騎士は愛を束ね、運命のオメガへと跪く

夕凪

文字の大きさ
54 / 127
二人の王子

しおりを挟む
 他国へと売られ虐げられていたオメガを、無血で解放した。その功績が認められ、クラウスは齢二十四にして騎士団副団長の地位を与えられた。異例の若さであった。

 叙任式は、王城の中庭で行われた。
 大勢の貴族や騎士たちが見守るなか、片マントペリースではなく細かな装飾のジャケットを着たクラウスが王へとひざまずく様は厳かで、うつくしかった。
 王が掲げた剣は陽光を弾き、祝福のような光をクラウスへと注いだ。

 芝の地面に敷かれた葡萄酒色の絨毯の上で、片膝をつき、右手を左胸に、左手を背後に回して跪拝するクラウスの姿に、エミールは求婚されたときのことを思い出す。

(エミール。私のつがいとなり、生涯をともにしてほしい)

 跪いて愛を告げてきたクラウス。
 王様に対して恭順を示す最敬礼を、なぜあのとき彼は自分にしたのだろう。
 それはわからないままだったが、頭を下げていてさえ彼の気高さはすこしも損なわれず、誇り高い騎士であることが仕草のひとつひとつから伝わってくるからすごかった。

 格好いいなぁ、と素直に思う。
 今朝がたまでエミールと離れたくない、まだこうして一緒に寝ていたいと駄々をこねていたとは思えないほど格好いい。
 このままでは式典の時間に間に合わないと悟った部下のハルクと、エミールの支度も手伝わねばならないスヴェンとが共闘し、ロンバードまでが怒りの形相で駆けつけて、なんとかクラウスをエミールから引き剥がしたのが朝の出来事だ。あれは中々の騒動だった、と思い返して、エミールは溜め息をひとつこぼした。

 クラウスがオシュトロークからの帰還を果たした後から、式典が行われる今日こんにちまで、エミールのアルファは隙あらばエミールの部屋に入り浸っていた。
 エミールの方でも離れがたい思いがあったから、口では「早く仕事に行ってください」と言いつつも強い態度に出られなかったのだが……。

 クラウスの叙任式を目の当たりにして、気を引き締めなければならないと自戒する。自分も、クラウスも。再会の余韻に浸るのはもうやめなければならない。
 なぜならクラウスは、最速で騎士団長の座につかねばならないからだ。

 彼の目的を、エミールは知っている。
 今回副団長に叙任されたことで、クラウスは格段にそれに近づくことができたのだ。
 これからはエミールも無関係ではいられない。クラウスとともに進むと、決めたのだから。

「中々に荘厳だな」

 不意に背後で声がした。振り向かなくとも、匂いで誰かはわかっていた。クラウスの兄、マリウスだ。
 彼には王族のための席が用意されているのだから、なにもこんな末席に来なくとも……と思いながらエミールは頭を下げた。

「かしこまるなと言ってるのに」

 笑い声とともに顔を上げるように言われ、エミールは獅子のように豪快な男を見上げた。

「オレに、なにか御用ですか」
「おや。俺はどうやらクラウスのオメガに嫌われているようだ。随分と素っ気ない」
「まさか。緊張しているだけです」

 エミールの弁明をマリウスが軽く笑い飛ばす。
 彼は視線を巡らせ、国王から恭しく剣を受け取っているクラウスを流し見た。
 副団長に与えられる剣には、柄や鞘に宝石がちりばめられており、それが陽の光の下で様々な色を放っていた。

「弟の出世は喜ばしいな」

 マリウスが目を細め、そんな言葉を漏らした。

「それなのに、中座されるのですか」

 式典の始めは王族席に座っていた男がここに居るということは、つまりそういうことだろう。エミールの指摘に、王太子は顔色を変えることもなく、
「腹が痛くてな」
 と言った。わかりやすい嘘だった。

 なにかチクリと皮肉でも返してやろうとか考えたが、マリウスの後ろから、
「まぁ。なにをフラフラしてますの。ベルンハルトのところへ薬を貰いに行くと仰ってたのに」
 耳なじみのある声が呆れの色を交えて聞こえてきたので、ハッとして口を噤んだ。

 扇を軽やかに揺らして、今日も豪奢なドレスと髪飾りで全身を飾ったアマーリエが、こちらを見て「ご機嫌よう」と軽く膝を曲げた。
 挨拶はそれだけで、彼女はすぐにエミールからマリウスへと視線を移した。

「ほら、寄り道せずに行きますわよ」
「まぁ待て。弟の雄姿を見ているのだ」

 マリウスの返答にアマーリエは赤みがかかった目を半眼にして、そよと扇を動かすと、こちらも見ずにおもむろにエミールに話しかけてきた。

「エミール。この度はおめでとうございます」

 突然の祝辞にエミールは戸惑った。 

「あなたの婚約者はすばらしい働きをしましたわ。オメガ解放の立役者ですもの」
「……ありがとうございます」

 曖昧に頭を下げたエミールへと、マリウスが声を割り込ませてくる。

「あの歳で副団長とはな。身分を考えても異例の出世だ。貴族の中に、熱烈にクラウスを推す声があったと聞く」
「……そうなんですか?」
「なんだ、知らんのか」
「クラウス様は、オレにはそういう話は、一切されないので」

 エミールの返答を、マリウスがまた笑った。信じたのか信じていないのかまったくわからない笑みだった。
 男は顎をひと撫でし、なにを考えているのかまったく読めない表情で、クラウスが剣を片手に立ち上がるのを見つめながら、顎をひと撫でした。

「しかし俺も手放しで喜んでばかりはいれないからなぁ。エミール」
「え?」
「悪く思うなよ」

 片頬で笑んだマリウスが、エミールへとひらりと手を振って踵を返した。

「悪く思わないでね」

 扇で口元を隠したアマーリエが、マリウスと同じことを言って優雅にドレスを揺らしながらマリウスの後を追って行った。


 彼らの言葉の意味がわかったのは、それから幾日も経たないうちだった。

 マリウスとアマーリエが近く婚礼を挙げることが、王城から民へ向けて、正式に通知がなされたのだ。

 王室の慶事に国中が湧いた。
 それは、クラウスの副団長任命をかき消すほどの賑わいとなり、世間の関心が王太子の婚礼の儀一色に染まってゆくのをまざまざと見せつけられた。

 悪く思うなよ、とはこのことか。

 マリウス・エアステ・ミュラーという男の存在の大きさを、エミールは改めて噛み締めた。
 


  
しおりを挟む
感想 159

あなたにおすすめの小説

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます

まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。 するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。 初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。 しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。 でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。 執着系α×天然Ω 年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。 Rシーンは※付けます ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

処理中です...