騎士は愛を束ね、運命のオメガへと跪く

夕凪

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二人の王子

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 マリウスとアマーリエの婚姻の儀は、華々しく盛大に行われた。
 周辺諸国から賓客も多く招かれ、王都だけでなく地方の町や村もお祭り騒ぎだったという。
 王太子の結婚を祝して、向こう三年は税を軽減するとの御触おふれも出され、国民のマリウスに対する人気や関心は高まる一方であった。

 二人の成婚から約一年後、エミールとクラウスも正式に婚姻の儀を行う運びとなった。
 国内はまだマリウスとアマーリエの結婚の余韻を引きずっており、おめでたいこと続きではあったが、エミールたちの婚姻は王太子夫妻の影に隠れた形となった。

 しかし、代々続く婚姻の儀自体が縮小されたわけではない。賓客の数は違えど各国からは要人が招かれ、エミールは儀式のための準備に大忙しとなった。

 王室の伝統である婚姻の儀は、式典がとても長い。朝に始まって夜更けにようやく終わるかというほど長い。
 まずは禊から始まり、着付けをして、王城内の戸籍局へと向かう。戸籍局では三枚の扉をくぐるという儀式があり、その後は国王や宰相を始め、参列した各国の要人たちの挨拶があり、戸籍局の証明書に結婚する二人がそれぞれ署名する。
 その後は大広間に場所を変え、そこでまた国賓の面々からの祝辞を受け、それらが済むと晩餐会が行われ、会の終わりには賓客たちをひとりひとり見送って、ようやくの終了となるのだ。そのあまりに長々しい式典にエミールうんざりしたものだが、三枚の扉をくぐる百歩の道のりだけはすこし感動した。

 過去、現在、未来を表現した部屋を、百歩で歩き切るというものだ。
 過去の部屋はひとりで、現在の部屋からはクラウスと合流し、二人で。そして未来の部屋には王や王后を始め、マリウスやユリウス、アマーリエなどクラウスの家族が待っていた。彼らだけでなく、もちろん宰相や大臣、ミュラー家と近しい貴族たちの姿もあった。

 大勢のひとの拍手と、白い花の雨に迎えられながら、エミールはそこにファルケンの姿を見つけて驚いた。
 身寄りのないエミールには、今日この良き日に招くことができる親族は誰も居ない。だからひとりだと思っていた。それなのに。

 着飾ったファルケンが拍手をしているのを見て、途端に涙腺が崩壊してしまった。
 泣き出したエミールの背を、クラウスがさりげなく撫でてくれた。

 平民のファルケンが式場に入れた理由はひとつだ。クラウスがそう計らってくれたのだ。
 彼の気持ちが嬉しくて、そして家族としてこの場に来てくれたファルケンの気持ちが嬉しくて、エミールはぼろぼろと泣いた。

「おまえの身内として招かれたわけじゃないんだぜ」
 とは、挙式後のファルケンの言葉だ。

「おまえはもうクラウス様のものだってことを、俺にわからせるためにここへ呼んだんだ」

 つまり見せつけるために招かれたのだ、と皮肉な笑いを浮かべながら言ったファルケンの言葉を、まさか、とエミールは否定したが、なにかにつけてファルケンと張り合おうとしているクラウスを思い出して、あながち嘘ではないのかもしれないとも思った。

 レースがふんだんにあしらわれたエミールの婚礼衣装を見て、ファルケンがまぶしげに目を細める。エミールの首筋をトンと指で指して、独白するようにファルケンがつぶやいた。

「噛んでもらったんだな」

 エミールの首には、黒い首輪はもう巻かれていない。代わりのようにうなじには、クラウスの歯形が刻まれていた。ただの噛み痕ではない。つがいになったことの証明で、そのしるしは不思議なことに消えることはなかった。

 エミールはうなじをさすって、顔をしかめた。
 クラウスとつがい契約を結べたことは嬉しかったが、このときのことはあまり思い出したくない。
 エミールのしかめっ面の理由をファルケンが尋ねてきたが、恥ずかしくて到底言えるものではなかった。

 つがいは、ヒート時のオメガのうなじをアルファが噛むことで成立する。

 エミールは知らなかった。薬で抑えない発情期が、あんなに激しいものだったとは。
 そして、ヒートになった自分が、あんなになにもできなくなるなんて。

 トイレも風呂も食事も、すべてクラウスの手を借りて行っていたヒート時のことは、記憶から抹消してしまいたかった。
 思い出すだけで死にたくなるほどの羞恥に襲われてるエミールへと、ファルケンがふと改まった口調で告げてきた。

「エル。しあわせになれよ」

 エミールは頷いた。こくこくとなんども頷きながら、また涙を流していたら、貴族たちとの話を切り上げたクラウスがものすごい勢いでやってきて、
「私のオメガを泣かせるな」
 とファルケンに突っかかっていったから、エミールは慌ててそれを止めたのだった。
 

 クラウスとの結婚を機に、ドナースマルクを始めとする幾人かの貴族たちが、エミールに近づいてくるようになった。
 ドナースマルクは次期国王にクラウスを推している筆頭だ。

 彼らをまとめて『革命派』とクラウスは呼んでいた。対するマリウスの取り巻きのことは、『穏健派』と命名している。

 クラウスやスヴェン、そしてファルケンから簡単に聞き取った話では、革命派はかつての強国を取り戻したいと考えているとのことだった。
 かつての強国。それはサーリーク王国が武力を笠に国土を広げていった時代のことだ。

 だが、サーリークは気候に恵まれた資源豊かな国であったため、これ以上の争いは不要としてクラウスの曾祖父の代より周辺諸国とは和平協定を結ぶ方向へと舵を切った。
 以降は大きな争いはなく、現国王も平和な世を維持している。父王のその意思を受け継ぐのがマリウスだ。

 ドナースマルクら革命派はそれを良しとせず、クラウスを擁立して騎士団を動かそうとしている。

 国の危機というわけでもなく、襲われたわけでもないのにわざわざ他国と争いたいと思うその思考自体がエミールには理解不明だったが、クラウス曰く、
「剣を持てばそれを振るいたくなる。人間とはそういうものだ」
 とのことだった。
 ドナースマルクの主張に賛同する者も少なくはなかった。

 エミールは彼らの先頭に立って剣を振るうクラウスを想像してみたが、あまり上手くは思い描けなかった。



 
 
 
 
 
 
 
 
 
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