騎士は愛を束ね、運命のオメガへと跪く

夕凪

文字の大きさ
39 / 127
騎士の帰還

しおりを挟む
 スヴェンの言葉は正確には、クラウスが帰国の途についたというだけで、いますぐにでもクラウスと会えるという意味ではなかった。

 エミールはひとまず、右手首の怪我の治療のため王城へ戻る運びとなった。
 アダムの身柄はファルケンからべつの男へと預けられた。スヴェンがなにも言わなかったので、それで良かったのだろう。
 帰る前にミアとアイクに会いたかったが、手当てが先だとファルケンとスヴェンの二人がかりで説得され、エミールはほとんど無理やり馬車に押し込められたのだが、これはある意味正解だったかもしれない。時間が経ってくるとハンカチを巻かれた手首がじくじくと痛みだしてきた。

 城内の自室へと辿り着くと、すぐに医師と薬師がやってきて、擦過傷の処置や手首の固定を鮮やかな手つきで行った。ひんやりとする軟膏も塗ってもらい、痛み止めの薬も貰ったので、痛みはやがて落ち着いた。

 医師たちが帰ったら、スヴェンがゆったりとした部屋着を持ってきて、更衣を促してきた。
 エミールはふだんから華美な装いはしない。だから外出着がことさら窮屈だとは思わないが、地面に転がされたりしたので土や草で汚れている。
 エミールは勧められるままに、右手首をあまり動かさないようにしながらスヴェンの手を借りて着替えをした。
 その間中ずっとスヴェンの顔を見つめていたら、怪訝な目を向けられた。

「なんでしょう?」
「なんでしょうじゃないよ。オレにはなんの説明もしないつもり?」

 エミールは声に怒気を混ぜて問いかけた。
 スヴェンが困ったように首を傾げる。

 彼だけが悪いわけじゃない。それはわかっているが、エミールの周りには秘密を持つ人間が多すぎた。

「オレだけずっと外側に置いておきたいなら、もういいよ」

 エミールは投げやりに呟き、侍従から離れる。

「もういい、とは?」
「出てく」
「エミール様」
「クラウス様も待たない。婚約も解消する」
「エミール様」


 本当に出て行くとは思っていないのか、落ち着き払った声で名を呼ばれ、エミールはカチンときた。
 アダムのことも、ヴローム村のことも、子どもたちのことも、自分の周りでなにが起きているのかも、エミールにはなにひとつ知らされない。まるで終わらない目隠し鬼に参加させられているかのようだ。

 クラウスのことだってそうだ。なぜ、ファルケンに帰還の連絡が行くのか。エミールには読めない暗号を、なぜスヴェンが読解できたのか。

 なぜ……なぜ、ひと言でもエミールに無事の連絡を寄越さないのか。

 腹が立って腹が立って、なんだか泣けてきた。
 唇を噛んで侍従から顔を背けた。スヴェンの前で女々しい真似はしたくなかったが、感情がぐちゃぐちゃで上手く制御できなくなっていた。

 スン、と鼻を啜って、腕でゴシゴシと目を拭おうとしたら、横からそっと肘の辺りを掴まれた。

「右手はいけません」

 指摘をされて、怪我をしたほうの手だったことを思い出す。
 王城を出て行くならば、当面の荷物を準備しなくてはならない。この手でできるのか。それとももうすこし良くなるまではこのままここに居るべきなのか。誰もがエミールを軽んじる、こんな場所に?

 エミールは虚脱して、立ち尽くした。もうなにをしていいかわからなかった。

「エミール様。座ってください」

 スヴェンが左手を引いた。抗う気力もなく、エミールはとぼとぼと歩き、スヴェンが示したソファへとぼすっと座った。体全体が重かった。

 エミールの前に茶器が置かれた。甘い匂いがしていた。
 スヴェンがカップをエミールの口元まで持ってきた。仕方なく左手で受け取り、ひと口飲んだ。
 ミルクと砂糖の味が、舌の上に広がった。無意識にほぅと息を吐く。そのタイミングでスヴェンが口を開いた。

「エミール様。もうすこしでファルケンが来ます。彼が来たら、話します」
「え……?」
「あなたがお知りになりたいことを、すべて」
「いいの?」

 自分で乞うておきながら、エミールは怯んだ。それはスヴェンの判断で話してもいいことなのだろうか。俄かに心配になる。
 エミールに話すことでスヴェンがクラウスから叱られたりはしないのか。

 エミールがなにを案じているか感じ取ったのか、スヴェンが唇の端で微笑んだ。

「大丈夫です。話すのはあの『鷹』なので」

 だから自分に咎はない、と侍従はそう主張した。
 エミールはまたひと口、甘いミルクを飲んだ。さっきより思考が回り出した気がする。

「スヴェンとファルケンは、前からの知り合いだったんだ?」

 ぽつりと尋ねたら、笑みを消したスヴェンが軽く眉を上げた。

「三年前に」
「オレがここに来たときから?」
「はい」
「二人のご主人様は、クラウス様?」

 彼しか居ないだろうなと思いつつ問いかけたら、
「まぁ私は、そうですね」
 と返ってきた。ファルケンは違うのだろうか? 不思議に思ったエミールだったが、ファルケンのことは直接彼に聞くようにと先んじて言われてしまい、肩を竦めてカップの中身に視線を落とした。

 動かしていないつもりでも、ミルクの表面が時折ゆらりゆらりと波立っている。
 その波紋を見つめながら、エミールはべつの質問を口にした。

「スヴェンにはこれまでも、クラウス様から手紙が来てた?」
「いいえ」

 スヴェンの返事を、頭から信じることはいまの自分には難しい。本当だろうかと疑ってしまう気持ちがどうしても芽生えてしまう。
 自分でも嫌だなと思いつつ、スヴェンに疑いの眼差しを向けてしまったエミールだったが、当のスヴェンは涼しい顔で、
「ひとを疑うのはいいことです。特に、この王城では」
 と言った。

「スヴェンを疑えってこと?」
「信じる者を見極めた方が良い、という意味です」
「……クラウス様にも似たようなこと言われたな」

 三年前、彼と契約をしたときだ。
 あのときは確か……。

 ファルケン以外を信じるな、と言われたのだ。

 とすると、このスヴェンのこともあまり信じない方がいいのだろうか。
 考えるほどに混乱してきて、エミールは残りのミルクを勢いよく飲み干した。
 
 
     
 
   
 
しおりを挟む
感想 159

あなたにおすすめの小説

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます

まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。 するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。 初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。 しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。 でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。 執着系α×天然Ω 年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。 Rシーンは※付けます ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

処理中です...