じゃらじゃらとしたネックレスはそれはそれできれいではあったが、派手好きで、思慮深さなどからかけ離れている印象がして、そういうイメージがアマーリエの評価を損なっているのではないかとエミールは案じたが、当のアマーリエは平然と、
「あら、それがいいんじゃない」
そう言って扇をひらひらと動かした。
「いいこと、エミール。たとえば舞踏会に行くとして」
「うわ。行きたくない。やっぱりそんなのあるのか……嫌だなぁ」
「そのうち嫌でも社交界に顔を出さないといけませんわ。あら、話が逸れたじゃない。エミール、あなたが舞踏会に参加するとしますわね。そうしたら、どこどこ領の誰それ公爵と申します、麗しのエミール殿、一曲お相手してくれませんかって誘われますわ」
エミールはどこぞの髭を蓄えた貴族の男に手を取られる自分を想像して、ぞわりと鳥肌を立てた。
「嫌すぎる」
「そのうちダンスも覚えなければいけませんわ。それで、そうして踊っているとね、ステップもそこそこに話しかけられますの。先日どこそこの国の要人とマリウス王子が会っていたようですがなにかお聞きですか、とか、マリウス王子は最近狩猟がお好きと伺いましたが次に出かけられるご予定はありますか、とかマリウスマリウスマリウス、誰もが口を揃えて私にマリウスの話をしてきますの」
「…………」
アマーリエの赤みがかった瞳がくるりと動いて、扇で口元を隠すと、芝居がかった口調で続けた。
「だから私はこう答えるんですの。まぁ! わたくしちっとも知りませんでしたわ。わたくしの大好きなマリウスのこと、もっと教えてくださる? って」
エミールはハッとなって彼女を見つめた。
アマーリエが視線を返し、顎先をつんと持ち上げた。
「オメガの婚約者殿はドレスで身を飾り立てるしか能がない。そう思われているぐらいが、ちょうどいいのよ」
おのれに利用価値がないと周囲に知らしめる。そのための装いで、そのための化粧だというアマーリエの話に、エミールは真剣に耳を傾けた。
これが彼女の戦い方なのだ。
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