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二人の王子
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他国へと売られ虐げられていたオメガを、無血で解放した。その功績が認められ、クラウスは齢二十四にして騎士団副団長の地位を与えられた。異例の若さであった。
叙任式は、王城の中庭で行われた。
大勢の貴族や騎士たちが見守るなか、片マントではなく細かな装飾のジャケットを着たクラウスが王へと跪く様は厳かで、うつくしかった。
王が掲げた剣は陽光を弾き、祝福のような光をクラウスへと注いだ。
芝の地面に敷かれた葡萄酒色の絨毯の上で、片膝をつき、右手を左胸に、左手を背後に回して跪拝するクラウスの姿に、エミールは求婚されたときのことを思い出す。
(エミール。私のつがいとなり、生涯をともにしてほしい)
跪いて愛を告げてきたクラウス。
王様に対して恭順を示す最敬礼を、なぜあのとき彼は自分にしたのだろう。
それはわからないままだったが、頭を下げていてさえ彼の気高さはすこしも損なわれず、誇り高い騎士であることが仕草のひとつひとつから伝わってくるからすごかった。
格好いいなぁ、と素直に思う。
今朝がたまでエミールと離れたくない、まだこうして一緒に寝ていたいと駄々をこねていたとは思えないほど格好いい。
このままでは式典の時間に間に合わないと悟った部下のハルクと、エミールの支度も手伝わねばならないスヴェンとが共闘し、ロンバードまでが怒りの形相で駆けつけて、なんとかクラウスをエミールから引き剥がしたのが朝の出来事だ。あれは中々の騒動だった、と思い返して、エミールは溜め息をひとつこぼした。
クラウスがオシュトロークからの帰還を果たした後から、式典が行われる今日まで、エミールのアルファは隙あらばエミールの部屋に入り浸っていた。
エミールの方でも離れがたい思いがあったから、口では「早く仕事に行ってください」と言いつつも強い態度に出られなかったのだが……。
クラウスの叙任式を目の当たりにして、気を引き締めなければならないと自戒する。自分も、クラウスも。再会の余韻に浸るのはもうやめなければならない。
なぜならクラウスは、最速で騎士団長の座につかねばならないからだ。
彼の目的を、エミールは知っている。
今回副団長に叙任されたことで、クラウスは格段にそれに近づくことができたのだ。
これからはエミールも無関係ではいられない。クラウスとともに進むと、決めたのだから。
「中々に荘厳だな」
不意に背後で声がした。振り向かなくとも、匂いで誰かはわかっていた。クラウスの兄、マリウスだ。
彼には王族のための席が用意されているのだから、なにもこんな末席に来なくとも……と思いながらエミールは頭を下げた。
「かしこまるなと言ってるのに」
笑い声とともに顔を上げるように言われ、エミールは獅子のように豪快な男を見上げた。
「オレに、なにか御用ですか」
「おや。俺はどうやらクラウスのオメガに嫌われているようだ。随分と素っ気ない」
「まさか。緊張しているだけです」
エミールの弁明をマリウスが軽く笑い飛ばす。
彼は視線を巡らせ、国王から恭しく剣を受け取っているクラウスを流し見た。
副団長に与えられる剣には、柄や鞘に宝石がちりばめられており、それが陽の光の下で様々な色を放っていた。
「弟の出世は喜ばしいな」
マリウスが目を細め、そんな言葉を漏らした。
「それなのに、中座されるのですか」
式典の始めは王族席に座っていた男がここに居るということは、つまりそういうことだろう。エミールの指摘に、王太子は顔色を変えることもなく、
「腹が痛くてな」
と言った。わかりやすい嘘だった。
なにかチクリと皮肉でも返してやろうとか考えたが、マリウスの後ろから、
「まぁ。なにをフラフラしてますの。ベルンハルトのところへ薬を貰いに行くと仰ってたのに」
耳なじみのある声が呆れの色を交えて聞こえてきたので、ハッとして口を噤んだ。
扇を軽やかに揺らして、今日も豪奢なドレスと髪飾りで全身を飾ったアマーリエが、こちらを見て「ご機嫌よう」と軽く膝を曲げた。
挨拶はそれだけで、彼女はすぐにエミールからマリウスへと視線を移した。
「ほら、寄り道せずに行きますわよ」
「まぁ待て。弟の雄姿を見ているのだ」
マリウスの返答にアマーリエは赤みがかかった目を半眼にして、そよと扇を動かすと、こちらも見ずにおもむろにエミールに話しかけてきた。
「エミール。この度はおめでとうございます」
突然の祝辞にエミールは戸惑った。
「あなたの婚約者はすばらしい働きをしましたわ。オメガ解放の立役者ですもの」
「……ありがとうございます」
曖昧に頭を下げたエミールへと、マリウスが声を割り込ませてくる。
「あの歳で副団長とはな。身分を考えても異例の出世だ。貴族の中に、熱烈にクラウスを推す声があったと聞く」
「……そうなんですか?」
「なんだ、知らんのか」
「クラウス様は、オレにはそういう話は、一切されないので」
エミールの返答を、マリウスがまた笑った。信じたのか信じていないのかまったくわからない笑みだった。
男は顎をひと撫でし、なにを考えているのかまったく読めない表情で、クラウスが剣を片手に立ち上がるのを見つめながら、顎をひと撫でした。
「しかし俺も手放しで喜んでばかりはいれないからなぁ。エミール」
「え?」
「悪く思うなよ」
片頬で笑んだマリウスが、エミールへとひらりと手を振って踵を返した。
「悪く思わないでね」
扇で口元を隠したアマーリエが、マリウスと同じことを言って優雅にドレスを揺らしながらマリウスの後を追って行った。
彼らの言葉の意味がわかったのは、それから幾日も経たないうちだった。
マリウスとアマーリエが近く婚礼を挙げることが、王城から民へ向けて、正式に通知がなされたのだ。
王室の慶事に国中が湧いた。
それは、クラウスの副団長任命をかき消すほどの賑わいとなり、世間の関心が王太子の婚礼の儀一色に染まってゆくのをまざまざと見せつけられた。
悪く思うなよ、とはこのことか。
マリウス・エアステ・ミュラーという男の存在の大きさを、エミールは改めて噛み締めた。
叙任式は、王城の中庭で行われた。
大勢の貴族や騎士たちが見守るなか、片マントではなく細かな装飾のジャケットを着たクラウスが王へと跪く様は厳かで、うつくしかった。
王が掲げた剣は陽光を弾き、祝福のような光をクラウスへと注いだ。
芝の地面に敷かれた葡萄酒色の絨毯の上で、片膝をつき、右手を左胸に、左手を背後に回して跪拝するクラウスの姿に、エミールは求婚されたときのことを思い出す。
(エミール。私のつがいとなり、生涯をともにしてほしい)
跪いて愛を告げてきたクラウス。
王様に対して恭順を示す最敬礼を、なぜあのとき彼は自分にしたのだろう。
それはわからないままだったが、頭を下げていてさえ彼の気高さはすこしも損なわれず、誇り高い騎士であることが仕草のひとつひとつから伝わってくるからすごかった。
格好いいなぁ、と素直に思う。
今朝がたまでエミールと離れたくない、まだこうして一緒に寝ていたいと駄々をこねていたとは思えないほど格好いい。
このままでは式典の時間に間に合わないと悟った部下のハルクと、エミールの支度も手伝わねばならないスヴェンとが共闘し、ロンバードまでが怒りの形相で駆けつけて、なんとかクラウスをエミールから引き剥がしたのが朝の出来事だ。あれは中々の騒動だった、と思い返して、エミールは溜め息をひとつこぼした。
クラウスがオシュトロークからの帰還を果たした後から、式典が行われる今日まで、エミールのアルファは隙あらばエミールの部屋に入り浸っていた。
エミールの方でも離れがたい思いがあったから、口では「早く仕事に行ってください」と言いつつも強い態度に出られなかったのだが……。
クラウスの叙任式を目の当たりにして、気を引き締めなければならないと自戒する。自分も、クラウスも。再会の余韻に浸るのはもうやめなければならない。
なぜならクラウスは、最速で騎士団長の座につかねばならないからだ。
彼の目的を、エミールは知っている。
今回副団長に叙任されたことで、クラウスは格段にそれに近づくことができたのだ。
これからはエミールも無関係ではいられない。クラウスとともに進むと、決めたのだから。
「中々に荘厳だな」
不意に背後で声がした。振り向かなくとも、匂いで誰かはわかっていた。クラウスの兄、マリウスだ。
彼には王族のための席が用意されているのだから、なにもこんな末席に来なくとも……と思いながらエミールは頭を下げた。
「かしこまるなと言ってるのに」
笑い声とともに顔を上げるように言われ、エミールは獅子のように豪快な男を見上げた。
「オレに、なにか御用ですか」
「おや。俺はどうやらクラウスのオメガに嫌われているようだ。随分と素っ気ない」
「まさか。緊張しているだけです」
エミールの弁明をマリウスが軽く笑い飛ばす。
彼は視線を巡らせ、国王から恭しく剣を受け取っているクラウスを流し見た。
副団長に与えられる剣には、柄や鞘に宝石がちりばめられており、それが陽の光の下で様々な色を放っていた。
「弟の出世は喜ばしいな」
マリウスが目を細め、そんな言葉を漏らした。
「それなのに、中座されるのですか」
式典の始めは王族席に座っていた男がここに居るということは、つまりそういうことだろう。エミールの指摘に、王太子は顔色を変えることもなく、
「腹が痛くてな」
と言った。わかりやすい嘘だった。
なにかチクリと皮肉でも返してやろうとか考えたが、マリウスの後ろから、
「まぁ。なにをフラフラしてますの。ベルンハルトのところへ薬を貰いに行くと仰ってたのに」
耳なじみのある声が呆れの色を交えて聞こえてきたので、ハッとして口を噤んだ。
扇を軽やかに揺らして、今日も豪奢なドレスと髪飾りで全身を飾ったアマーリエが、こちらを見て「ご機嫌よう」と軽く膝を曲げた。
挨拶はそれだけで、彼女はすぐにエミールからマリウスへと視線を移した。
「ほら、寄り道せずに行きますわよ」
「まぁ待て。弟の雄姿を見ているのだ」
マリウスの返答にアマーリエは赤みがかかった目を半眼にして、そよと扇を動かすと、こちらも見ずにおもむろにエミールに話しかけてきた。
「エミール。この度はおめでとうございます」
突然の祝辞にエミールは戸惑った。
「あなたの婚約者はすばらしい働きをしましたわ。オメガ解放の立役者ですもの」
「……ありがとうございます」
曖昧に頭を下げたエミールへと、マリウスが声を割り込ませてくる。
「あの歳で副団長とはな。身分を考えても異例の出世だ。貴族の中に、熱烈にクラウスを推す声があったと聞く」
「……そうなんですか?」
「なんだ、知らんのか」
「クラウス様は、オレにはそういう話は、一切されないので」
エミールの返答を、マリウスがまた笑った。信じたのか信じていないのかまったくわからない笑みだった。
男は顎をひと撫でし、なにを考えているのかまったく読めない表情で、クラウスが剣を片手に立ち上がるのを見つめながら、顎をひと撫でした。
「しかし俺も手放しで喜んでばかりはいれないからなぁ。エミール」
「え?」
「悪く思うなよ」
片頬で笑んだマリウスが、エミールへとひらりと手を振って踵を返した。
「悪く思わないでね」
扇で口元を隠したアマーリエが、マリウスと同じことを言って優雅にドレスを揺らしながらマリウスの後を追って行った。
彼らの言葉の意味がわかったのは、それから幾日も経たないうちだった。
マリウスとアマーリエが近く婚礼を挙げることが、王城から民へ向けて、正式に通知がなされたのだ。
王室の慶事に国中が湧いた。
それは、クラウスの副団長任命をかき消すほどの賑わいとなり、世間の関心が王太子の婚礼の儀一色に染まってゆくのをまざまざと見せつけられた。
悪く思うなよ、とはこのことか。
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