騎士は愛を束ね、運命のオメガへと跪く

夕凪

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騎士の帰還

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「兄上となにをしていた?」

 エミールの私室に飛び込んできた男の第一声がそれだった。
 突然のことでエミールが呆気にとられ、沈黙していると、ずんずんと歩を進めてエミールの正面に立ったクラウスが、エミールの顎に手をかけた。

「兄上に触らせたのか。私の居ない間に」
「…………はぁ?」

 詰問口調の相手に、エミールの喉から思いきり不機嫌な声が漏れた。

「帰ってきて最初に言う言葉がそれって、あなたバカなんですか?」

 背の高い男をめ上げると、冴え冴えとした蒼い瞳が負けじとこちらに強い視線を注いでくる。

「私にとってはだいじなことだ。兄上にどこまで触らせた? ファルケンの匂いもするな。この部屋に入れたのか」

 ファルケンがここを訪れたのは六日前のことだ。匂いが残っているはずがなかったが、断定するクラウスが本当に匂いを察知しているとしたら、驚異的な嗅覚である。

 たじろぎそうになったエミールだったが、クラウスの金髪に色とりどりの花びらがくっついているのを見て、なぜ自分ばかりが責められなければならないのか腹が立ってきた。

「あなただって随分楽しそうだったじゃないですか! 可愛らしいお嬢さんに花束を貰って! それに、オメガ解放運動? でしたっけ? さぞたくさんのオメガが居たことでしょうよ! 気になったオメガでも連れて帰ってきたんでしょうね!」

 つけつけと言い返したエミールに、今度はクラウスが愕然としたように目を見開いた。

「私がおまえ以外のオメガを気に入るとでも!?」
「それはわからないだろ! さっきまで、オレのところへ帰ってくるよりも女に囲まれて花束渡される方を優先させてたんだし!」
「好きでそうしたわけじゃない! 私は一刻も早くおまえのところへ戻りたかった!」
「ならそうすれば良かったじゃないかっ! そうすればオレがマリウス様に絡まれることもなかったよ!」
「絡まれただと! 唇をゆるしたのか!」
「なんでそうなるんだっ! オレを尻軽みたいに言うなこのクソ王子っ!」

「ウオッッホン!!」

 突然大きな咳払いが響いた。
 エミールとクラウスは同時に口をつぐみ、ハッとしてドアの方へ顔を巡らせた。
 両手に花輪と花束を抱えた巨躯の男が、呆れた表情も隠さずに立っていた。

「なんで帰ってくるなり喧嘩なのか惚気なのかわからない言い合いしてんですか、アンタたちは」

 はぁ~あ、と大袈裟な溜め息で肩を上下させて、ロンバードはずかずかと入ってくると、手にしていたたくさんの花を無造作にテーブルの上に置いた。

「隊長アンタね、風のように走るのは結構ですがね、アンタの通った場所に点々と花を散らしていくのやめてくださいよ。なんで俺がちまちまこんなもの拾い集めなきゃいけねぇんだよ」

 筋骨隆々のロンバードが通路に散らばった可愛らしい花を集めて回る様を想像して、エミールはつい吹き出しそうになる。
 それはクラウスも同じだったようで、
「おまえに花は似合わないな」
 とつぶやき、こらえきれない笑いを口の端に浮かべていた。

「アンタはもっと、アンタの右腕をだいじにしてもいいと思うんですがね!」

 ロンバードがちくりと嫌味を漏らして、それからエミールとクラウスを見比べ、また溜め息をついた。

「仲睦まじい喧嘩も結構ですが、時間は有限ですよ、隊長」
「む……そうか。そうだな。刻限は?」
「伸ばしに伸ばして、明朝が限度ですかね」
「了解した」

 軽く頷いたクラウスへと、ロンバードが片眉を上げる。

「それでは不肖ロンバード、時間稼ぎに行ってきますかね」
「頼んだ」
「へぇへぇ」

 不敬な返事を残して踵を返そうとしたロンバードだったが、ふと動きを止めてエミールの方を見てきた。

「あなたがマリウス様に迫られてるのを見て、凱旋行進パレードの隊列を崩して駆け戻ったんですよ。このどうしようもない我が君マイン・ヘルは。豆粒みてぇな距離だったのに、まぁよく見えたもんだ」

 その同じ距離でエミールもクラウスを認識できたわけだが、クラウスの愛馬はことさら華美な装飾を纏っており、また、隊列の先頭に居たこともあって見つけやすかった。
 しかしクラウスの方は下から王城を見上げる形であったし、バルコニーの手すりも邪魔をして、そこにエミールが居るということを視認するのも難しかっただろう。それなのに、あんなに離れた場所から、見えていたというのか。

 驚きながらも、エミールは「あ……」と口元に手を当てた。
 どうした、とクラウスに促され、半信半疑で唇を開いた。

「マリウス様に、感謝しろよって言われましたが……まさか」
「そうだな。兄上はわかっていたんだろう。私が、兄上とエルが二人で居るところを目撃したら、なにを置いても駆けつけると」
「オレとクラウス様が、早く会えるようにしてくれたんですか?」

 感謝しろとはそういう意味なのか、とエミールが問うと、クラウスが男らしい眉を顰めた。

「それだけじゃないな」
「え?」
「騎士団の行進パレードを早く崩したかったんだ」
「先頭がぽっかり抜けて、副隊長ハルクひとりで支えるにゃまだちと荷が重い。隊列は早々に解散となるでしょうね。なんせ立役者クラウス様が居ねぇんだから」

 部下の嘆きに、張本人が大真面目な顔つきで同意した。

「そうだな。まんまと兄上に踊らされてしまった」
「チョロすぎなんですよ、アンタは。簡単に転がされんでくださいよ」
「無論だ。誰に言ってる」
「運命のオメガ相手に骨抜きになってる我が君マイン・ヘルに申し上げてるんですがね! では、また明朝に」

 言うだけ言うとロンバードはさっさと退散していった。
 部屋に残ったクラウスは、すこし決まり悪げに肩を竦め、金髪を掻き上げた。絡みついていた花びらが、ひとひら、ふたひらと頭から落ちる。

「……エル」

 絨毯に降った花びらを見ていたエミールは、低い声で呼ばれて視線を上げた。
 狼のように凛々しくうつくしい男が、こちらを見つめて、両手を広げた。

「私は、期日に間に合っただろうか」

 クラウスと交わした契約の三年。
 それを過ぎたらお試し期間が自動的に一年延長となる、とクラウスの出立前に言ったエミールの軽口を覚えていたようで、神妙に尋ねてくる。その様が可笑しくて、エミールはくすりと笑った。

「あと一日遅かったら、延長だったのに」

 わざと残念なそぶりでつぶやいて、エミールは男との距離を大股で埋め、クラウスの胸に飛び込んだ。
 ぎゅうっと背中に腕を回して抱き着くと、それ以上の力で抱き返される。

「お帰りなさい、ラス」
「ただいま、エル」

 囁きに、囁きが返ってきた。
 一か月ぶりのクラウスの匂いが、鼻腔に入り込み、体の隅々に広がっていくようだった。

 クラウスが居る。ここに。エミールの腕の中に。
 歓喜に魂が打ち震えているような錯覚が起こる。

 エミールの首筋に鼻先をうずめていたクラウスが、顔を上げ、ひたいに唇をつけた。
 ちゅ、と触れて離れた唇を追って、エミールは顎を上向けた。
 目元に、キスが落ちてくる。反射的にまぶたを閉じたら、その上にも口づけが降ってきた。

 ちゅ、ちゅ、と顔のあちこちを啄む唇が、最後に、エミールの唇と合わさった。

 ちゅ。小さな音が二人の唇の間で鳴った。

 エミールは自ら伸びあがり、さらに深く唇を重ねた。
 両頬をてのひらで包まれ、何度も何度も唇が触れ合う。

 愛してる、とクラウスが言った気がしたが、それはアルファの匂いが教えてきた感情なのかもしれなかった。 
  

 
  
 
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