騎士は愛を束ね、運命のオメガへと跪く

夕凪

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騎士の帰還

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 エミールがそのことをクラウスに伝えると、「そうだな」と低い相槌が触れ合っている背中を通して響いてきた。

「盗賊団が知るその噂は、オシュトローク側が流したものだ」
「え?」
「オシュトロークは、野盗たちにオメガの村の噂を意図的に流し、ヴローム村を襲わせるよう仕向けたんだ」
「なんで、そんな……」
「アダムを切り捨てたかったんだろう」

 エミールは息を呑んだ。
 アダムはオシュトロークとの『商売』で随分と荒稼ぎをしたようだった。オシュトロークにとってアダムは目障りな存在となっていた。
 そしてオシュトロークの要求をアダムがにべもなく跳ねのけたことで、双方が決裂することとなる。

「仮に我々騎士団が三年前に動いていなかったとしても、遅かれ早かれアダムはどこかの段階でされていたはずだ」

 クラウスの説明を聞きながら、エミールは、いま現在牢に繋がれているだろうアダムのことを想った。
 穏やかで、物知りで、王都のお土産だといってたくさんのお菓子や玩具をくれたアダム。
 彼はずっとエミールたちを、ただの商品として見ていたのだろうか。

 感傷に流されそうになる思考を押しとどめて、エミールは口を開いた。

「オシュトローク側の要求というのは、なんだったんですか?」
「それは、オメガの村と深い関係がある」

 クラウスがしずかな口調で、オメガの村の実情を語り始めた。

 オシュトローク帝国の東の片隅にある、オメガの村。
 『オメガ』という身分として酷使されてきたオメガたちは、最終的にここへ行きつく。
 林に囲まれた、数十人程度が暮らす小さな小さな集落だ。その向こうには、サーリーク王国が築いた国防壁が見てとれる。

 そう。オメガの村は、ヴローム村と国防壁を挟んで隣接している形になっていた。

 オメガの村には、オメガとしての役割が果たせないオメガが集められる。
 つまり、性的に『使う』ことのできない者たち……高齢であったり、病に侵されていたり、性交できない状態にあったりするオメガたちが。

「……妊娠中……」

 エミールのつぶやきに、クラウスがささやきの音で「そうだ」と答える。

 オメガは、アルファと交わるとアルファの子を成す可能性が、他のバース性に比べて高い。そして、オメガの子を身籠る可能性もまた、他のバース性に比べると高いとされている。

 オシュトロークでは、オメガは性奴隷と同義だ。胎の子の父親がアルファなのかベータなのか、妊娠した当人でさえわからないかもしれない。
 そんな中でオメガたちは、オメガの村で出産を果たす。

 生まれてきた子が、アルファやベータであることを祈りながら。

 オメガでさえなければ、我が子にこんな地獄を味わわせずにすむ。
 生まれた直後はバース性は未分化であるから、オメガの祈りを神が聞き届けたかどうかは、出産後、十年前後が経過しなければわからない。
 しかし、オメガはアルファかオメガを生むという通説がまことしやかにささやかれるせいで、無慈悲にも子どもは皇帝に取り上げられてゆく。

 バース性もわからぬうちから、「これはオメガになる」と勝手な予測を押し付け、年端もいかぬ子を『オメガ』として育てるのだ。

 オメガたちは我が身の不遇を嘆きながらも、子どもたちが奪われてゆくのをなすすべもなく見送るしかなかった。子を成して『オメガ』の役割が終わるわけではない。ヒートが来て、また性交が可能になれば村から地獄へ引きずり戻される。連れ去られた子どもの未来だけでなく、おのれの行く末も暗澹たるものだった。

 抗うことはできない。
 この国ではオメガはそういうものなのだから。

 だが、絶望の中でオメガたちは、一縷の望みをかけて彼らにできる最大限の行動に出た。

「それが、生まれたばかりの赤子を、国防壁の向こうへ落とすことだ」

 クラウスの言葉を耳にして、エミールは咄嗟に上体を起こした。

「え……」

 こちらに背を向けている男を振り返り、呆然と見下ろす。
 クラウスは視線を壁際へ向けたまま、話を続けた。 

 オメガたちは、生まれてきた子をカゴに入れ、布や綿を敷き詰め、見張りに見つからぬように作った梯子を上り、隣国のサーリークへと赤子の入ったカゴを落とした。

 全員は逃がせない。
 だから、生まれた子の中で特に体が小さく、か弱く、赤子ながらに整った顔立ちをした子を選んで、壁の向こうへと落とした。大柄な赤子はアルファかもしれぬとして、オメガの扱いを免れることもあったから、『オメガに見えそうな赤子』だけを逃がしたのだ。

 オメガはすべて皇帝の物として扱われる。そのオメガが産んだ子ももちろん、皇帝の私財の一部だ。それを勝手に隣国へ出すのだから、これは重罪に該当した。
 しかし村のオメガたちは全員が一丸となり、まさにいのち懸けで赤子を落とし続けた。

 落下の衝撃で死んでしまうかもしれない。それでも万が一、無事に生き延びることができたら……オシュトロークよりはずっと、人間らしい暮らしができるはず。その一心で彼らは赤子を逃がしたのだ。

 村の見張りには、死産であったと偽った。
 怪しまれぬよう、赤子を逃がす間隔は間遠にするしかなかった。複数の赤子が近い時期に生まれたときは、一番小さな子にすると取り決めをした。子を選ぶときは誰もが泣いていた。

 もちろん、祈りが届かず落下の際に亡くなった赤子も多かった。
 しかしいのちを繋いだ子らはオメガたちが願った通り、サーリーク王国の領地、ヴローム村ですくすくと育った。

 だが、無情にもアダムの祖父の代に、オシュトロークとヴローム村でオメガの売買が行われるようになってしまった。それは、孤児院の子どもたちの中にオメガが混ざっていることが多いとアダムの祖父が気づいたからである。

 人身売買が村ぐるみで運営されるようになるのに、そう時間はかからなかった。
 孤児院の子どもたちは所詮『壁の向こうの人民』で、サーリーク王国の民ではないから、同胞を売っているという呵責の念を覚えずに済んだのだ。

 やがてヴローム村からオシュトロークへ売られたオメガたちは、おのれの出自を知ることになる。
 なぜ自分が壁の向こうに捨てられたのか。その理由をまざまざと知らされる。

 赤子を壁の向こうに逃がしたところで、結局はまたオシュトロークへ売られてしまう。なんという絶望か。

 けれどオメガたちは、赤子を壁の向こうへ落とすことをやめなかった。

 いつか誰かが、この赤子を救ってくれるかもしれない。このままオシュトロークに居ては叶わぬ願いだったが、サーリーク王国であれば、あるいは。
 オメガの子が、オメガという身分ではなく、ひととして、扱われる日がくるかもしれない。

 そう願いながら、祈りながら、この子がもう二度とオシュトロークに戻ることのないよう、しあわせに暮らせるよう、愛を込めて、オメガたちは小さな小さな赤子の入ったカゴを、落とし続けたのだった。
 
「エミール。きみは、愛ゆえに捨てられた子どものひとりだ」 

 クラウスの低いささやきに、エミールは言葉もなく瞠目した。


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