騎士は愛を束ね、運命のオメガへと跪く

夕凪

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二人の王子

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「それは、民をまもるためである。ひいては国をまもるためである。そこまで考えて、私は疑問にぶつかったのです。民をまもるための最大の権力者である国王が、なにゆえ、民をまもるための騎士団から切り離されているのか」

 ガタン、と音がした。
 エミールがハッと顔を巡らせると、貴族たちのひとりが呆然としたように立ち上がったところであった。

「私は不思議だった。民のため、この上なく正しく騎士団を率いる力のある者が存在しているにも関わらず、それが無視されている現状が。皆はどうだ。我が父シュラウド以上に、マリウス以上に、我が国の民のために騎士団を指揮できる者が存在すると思うか!」

 剣を掲げたまま放ったクラウスの問いは、万雷の拍手で以って受け止められた。議会を開かずとも、騎士団が国王の指揮下に入ることをここに集う者たちが承認した証であった。

 クラウスはその拍手を背に、国王へと跪いた。そして、先ほど受け取ったばかりの宝剣を、国王へと両手で差し出した。

「騎士団長クラウス・ミュラーの名において、我が刃を国王へと捧げます」

 抜身の刃。それを素手で受け取ることは、相手が自分を傷つけることがないという最大の信頼の表れだ。
 国王シュラウドは立ち上がり、クラウスの捧げた剣へゆっくりと手を伸ばし、おのれが受け取ったことが全員にわかるよう、高々とそれを掲げた。

 その瞬間、割れんばかりの歓声と拍手が鳴り響いた。
 しかしそれ以上の怒声が、場の空気を一気に砕いた。

「暴挙だっ! ゆるされんっ!」

 怒りで顔を真っ赤にして全身を震わせたのは、ドナースマルクだった。豊かな口髭をわななかせ、彼はこぶしを振り上げた。

「こんな……っ! こんな茶番ゆるされるものかっ!」
「そうだっ! これは王家の陰謀だっ!」
「騎士団を掌握し、意のままに動かそうとしているのだっ!」

 ドナースマルクに呼応して、他の数名からも異論が噴出する。しかしそれは、クラウスに賛同する「ミュラー家万歳」の声に掻き消された。
 ドナースマルクが凄まじい形相で壇上のクラウスを睨んだ。彼は制御できない怒りに足を踏み鳴らし、椅子を蹴り飛ばして踵を返した。そのとき、獅子の吠えるごとく、マリウスの一喝が轟いた。

「退室はまかりならん!」

 彼の放ったアルファの威圧は、瞬時にしてその場を支配した。
 貴族たちと同様に、壇上に居る国王とその足元に跪いているクラウスを見上げる位置に居ながらも、マリウスは誰よりも存在感を放っていた。これぞまさに王気。
 エミールは押しつぶされそうなアルファの気迫に、思わず肩を引きそうになった。しかし隣から伸びてきたアマーリエの手に腕を掴まれ、なんとか踏みとどまる。
 彼女の腕に抱かれたエドゥルフだけが、緊迫感とは無縁にすやすやと眠っていた。

「ドナースマルク。貴様はいま、なんと言った?」

 マリウスが広間の中央へと歩み出た。
 騎士団長が通るために敷かれた緋色の絨毯が、いまは彼のためにあるかのようだった。マリウスが一歩踏み出すたびに、たてがみのような黄金の髪が動いた。

「暴挙、と言ったか? 貴様はたしかクラウスを騎士団長へと推挙していたはずだ。そのクラウスが国王へ剣を預けた。それのなにが不服だ」

 言ってみろ、と促され、ドナースマルクが顔を歪めた。

「……クラウス様が、そのようなことをお考えだとは、私は聞いておりませんでした」

 彼が憤怒にしわがれた声で呻くように答えると、マリウスが「ははっ」と場違いな笑い声をあげた。

「ずいぶんとおかしなことを言う。騎士団の指揮権を王に復そうとしていたのは、他ならぬ貴様らではないか。思い通りになっただろうが」
「な……っ!!」

 ドナースマルクが言葉を失った。 

「それともなにか? 貴様はクラウスが王になると思ったのか? この俺を差し置いて、俺の弟が。だからこそ貴様はあんなに熱烈に、クラウスを騎士団長に据えようと動いていたのか」

 マリウスが大袈裟に眉を顰めた。
 いつしかドナースマルクの周囲には、ぽかりと空間ができていた。貴族たちがじりじりと退いていったのだ。マリウスの怒りに巻き込まれまいと避難する者の中には、革命派も混ざっていた。
 それらをぐるりと見渡し、マリウスがよく通る声で告げた。

「俺は知っているぞ、ドナースマルク。議会の中で革命を謳っていた貴様らが、徒党を組んで俺を殺そうとしていたことを!」

 王太子の告発に、ざわめきが起こった。
 ドナースマルクの顔色は怒りと恥辱でもはやどす黒いほどであった。彼はぶるぶると小刻みに震えながらも、なんとか体裁を保とうと口角を引きつらせるように上げた。

「な、なにをおっしゃっているのやら」
「弁明は牢で聞く。ここでの問答は時間の無駄だ」
「これこそ暴挙ではありませんかっ! 一方的に私を!」
「一方的だと? 馬鹿を言うな。いま、貴様を糾弾しているんだ」

 マリウスの笑い声が高らかに響いた。
 いったいなにごとかと顔を見合わせている貴族たちの中で、面白いほどの狼狽を見せたのは革命派の面々だった。彼らは泡を食ったように飛び上がり、落ち着きをなくしてそそくさと退散しようとしている。
 そこにまたマリウスの一喝が飛んだ。

「退室はまかりならんと言っただろうがっ!」

 空気をビリビリと震わせるほどの迫力だった。
 その場のほとんど全員が身を竦ませた。

 しかしその隙を縫って、ドナースマルクが目をぎょろりと動かした。
 エミールは、男の血走った目が自分たちへ向けられるのを確かに見た。

 ドナースマルクが動く。こちらへ走り寄りながら、その手が胸元へ忍ばせていた短剣を取り出すのが、奇妙にゆっくりに見えた。
 エミールは咄嗟に立ち上がり、アマーリエとエドゥルフを庇う位置で両手を広げた。頭で考えての動作ではなかった。ただ、まもらなければと思った。

 ドナースマルクが怒声を発し、短剣を振り上げる。
 アマーリエの悲鳴。それを聞きながらエミールはきつく目を閉じた。

 そのとき、風が吹き抜けた。

 え、と思ったときには、エミールはクラウスの胸に抱きこまれていた。
 そして、ドナースマルクは……呆然としながらクラウス越しに見てみると、いつの間にかそこには黒衣の騎士たちの姿があった。
 床には二人の騎士に押さえられ、ドナースマルクが這いつくばっている。

「王太子暗殺の嫌疑だ! いま逃げようとしている者をすべて捉えろ!」

 クラウスの指示を受け、騎士たちが即座に動き出した。

 電光石火、という言葉がこれほど相応しい場もそうないだろう。
 エミールがクラウスに抱きしめられている間に、捕り物はすべて終わっていた。

 ひとり壇上に残っていた国王が、泰然と満足げな頷きを残してゆっくりと退室していくのが見えた。

 この騒ぎでも起きなかったエドゥルフが、大広間の静寂が戻ってからいまさらのように泣き始めるのを聞いて、エミールはアマーリエと顔を見合わせて笑った。
 緊張の糸が切れて足がふらついたが、エミールの騎士がしっかり支えてくれていたので安心して彼に体を預けることができた。
 
 

 
  
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