騎士は愛を束ね、運命のオメガへと跪く

夕凪

文字の大きさ
28 / 127
契約の年月

しおりを挟む
 エミールはやがて、貴族社会の中でおのれの立ち位置を築いていくこととなる。

 クラウスの婚約者ということで、始めは誰もがエミールを値踏みするために愛想良く擦り寄ってきたが、その内に彼らの腹の内が透けて見えるようになってきた。
 エミールを介してクラウスに取り入ろうとする者と、エミールを利用してクラウスを陥れようとする者。大体がそのどちらかに分類される。

 王城では誰も信じるな、とクラウスに忠告されていた通り、誰もがそれぞれの思惑で色んなことをエミールに囁いてくる。
 中にはエミールを侮辱するような言葉をぶつけられることもあった。
 曰く、クラウス殿下は貴族の女に飽きて口直しに平民のオメガを摘まんでいる、やら、平民でもやはりオメガはアルファを誑かすのがお上手だ、やら、オメガであることや身分が低いことを上品な言葉に紛れさせてあげつらってくる。

 無知を鎧として貴族たちと上手く渡り合っているアマーリエを手本に、エミールも、おのれの鎧をまとうようになった。
 エミールの鎧は、孤児院で養われた『子どもを相手にする技術スキル』である。
 ごてごてにドレスを着飾った女も、ステッキ片手に洒脱なコートを着ている男も、図体ばかりが大きな子どもだと思えば、なにを言われてもなにをされても大して腹が立たない。

 これは子どもこれは子どもこれは子ども。
 おのれにまじないをかけてから貴族たちと接するようになった結果、
「麗しのエミール殿のお声をひと声でも聞かんと貴族たちが列を成している、という噂を耳にした」
 と、クラウスに言われるほどになった。
 エミールは鼻を鳴らしてそれを笑い飛ばした。

「そんな大袈裟な。あなたまさか、わざわざそれを聞きに仕事を抜けてきたんですか?」

 クラウスの背後にやきもきしたようなロンバードの姿があって、エミールは呆れ半分にさっさと騎士団の任務に戻るよう促した。

「エミール。きみの声はとてもうつくしい」
「うわ……。はい、まぁ、ありがとうございます」
「惚れた欲目で言ってるのではない。ユーリに話しかけているときのきみの声はやさしくて……聖母のようだ」
「オレは男ですが」

 クラウスの耳は大丈夫か、と心配になったが、たまに遊びに来るユリウスの相手をしているときのエミールを知るロンバードまでもが、なぜかうんうんと頷いていた。

「ユーリ様に話しかけてるときのエミール様は、まさに聖母そのものって感じっすわ。慈愛みがあるってんですか? 隊長と話してるときとは全然違う」

 部下の言葉に、クラウスの眉間に悲壮感が漂った。
 こんな会話、以前にもしたなぁと思い出しつつ、エミールは、
「あなたは子どもじゃないので」
 と一応フォローのようなものを入れたが、クラウスの蒼い瞳が恨みがましくこちらへ向けられた。

「貴族どもも子どもじゃない」
「それはそうですけど、オレが素の口調で話したら、あっちこっちで嫌味を言われるでしょう……あなたが」

 エミールの評価はひいてはクラウスの評価になることぐらい、いい加減エミールにだってわかっていた。
 だから貴族たちとの付き合いもクラウスのために行っているのだと告げると、クラウスはなんとも言い難い表情で唇を結び、エミールを抱きしめてきたのだった。

 三年の契約を交わしたとき、性的な接触についての取り決めもしていた。
 エミールは抑制剤の服用を続け、たとえヒートを起こしたとしても、クラウスの手は借りない。
 エミールの主張にクラウスは絶望的な顔をしていたが、エミールにとっては譲れないことだった。

 契約期間中に、抱かれたくはない。この男に。

 たぶん、一度でも抱かれてしまえば、二度と離れられなくなる。そんな予感があった。

 三年という月日をともに過ごして、クラウスが心底からエミールを望んでくれるのならば、つがいになるという決断もできるが、それまでにいつ飽きられて捨てられるかもわからない。
 エミールを運命と呼ぶクラウスの気が変わらないとも限らない。
 そのためのお試し期間だ。
 だから、発情時でもクラウスの手は借りない。

 エミールの意思が固く翻意はないと悟ったクラウスは、渋々ながらもエミールの条件を飲んだが、ハグや頬や手などへのキスというスキンシップは頑として譲らなかった。

 触れられると、苦しくなる。全身を包む彼の匂いにすべてを委ねて、好きにしてくれと言いたくなる。
 それはきっとクラウスも同じで、互いに、苦しい。
 それでもクラウスは折に触れてエミールを抱きしめてくるし、エミールもその腕を拒み切れない。

 これが、このどうにもならない苦しさが、互いが運命のつがいゆえに生じるものなのだろうか。

 答えの出ない問いは、クラウスの匂いに包まれるたびにエミールの胸を熱く苦く焼いた。

 

 
 
しおりを挟む
感想 159

あなたにおすすめの小説

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます

まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。 するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。 初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。 しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。 でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。 執着系α×天然Ω 年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。 Rシーンは※付けます ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

処理中です...