騎士は愛を束ね、運命のオメガへと跪く

夕凪

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騎士の帰還

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 アダム自身もおのれの身になにが起こったのかわからず、束の間ポカンとそれが刺さった肩を見ていた。
 それから遅れて「ぎゃあ」と叫んだ。
 アダムの右肩には、ナイフが深々と埋もれていたのだった。

 いったいなにが、とエミールは周囲を見渡した。

「エル、動くな」

 どこからか聞き慣れた声が飛んできた。と同時にナイフがまた鋭く空を裂き、アダムに向かって投擲とうてきされる。
 アダムは咄嗟に体を捻ってそれを躱した。

 さすがアルファというべきか、瞬時に状況を悟ったアダムが、エミールの体を盾にしようと手を伸ばしてくる。
 それよりも早く二人の間に割り込んできた影があった。

「スヴェンっ?」

 突然現れた侍従に驚いて、思わずその名を呼ぶ。スヴェンの白金髪がふわりと動いた。流れるような動作で身を屈めた彼が、アダムの足を払った。
 思いがけぬ攻撃に男がバランスを崩し倒れた。尻もちをついたアダムは、また「ぎゃあ」と悲鳴を上げた。見れば彼の左手の甲をナイフが貫き、雑草の生えた地面に縫い留められていた。

 まさにあっという間の出来事であった。

「エル、大丈夫か」

 背後から肩を掴まれ、振り返る。
 案の定、黒い眼帯の幼馴染の姿があった。

「……ルー……」
「見せてみろ」

 右手を取られ、慎重な手つきで手首の辺りを触られた。

「痛っ」
「折れてはないが、捻ったか。後で冷やそう」
「あなたが付いていながら怪我をさせるなんて」

 刺々しい声を発したスヴェンが、白いハンカチを取り出し、エミールの手首からてのひらに器用に巻き付けてゆく。

「それを言うならアンタがエルをひとりにするからだろう」
「建物の中は私、外はあなた。そういう分担だったでしょう」
「いいや違うね。孤児院の敷地内はアンタ、敷地外は俺だったはずだ」
「さすが、名前の通りですね」
「どういう意味だよ」
「『ファルケン』の呼び名通りの鳥頭、」

「ちょ、ちょっと待って!」

 なぜか険悪な雰囲気で言い合いを始めた二人を、エミールはわけがわからないまま止めた。

「なんで? え? なに? え? 二人って、知り合いだったっけ?」

 エミールは、養護施設を訪れるときこそスヴェンを伴っているが、ファルケンに会うときはスヴェンが気を遣って外で待機するのが常だったので、二人が直接顔を合わせたことはなかったように記憶している。
 それなのに、なぜ。

「っていうか、え? 状況がわかってないのって、オレだけ? スヴェン?」

 侍従に説明を求めたが、さっきまでファルケンと饒舌に言い合ってたスヴェンはなぜか元の寡黙に戻ってしまい、ファルケンに任せたと言わんばかりに視線をすっと流しただけだった。

 ファルケンは頭を掻き、ふぅと吐息すると、エミールから離れて無様に倒れたままのアダムへと歩み寄ってゆく。

「おい」

 アダムの右手から生えているナイフの柄。ファルケンはそこに無造作に靴裏を乗せた。うぎゃあと響くアダムの悲鳴に、エミールはびくっと肩を竦めた。

 村に居た頃、ファルケンの狩りを手伝って野兎を捕殺したことがある。必要であれば鹿やイノシシの皮を剥いだり肉を捌くことだってできる。血が怖いわけじゃない。
 だけど基本的に荒事とは無縁だったから、ひとがいたぶられている場面を見たのはこれがほとんど初めてだった。

「中に戻っていましょう」

 血の気の引いたエミールに気づき、スヴェンが促してくれる。

「大丈夫」

 ここで去ったらまた自分は部外者になってしまう。これまで蚊帳の外に置かれていたエミールは、意地をかき集めてこの場に留まることを選んだ。

 ズキズキと痛む右手を胸の前に引き寄せて、エミールはファルケンとアダムから目を逸らすまいと顎を引く。
 そんなエミールを目の端で笑って、ファルケンがアダムを睥睨した。

「よくもまぁ三年も逃げ回ってくれたな。おかげで俺のご主人様は相当お怒りだ」

 ご主人様? ファルケンの言葉にエミールは内心首を傾げた。
 いったい誰のことだろう。そもそもファルケンは、誰かの命令で動いているのだろうか。娼館の用心棒の彼が?

「ヴローム村の実態について、調査はすべて終わってる。あとはおまえの身柄だけだったんだよ、アダム」

 ファルケンがナイフを踏んだ足に体重を乗せた。
 アダムが悶絶し、身を捩る。

「おまえがちょろちょろ逃げ回ってくれたおかげで、無駄に時間はかかるわエルは怪我をするわ」
「エミール様の怪我は半分あなたのせいですよ。行動が遅い」
「横から口を挟むな、影野郎シャッテン

 言葉を割り込ませたスヴェンに、ファルケンが不機嫌に言い返す。
 スヴェンってこんなに話すことがあるんだ、とエミールは新鮮に思った。実はファルケンと仲良しとか?
 でもいったいいつの間に?

 エミールの疑問はひとつも解決されないまま、ファルケンがアダムを追い詰めてゆく。

「おまえには罪状がいくつもついている。素直に認めればいのちはたすかるかもしれないが、確約はできない。いいな?」
「……くそっ!」
「糞はおまえだ。よくも村の子どもたちを好きに扱ってくれたな。呪い殺されろ!」

 ダンっ! とファルケンが思いきり足を振り下ろした。アダムの右手を貫くナイフが斜めに動き、アダムが苦痛の悲鳴を漏らす。

「子どもたちって、どういう意味? ルー?」

 エミールは困惑しながらも、聞き逃せないセリフに眉を顰めた。

「アダムはなにをしたって? 子どもってなに? さっき、アイクを売るって言ってた。あれってどういう、」
「エル、ストップ」

 ファルケンがこちらにてのひらを向けた。
 彼はそのまま腰のストラップを手繰り寄せ、ぶら下げていた革手袋エガケを左手に嵌めると、ピューイ! と口笛を鳴らした。
 するとどこからともなく一羽の立派な鷹が飛んできて、ファルケンの腕にとまった。

「いい子だ」

 指の背で鷹の頭を軽く撫でたファルケンが、鷹の足についていた細い筒から丸められた紙を取り出し、広げる。
 一読した後で「ん」とスヴェンに差し出した。
 受け取ったスヴェンが紙面に目を走らせ、ひとつ頷く。

 エミールは彼の手元を覗き込んでみたが、なにが書かれているかまったくわからなかった。暗号になっているのだ。

 読めないことがわかっているだろうに、スヴェンはエミールが見やすいようにそれをこちらへ向け、
「良かったですね」
 と言った。

 なにが良かったのかまったくわからないエミールへと、忠実なる侍従はこう続けた。

「クラウス様がお戻りになられますよ」  
  
 
 
   
   
 
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