騎士は愛を束ね、運命のオメガへと跪く

夕凪

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狼と名もなき墓標

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 マリウスが議会室へ戻ると、議長が待ちかねたとばかりに、エミールを王城へ呼び出すための令状を作ることを進言してきた。マリウスひとりが粘っても、もはや時間の問題である。
 マリウスは議長に令状作成の許可を出した。その傍らで急ぎ私信を書き殴った。

『アマルの手紙はすり替えられていた。王城へは来るな。上手く時間を稼げ。その間に俺がなんとかする』

 そう綴った手紙を、自らの名を署名した令状の後ろに忍ばせる。
 令状を運ばせる役目は、おのれの従者に当てた。

「いいか。エミールに直接渡せ。他の者には触らせるな」

 従者の耳元でそう命じると、彼は顔を伏せ、「御意に」と返事をした。

「外は雨だ。転ばないよう、

 ひっそり付け足した言葉にも、彼は「御意に」と返してきた。

 クラウスの屋敷には、『狼』の山に続く隠し通路が通っている。マリウスからの手紙を見たスヴェンは、恐らく『狼』の里へとエミールを逃がすはずだ。
 クラウスが『狼』と繋がっていることを知っている人間は、この王城にどれほど居るだろうか。

 ミュラー家と『狼』の一族との関係については、秘匿されている。だが、ここは王城。書庫には一般に出回ることのない歴史の裏側が記された希書もある。かつての国王の手記も残されており、隅々まで探せばどこかに『狼』の存在を仄めかすような文言があるかもしれない。
 その上、かつて国王やサーリーク王国の危機に風のように駆けつけ、暗躍した存在があったことについての目撃談は多い。いまでは昔話と成り果てているが、そこから『狼』に行きつくことも、ないとは言い切れなかった。

 だが、とマリウスは口元に手をやり、おのれの思考を手繰り寄せる。
 だが、『狼』についてなんらかの情報を得ることのできる者は、王城の中枢の人間に限られるだろう。誰もが入手できるような類のものではない。
 ならば今後の動向如何で、敵の尻尾を掴めるかもしれない。

 沈思黙考するマリウスの前では、議長を始め貴族たちが顔を突き合わせ、今後の対応について検討している。話題はやはりエミールの件が中心だ。騎士団の行方やオシュトロークとの戦線については確認のための人員を割いているとして、その報告待ちだという。
 ちぐはぐだな、とマリウスは思った。
 エミールを招聘することにはあれほど急いでいたくせに、他の報せについては調査結果を待つ。慌ただしいのに、のんびりしている。おかしな印象だ。

 誰だ、とマリウスは議長を始め、全員の顔や言動をじっくりと眺めた。
 誰が裏で糸を引いている。
 エミールを捕らえて得をするのは誰だ。
 そう考えて、首を捻る。

 ダメだな、とマリウスはひとつ吐息した。思考が行き詰っている。おのれひとりでは無理だ。ここにクラウスが居れば、意見を交わし合うことができるのに。
 自身の側近を動かすか、とも考えたが、マリウス付きの側近や侍従らのほとんどは王城住まいだ。つまり、他の貴族らと接する機会も多い。

 今回の件でひとつ言えることがあるとするならば、黒幕はかなりの影響力のある人物だ。そうでなければ議長や他の貴族たちが不敬を承知で、早くエミールを捕らえろとマリウスをせっつくなど有り得ない。
 となると、発言権を持つ上位貴族……王城中枢の関係者、ということになるだろうか。

 それを鑑みれば、誰が誰とどこでどう繋がっているか把握できない以上、貴族らと関わりのあるおのれの側近を迂闊に動かすことはできなかった。

 俺も『狼』を持てば良かったか、とマリウスはひとり悔やんだ。
 こういうとき、貴族や権力者たちとのしがらみがない『狼』は有益だ。

 そこでハタとマリウスは気づいた。王城ここにはひとりだけ、なんのしがらみも持たない人物が居るではないか。

 マリウスは壁際で控えていた侍従を指先で呼んだ。議長がチラとこちらを見てくる。エミールの招聘について横やりを入れるつもりかと言わんばかりの目つきだった。
 マリウスは笑いながら議長へてのひらを向けた。

「エミールが来るまでそうはかからんだろう。俺はすこし休憩をしてくる」
「どちらへ」
「なに、可愛い弟に癒されに行くだけだ。俺の部屋にユーリを呼んでおけ」

 侍従への指示を、議長にも聞こえるように伝えると、彼がどこかホッとしたように肩を揺らした。

「俺はユーリと部屋に居る。エミールが登城したら知らせよ」
「承知いたしました」
「あれは身重だ。丁重に扱えよ」
「無論にございます」

 議長が恭しく頭を下げた。
 本当にエミールがここへ来たとして、その扱いが丁重なものになるだろうか。エミールを早急に連れて来いと息まいていた議長たちの様子を見ていると、それはひどく疑わしく思えた。


 王族のための隠し通路を使って足早に居館の自室へと戻ると、それを待っていたかのようにノックが響き、末弟のユリウスがひょこっと顔を覗かせた。

「お呼びですか、兄上」
「おおっユーリ! 我が弟!」

 入室してきた弟を両腕でぎゅうっと抱きしめ、つるつるの頬に頬ずりをするとユリウスが嫌がってマリウスの顔をてのひらで押しのけた。もうすぐ十三歳になる彼は、反抗期なのかハグを拒否することが増えてきた。けれどマリウスにとっては可愛い弟だ。まだまだ華奢な体も、天使のような美貌も、声変わりの途中の不安定な揺らぎも、ぜんぶが可愛い。

 ユリウスの防御をかいくぐって気が済むまで頬ずりをしてから、ようやく抱擁をほどいた。ユリウスが眉間に可愛いしわを作りながら、服の乱れを直している。

「もうっ……なんなんですか毎回……」
「ゆるせ。おまえがあんまり可愛いから、我慢ができんのだ」
「…………」

 ユリウスが宝石のような新緑色の瞳を半眼にした。母親そっくりの顔で呆れたように睨まれ、マリウスは空咳をして誤魔化した。

「それで、ご用件はなんですか?」
「用件など、おまえの顔を見ること以外にあると思うか?」
「……クラウス兄上も前に似たようなこと言ってましたけど。用がないなら僕は帰ります」
「待て待て。嘘だ。用事はちゃんとある。おまえに、ではないが」

 マリウスはユリウスの背後へと目を向けた。
 そこには髪を掻きながら興味なさそうにそっぽを向いて壁際で控えている大男の姿がある。図体はでかいのに相変わらずの気配のなさだ。

 流れてきたマリウスの視線を受け止めて、ユリウスの護衛、ロンバードは盛大に顔をしかめた。






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