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騎士の帰還
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言い募る声は真剣そのもので、あまりの迫力にエミールは無意識に生唾を呑んでいた。
クラウスの危惧を、おのれのこととして理解することはエミールには難しい。野盗に襲われ、アダムに襲われた経験はあったが、彼らはエミールに情報の開示を迫ったりはしなかった。
クラウスについて知っていることを吐け、と。もしも迫られたとしたら……自分はどうするだろうか。拷問を受けることもあるのかもしれない。荒っぽい手段で、エミールから情報を得ようとする輩が居るのかもしれない。
想像してみたけれどうまくいかずに、エミールはクラウスの蒼い瞳を見つめた。
「私はきみを危険に晒したくはない。だから手紙は書かない。私は騎士団の規律を破る振る舞いはしない。クラウス・ミュラーはそういう男だと、誰もがそう思うように振る舞っているつもりだ」
自分が騎士団の規則を遵守する、四角四面の融通の利かない男だと周囲に印象づけることで、騎士団の任務の仔細に関してエミールを問い詰めてもそもそも無駄だと思わせる。そのため手紙は書かない、とクラウスが断言した。
彼の行動原理がすべて自分に直結していることがわかり、エミールは嬉しいような悔しいようななんとも表現できぬ気分になった。
エミールが安全であることが、クラウスを自由にする。
そのためには危険からひとり遠ざけられ、まもられていることしかできないのだろうか。
「でも、ファルケンには……」
言いかけて、自分でも馬鹿なことを言ってると自覚して、エミールは語尾を飲み込んだ。
ファルケンは、アルファだ。
頑健な体と、優れた身体能力。片目を失ってなお的を正確に射貫く射撃の技術。それらのひとつでもエミールに備わっていたなら、あるいは、クラウスの考えも変わっただろうか。
おのれの無力さに落胆していたら、クラウスが思いがけぬことを告げてきた。
「ファルケンと私は、契約を交わしている」
「え……契約? なんの契約ですか?」
「私に従う、という契約だ」
「ラスに従うって……騎士団の一員という意味ですか?」
クラウスは第一部隊の隊長だ。その部下という位置づけならばファルケンは騎士団の一員となる。だが彼は騎士団の入団を拒んでいたはずだ。いつの間に入っていたのか。
エミールがまばたきをすると、クラウスが「違う」と潜めた声で否定した。
「騎士団ではない。私個人に仕える、という意味だ」
クラウス・ツヴァイテ・ミュラー個人に仕える……つまり、公の兵ではなく、私兵ということか。
そう考えて、エミールはハッとなり、口元を押さえた。
私兵。それは、マリウスと敵対するときのための、手駒ということか。
「まさか、ロンバードも、スヴェンもですか?」
「察しがいいな」
クラウスが顎先を軽く動かして、首肯した。それから「誰にも言ってはいけない機密だ」と付け足した。
「エミール。おまえに話せることは少ない。だがそれは、おまえを軽んじているからではない。そのことを理解してほしい」
これが、いま彼ができる精いっぱいの譲歩なのだ。エミールはそれを感じ取り、頷いた。
クラウスの手が伸びてきて、両のてのひらで頬を包まれる。
そっと引き寄せられ、キスをされた。
「私には目的がある。そのためにはまず、騎士団長の座を手に入れる。エミール、エル。おまえのことは私が必ずまもる。だから私を支えてくれ」
「オレはなにをすればいいんですか」
「愛を」
短く答えた男が、もう一度キスをして。
「私におまえの愛をくれ。それが私をどこまでも強くする」
蕩けるような匂いとともに、熱い囁きを寄越してきた。
勝手だなぁとエミールは思った。勝手で、残酷だ。まもられるだけの存在でいろだなんて。
三年前に同じことを言われたら、怒ったかもしれない。ふざけるなと怒鳴って、村に帰ると言ったかもしれない。
でもいまは、クラウスの気持ちもわかってしまう。
彼の匂いが、声が、言葉が、エミールへの愛を教えてくる。どうしようもなくエミールをまもりたいのだと、告げてくる。
これがアルファという生き物なのか。オメガを全霊で愛するこれが。アルファなのだろうか。
「もういいです。手紙は諦めます」
「エル」
「もういいです。……バカ」
罵ったはずなのに、言葉は甘く滲んだ。
白旗を上げたエミールは、自分から男へ唇を寄せた。唇が深く重なった。
床に座っていた体が浮き上がる。エミールは確かに小柄な方だが、年端もいかぬ子どもではない。それなのに、絨毯から軽々と抱き上げられて、改めてクラウスの筋力に驚いた。
もう一度寝台に横たえられる。
さっきは話があるから、と互いに我慢をしたが、もうそれをする理由がなくなっている。クラウスの手が、エミールの服をどんどんとはぎ取ってゆく。
「ちょ、ちょっと待って」
最後に残った下着に指を掛けられて、エミールは手を交差させて男の行為を遮った。クラウスが眉を寄せ、落胆したように「嫌か?」と聞いてきた。
クソ、とエミールは内心で毒づく。凛々しい狼のような風貌のくせに、耳と尻尾を下げた犬のような風情でこちらを窺ってくるのは卑怯だ。可愛すぎて胸がキュンとしてしまう。
「あなたも脱いでください。オレだけ裸になるのは恥ずかしい」
エミールがそう言うと、まるで主人の命令を得た犬のごとく、クラウスがものすごい勢いで服を脱ぎだした。
騎士団の制服は装飾がたくさんある。金具やボタン。それを引きちぎる勢いで外し、次々に脱ぎ落としていく様をエミールはポカンと見ていたが、徐々に露わになる肉体に、どんどんと頬が熱くなってゆくのがわかった。
すごい……と思わず声が漏れそうになる。
引き締まった肢体は筋肉に覆われ、あちこちに細かな傷痕があった。鍛え上げられた騎士の体だ。
クラウスの危惧を、おのれのこととして理解することはエミールには難しい。野盗に襲われ、アダムに襲われた経験はあったが、彼らはエミールに情報の開示を迫ったりはしなかった。
クラウスについて知っていることを吐け、と。もしも迫られたとしたら……自分はどうするだろうか。拷問を受けることもあるのかもしれない。荒っぽい手段で、エミールから情報を得ようとする輩が居るのかもしれない。
想像してみたけれどうまくいかずに、エミールはクラウスの蒼い瞳を見つめた。
「私はきみを危険に晒したくはない。だから手紙は書かない。私は騎士団の規律を破る振る舞いはしない。クラウス・ミュラーはそういう男だと、誰もがそう思うように振る舞っているつもりだ」
自分が騎士団の規則を遵守する、四角四面の融通の利かない男だと周囲に印象づけることで、騎士団の任務の仔細に関してエミールを問い詰めてもそもそも無駄だと思わせる。そのため手紙は書かない、とクラウスが断言した。
彼の行動原理がすべて自分に直結していることがわかり、エミールは嬉しいような悔しいようななんとも表現できぬ気分になった。
エミールが安全であることが、クラウスを自由にする。
そのためには危険からひとり遠ざけられ、まもられていることしかできないのだろうか。
「でも、ファルケンには……」
言いかけて、自分でも馬鹿なことを言ってると自覚して、エミールは語尾を飲み込んだ。
ファルケンは、アルファだ。
頑健な体と、優れた身体能力。片目を失ってなお的を正確に射貫く射撃の技術。それらのひとつでもエミールに備わっていたなら、あるいは、クラウスの考えも変わっただろうか。
おのれの無力さに落胆していたら、クラウスが思いがけぬことを告げてきた。
「ファルケンと私は、契約を交わしている」
「え……契約? なんの契約ですか?」
「私に従う、という契約だ」
「ラスに従うって……騎士団の一員という意味ですか?」
クラウスは第一部隊の隊長だ。その部下という位置づけならばファルケンは騎士団の一員となる。だが彼は騎士団の入団を拒んでいたはずだ。いつの間に入っていたのか。
エミールがまばたきをすると、クラウスが「違う」と潜めた声で否定した。
「騎士団ではない。私個人に仕える、という意味だ」
クラウス・ツヴァイテ・ミュラー個人に仕える……つまり、公の兵ではなく、私兵ということか。
そう考えて、エミールはハッとなり、口元を押さえた。
私兵。それは、マリウスと敵対するときのための、手駒ということか。
「まさか、ロンバードも、スヴェンもですか?」
「察しがいいな」
クラウスが顎先を軽く動かして、首肯した。それから「誰にも言ってはいけない機密だ」と付け足した。
「エミール。おまえに話せることは少ない。だがそれは、おまえを軽んじているからではない。そのことを理解してほしい」
これが、いま彼ができる精いっぱいの譲歩なのだ。エミールはそれを感じ取り、頷いた。
クラウスの手が伸びてきて、両のてのひらで頬を包まれる。
そっと引き寄せられ、キスをされた。
「私には目的がある。そのためにはまず、騎士団長の座を手に入れる。エミール、エル。おまえのことは私が必ずまもる。だから私を支えてくれ」
「オレはなにをすればいいんですか」
「愛を」
短く答えた男が、もう一度キスをして。
「私におまえの愛をくれ。それが私をどこまでも強くする」
蕩けるような匂いとともに、熱い囁きを寄越してきた。
勝手だなぁとエミールは思った。勝手で、残酷だ。まもられるだけの存在でいろだなんて。
三年前に同じことを言われたら、怒ったかもしれない。ふざけるなと怒鳴って、村に帰ると言ったかもしれない。
でもいまは、クラウスの気持ちもわかってしまう。
彼の匂いが、声が、言葉が、エミールへの愛を教えてくる。どうしようもなくエミールをまもりたいのだと、告げてくる。
これがアルファという生き物なのか。オメガを全霊で愛するこれが。アルファなのだろうか。
「もういいです。手紙は諦めます」
「エル」
「もういいです。……バカ」
罵ったはずなのに、言葉は甘く滲んだ。
白旗を上げたエミールは、自分から男へ唇を寄せた。唇が深く重なった。
床に座っていた体が浮き上がる。エミールは確かに小柄な方だが、年端もいかぬ子どもではない。それなのに、絨毯から軽々と抱き上げられて、改めてクラウスの筋力に驚いた。
もう一度寝台に横たえられる。
さっきは話があるから、と互いに我慢をしたが、もうそれをする理由がなくなっている。クラウスの手が、エミールの服をどんどんとはぎ取ってゆく。
「ちょ、ちょっと待って」
最後に残った下着に指を掛けられて、エミールは手を交差させて男の行為を遮った。クラウスが眉を寄せ、落胆したように「嫌か?」と聞いてきた。
クソ、とエミールは内心で毒づく。凛々しい狼のような風貌のくせに、耳と尻尾を下げた犬のような風情でこちらを窺ってくるのは卑怯だ。可愛すぎて胸がキュンとしてしまう。
「あなたも脱いでください。オレだけ裸になるのは恥ずかしい」
エミールがそう言うと、まるで主人の命令を得た犬のごとく、クラウスがものすごい勢いで服を脱ぎだした。
騎士団の制服は装飾がたくさんある。金具やボタン。それを引きちぎる勢いで外し、次々に脱ぎ落としていく様をエミールはポカンと見ていたが、徐々に露わになる肉体に、どんどんと頬が熱くなってゆくのがわかった。
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