騎士は愛を束ね、運命のオメガへと跪く

夕凪

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狼と名もなき墓標

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 国王シュラウドはマリウスの報告を聞き、しばらく沈思していた。
 マリウスにもまだこの騒動の全容が見えていないのだ。それゆえ国王へ奏上した内容も整然としたものにはならなかった。だがシュラウドもマリウス同様、なんらかの引っ掛かりを覚えたようで、顎髭を撫でながら小さな唸り声を上げた。

 私が出た方がいいか、と問われ、マリウスはいいえと否定した。
 クラウス率いる騎士団第一部隊の行方が掴めていないとは言え、ことはまだ、なにも起こっていない。情報こそ錯綜しているものの、のである。

 おのれの思考に、マリウスはまた首を捻った。なんだ。なにかが引っ掛かっている。俺はなにかを見落としているのか。自問したが、答えはまだ出てこなかった。

「エミールの件はどう対応する」
「ひとまずは、時間を稼ぎます。その間にクラウスを呼び戻す」
「クラウスは無事か」
「なにかがあれば俺に連絡が入ります。なにもない、というのが無事である証拠だ」

 マリウスの言葉に、シュラウドが二度頷いた。

「クラウスが戻るまで、エミールは一旦安全な場所へと逃がします」
「そうだな、それがいい」

 父との打ち合わせを手短に終え、マリウスはスヴェンを待たせている部屋へと戻った。そこにはすでにアマーリエの姿があり、彼女は手紙を握りしめて「これはわたくしの書いたものではありませんわ!」とスヴェンに食って掛かっているところだった。
 憤る妻を宥めながら、マリウスはアマーリエの手にある書簡を流し見た。

「アマル。おまえが書いた手紙は誰に預けた」
「わたくしの侍女ですわ」

 アマーリエはひとりの侍女の名を口にした。アマーリエにいつも付き従っている中のひとりだ。呼ぶまでもなく外に控えていた彼女を入室させ、アマーリエから預かった手紙をどのようにエミールの元へ届けたかを尋ねた。
 王太子直々の詰問に、侍女は真っ青になりながらも、懇意にしている尚書係に至急クラウス邸のエミールの元へと告げて預けたと答えた。

 尚書係は書簡や書状の仕分けをする部署だ。密書を扱うこともする。だから侍女の行動に不審な点はない。
 マリウスは侍女へと、その尚書係を連れてくるよう命じた。その際、マリウスの側近を侍女に同行させた。侍女や尚書係を見張るためだ。
 おのれの侍女が疑われていると悟ったアマーリエは頬を強張らせていたが、手紙がすり替えられていた以上致し方無いと唇を引き結んだ。

 侍女が席を外している間に、マリウスはスヴェンへと大まかな状況を伝えた。
 エミールに掛けられた嫌疑について言及すると、スヴェンは眉を顰め、「なぜそんな疑いが」と独りごちた。当然の疑問である。説明しているマリウスにもわからない。
 これまでのエミールの振る舞いに不審な点はなかった。彼はクラウスのつがいとして、目立ちすぎることもなく、敵を作ることもなく、うまく立ち回っていたはずだ。それなのに。
 なぜ、いま、造反の意思ありという噂が涌き出たのか。

「エミールはいまどこに居る。屋敷か」
「はい。私が王城へ行っている間、部屋で休んでおくようお伝えしています」
「それでいい。いいか、この疑惑についての出どころは俺が探っておく。おまえは急ぎエミールの元へ戻れ」
「はい」
「クラウスから有事に際しての指示は」
「ございます。いざというときは、」
「言うな」

 マリウスはスヴェンの声を遮った。

「俺はなにも聞いてない。そういうていで行く」

 スヴェンがハッとしたように目を瞠り、すぐに「はい」と頷いた。

「スヴェン。俺もできる限り動く。だが、俺を以ってしてもどうにもならんと思ったときは、おまえの判断でクラウスの命令を遂行しろ」
「承知いたしました」
「よし、行け」

 マリウスの発した声の語尾が消えぬ内に、スヴェンの姿が消えた。
 アマーリエが「まぁ!」と小さく叫ぶ。彼女はしばらく室内をきょろきょろと見回していたが、やがて不安そうに吐息した。

「いったいなにが起きてますの?」
「俺もそれが知りたい。アマル、おまえも戻っていいぞ。あとは侍女に聞く」
「立ち会いますわ」
「ならん。ことと次第によってはおまえの侍女の、」
「立ち会いますわ」

 凛とした声でアマーリエが繰り返した。背筋をスッと伸ばしたきれいな立ち姿に彼女の意思の強さを見て取り、マリウスは苦笑いを漏らした。

「まったく頑固な姫だな、アマル」
「頑固さではいい勝負ですわよ、お互いに」

 軽口の応酬にすこし気がほぐれる。 
 だがその間も思考することはやめなかった。

 やがて侍女が戻ってきた。後ろから尚書係も入ってくる。最後に扉を閉めた側近へ眼差しで問いかけると、彼は小さく首を横に動かした。不審な動きはなかったということである。

 早速尚書係の男に手紙について尋ねたが、彼の返答に怪しむべき点はなかった。
 この男が直接早馬を走らせ、クラウスの屋敷へ赴いたと言っていたので、手紙に触れたのはアマーリエを除くと、侍女と尚書係の二人ということになる。
 この二人のどちらかが、手紙をすり替えたのだ。だが、二人はともに嘘をついている様子はなかった。

「ではおまえは、そこの侍女から預かった手紙を誰にも見せることなく、そのまま直にエミールの元へ届けたというわけだな」

 マリウスの念押しに、尚書係の男が頷いた……が、ふと思い当たったように、「あ、えっと……」と口ごもった。

「どうした」
「は、はい。あの、我々は、お預かりした書簡に関しては、尚書官様に報告をすることになっておりまして」

 尚書係の上官には貴族が配され、それを総じて尚書官と呼ぶ。その上が尚書長官だ。
 密書を扱うことも多い尚書係は少数精鋭で固められ、情報の扱いについてもかなり厳しい訓練を受ける。そのため、日々山ほど舞い込む書簡やら書状やらは重要度を仕分けし、ひとつひとつについて必ず上官に報告するものとされていた。
 もちろん、中身は見ない。ただ、尚書官や尚書長官ともなれば中身をあらためることもある。

「おまえが報告したのはどの尚書官だ」
「はいっ。私が報告したのは……」

 尚書係の男はしゃちほこばった声で、ひとりの貴族の名を告げた。マリウスも知っている男だ。彼の職務に忠実で生真面目な性格は尚書官にぴったりだと思ったことがある。
 マリウスは顎に指を置いて目を細めた。
 彼が手紙のすり替えなどという職務違反を犯すはずがない。というか、そんなことをする利点メリットが思い当たらない。

「わかった。もう仕事に戻っていい。ご苦労だったな」

 マリウスは侍女と尚書係の二人を解放した。これ以上はなにも聞き出せないだろうとの判断だった。

「尚書官がすり替えたということですの?」

 アマーリエが首を傾げながらつぶやいた。
 マリウスはもどかしい気持ちで髪をぐしゃりとかき回した。
 くそ、と小さく吐き捨てると、マリウスの俗語スラングを聞いたアマーリエが鼻筋にしわを寄せた。

「子どもの前ではやめてちょうだいよ。真似するようになったら困りますわ。ねぇ」

 おかしな言葉は覚えないでね、と妻が下腹部を撫でながら、胎の子に話しかけた。
 その光景を目にした途端、マリウスの頭の中でなにかが弾けた気がした。

 なんだ。なにかがわかりかけた気がする。俺はいま、なにを考えた?

 一瞬にして霧散してしまった思考を手繰り寄せようとするが、上手くいかない。
 まだ足りない。欠けているピースがあるのだ。
 だが、きっかけは『これ』で間違いないだろう。

 マリウスは深く息を吸いこみ、アマーリエのお腹にてのひらを置いた。ふくらみのあるその下に、おのれの子が居る。それを実感しながら、マリウスは一度目を閉じた。

「俺は議会へ戻る。おまえは休んでいろ」
「エミールになにかあれば、隠さずに教えてくれると約束してちょうだい」
「アマル」

 妻の赤みがかった瞳が、ひたとこちらへ向けられる。その目じりにキスをして、マリウスは「わかった」と請け負った。
 外では雨が降り始めたようで、雨粒が窓を叩く音がまばらに響いていた。
  
     
 
 




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