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狼と名もなき墓標
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クラウスは愕然とした。
なぜ、エミールに造反の意思ありなどという馬鹿げた話が持ち上がっているのか。
「エミールはどうなっている」
「はっ。エミール様におかれましては貴族院より登城の要請があったようですが、マリウス殿下の指示でそれは明日に引き延ばされたようです」
エミールには『影』ともうひとりの『狼』が付いている。それに、マリウスがエミールを疑うはずがない。登城要請は気になったが、第二王子のつがい相手に議会が軽率な真似をするとは思えなかった。
「俺、戻ります」
『狼』の報告を聞くなり『鷹』が立ち上がった。それを指先を動かすことで制して、クラウスは中空を睨んだ。
誰がなんのために、そんな虚言を広げたのか。
「無関係ではないな?」
クラウスはおのれへ問いかけた。
第一騎士団に降りかかった今回の事態と、エミールについての虚妄。それらは無関係ではないはずだ。
ハルクと『鷹』と『狼』。彼らと顔を突き合わせ、クラウスは口を開いた。
「もう一度、始めから整理しよう」
先ほど『鷹』とも行ったことだった。そこに、『狼』が持ち帰った現在の王城の様子を加えて、検討しなおす。
オシュトローク帝国との戦、第一騎士団の行方、エミールの造反。王城に舞い込んだ様々な報告。
「共通していることは、これらの報告がすべて、議会に持ち込まれたということだ」
そうだ。『鷹』も言っていた。偽の報告で第一騎士団がおびき出されたこと、これがもう有り得ない、と。
だが実際には起こり得た。クラウスは『第一』を率いて出征し、オシュトロークへと向かいかけた。
従士を使って届けられた書簡はどうか。
そこには騎士団が壊滅的被害を受けたとするもの、クラウスの安否がわからなくなったとするもの、無事に元ヴローム村に到着したとするもの、すでに戦線を開いているとするもの、内容のまったく違う報告が次々に議会に舞い込んだという。
それもまた、有り得ないことだ。王城に届くすべての書簡を都度議会に上げてしまえば、国政が停滞してしまう。そのため、内容を精査し、議会に通すべきかを判断する部署として、尚書官が居るのだ。
しかし裏を返すと、今回の騒動の火付け役となったそれらの報告を、すべて議会に上げるべきと判断した人間が居るということだ。
「ですが、ひとりで成し得ることではありません」
ハルクがクラウスの推察を聞き、首を横に振った。
「ひとりじゃないとしたら、どうだ」
クラウスが問うと、ハルクがハッと目を見開いた。
『鷹』の隻眼が瞬いた。
「そうか。全員が結託していれば、情報の操作は容易い」
『鷹』のつぶやきに、クラウスは瞑目した。
王城で起こっているいくつもの『有り得ない事態』。それを説明するには、『鷹』の言った前提が必要となる。
全員、というのは城内に居る全員という意味ではない。貴族院全員でなくてもいい。
要は他の人間に対し影響力を持つ、中核となる人物を押さえればいいのだ。
書簡を議会へ上げたいならば、尚書官……いや、その上の尚書長官。
上がってきた報告を使い、おのれの思う方向へ物事を持っていきたいならば、発言権のある議員……そして議長。
少なくともここが結託すれば、『有り得ない』はまかり通る。
だが、なんのために。その疑問は依然として残った。
クラウスは尚書長官や議長の顔を思い浮かべた。彼らは国のため、民のため、ミュラー家のためにと常に誠意ある働きをしてくれている。
穏健派に属し、現国王や次期国王を支えてゆく彼らが、このような騒動を起こす理由がなかった。
彼らが今回の黒幕であったとして、なんのために、なにをしようとしているのか。
クラウスは束の間の回想を中断し、円卓に集う面々を見た。
「身を隠しながら情報収集を行っていた私は、今回の件の鍵は議長を始め、国の中枢を担う者たちが結託して起こした騒動ではないかと思い当たりました。しかし、彼らが我が国と敵対するなど、幾度考えても有り得ないという結論しか出ませんでした」
「然り」
クラウスの言葉を、マリウスが肯定した。議長らは自分たちに向けられた王家からの信頼に目を潤ませたが、すぐに恥じ入るように俯いた。
「そこで私は考え方を変えてみました。この騒動は、国と敵対するために起こしたものではない。国をまもるために起こしたものなのだとしたら……」
その視点に立って初めて、クラウスには見えたものがあった。
議長たちは穏健派の筆頭。国を愛し、平和を愛する者たちだ。
その彼らが『敵』と定めたもの。それが、エミールだとしたら。
「なぜ私のつがいが槍玉に上げられたのか。私にはそれがわからなかった。いまもわからない。なぜ、エミールだったのか」
クラウスが語尾を震わせた。抑えきれぬ怒りが声だけでなく握りしめたこぶしも震わせていた。
「わからないながらも私は、なぜエミールに疑いの目が向けられたのか、それを調べました」
つがいの元へ駆けつけるよりも、事態の収束に向けての調査を優先させた。このときのおのれの判断を、クラウスは死ぬほど悔いることになるが、この時点ではまだエミールにいのちの危機があるとは思っていなかった。
エミールに造反の意思などないことは調べればすぐに判明する。仮に王城へ連行されることになったとしても、そこにはマリウスが居る。兄ならば、エミールを悪いようにはしない。その信頼もあった。
それに、穏健派の面々が王族のつがいに無礼な振る舞いをすることも考えにくかった。
エミールの疑いを晴らすには、まずは原因を知らなければならない。そう考えたクラウスは、ハルクと『狼』に議長たちのここ最近の行動を洗いだすよう命じた。
『鷹』には王城に居るもうひとりの『右腕』、ロンバードに繋ぎを取らせた。
奇しくもマリウスの指示で、ロンバードはすでに議長らの調査を始めていた。
ロンバードの掴んだ情報と自身の手勢で調べた内容を元に、騎士団員の手も借りてさらに捜査を深めていった。
そして深夜を回る頃、クラウスはようやくある人物に辿り着いたのである。
「それが、二月前に処刑された、ドナースマルクです」
なぜ、エミールに造反の意思ありなどという馬鹿げた話が持ち上がっているのか。
「エミールはどうなっている」
「はっ。エミール様におかれましては貴族院より登城の要請があったようですが、マリウス殿下の指示でそれは明日に引き延ばされたようです」
エミールには『影』ともうひとりの『狼』が付いている。それに、マリウスがエミールを疑うはずがない。登城要請は気になったが、第二王子のつがい相手に議会が軽率な真似をするとは思えなかった。
「俺、戻ります」
『狼』の報告を聞くなり『鷹』が立ち上がった。それを指先を動かすことで制して、クラウスは中空を睨んだ。
誰がなんのために、そんな虚言を広げたのか。
「無関係ではないな?」
クラウスはおのれへ問いかけた。
第一騎士団に降りかかった今回の事態と、エミールについての虚妄。それらは無関係ではないはずだ。
ハルクと『鷹』と『狼』。彼らと顔を突き合わせ、クラウスは口を開いた。
「もう一度、始めから整理しよう」
先ほど『鷹』とも行ったことだった。そこに、『狼』が持ち帰った現在の王城の様子を加えて、検討しなおす。
オシュトローク帝国との戦、第一騎士団の行方、エミールの造反。王城に舞い込んだ様々な報告。
「共通していることは、これらの報告がすべて、議会に持ち込まれたということだ」
そうだ。『鷹』も言っていた。偽の報告で第一騎士団がおびき出されたこと、これがもう有り得ない、と。
だが実際には起こり得た。クラウスは『第一』を率いて出征し、オシュトロークへと向かいかけた。
従士を使って届けられた書簡はどうか。
そこには騎士団が壊滅的被害を受けたとするもの、クラウスの安否がわからなくなったとするもの、無事に元ヴローム村に到着したとするもの、すでに戦線を開いているとするもの、内容のまったく違う報告が次々に議会に舞い込んだという。
それもまた、有り得ないことだ。王城に届くすべての書簡を都度議会に上げてしまえば、国政が停滞してしまう。そのため、内容を精査し、議会に通すべきかを判断する部署として、尚書官が居るのだ。
しかし裏を返すと、今回の騒動の火付け役となったそれらの報告を、すべて議会に上げるべきと判断した人間が居るということだ。
「ですが、ひとりで成し得ることではありません」
ハルクがクラウスの推察を聞き、首を横に振った。
「ひとりじゃないとしたら、どうだ」
クラウスが問うと、ハルクがハッと目を見開いた。
『鷹』の隻眼が瞬いた。
「そうか。全員が結託していれば、情報の操作は容易い」
『鷹』のつぶやきに、クラウスは瞑目した。
王城で起こっているいくつもの『有り得ない事態』。それを説明するには、『鷹』の言った前提が必要となる。
全員、というのは城内に居る全員という意味ではない。貴族院全員でなくてもいい。
要は他の人間に対し影響力を持つ、中核となる人物を押さえればいいのだ。
書簡を議会へ上げたいならば、尚書官……いや、その上の尚書長官。
上がってきた報告を使い、おのれの思う方向へ物事を持っていきたいならば、発言権のある議員……そして議長。
少なくともここが結託すれば、『有り得ない』はまかり通る。
だが、なんのために。その疑問は依然として残った。
クラウスは尚書長官や議長の顔を思い浮かべた。彼らは国のため、民のため、ミュラー家のためにと常に誠意ある働きをしてくれている。
穏健派に属し、現国王や次期国王を支えてゆく彼らが、このような騒動を起こす理由がなかった。
彼らが今回の黒幕であったとして、なんのために、なにをしようとしているのか。
クラウスは束の間の回想を中断し、円卓に集う面々を見た。
「身を隠しながら情報収集を行っていた私は、今回の件の鍵は議長を始め、国の中枢を担う者たちが結託して起こした騒動ではないかと思い当たりました。しかし、彼らが我が国と敵対するなど、幾度考えても有り得ないという結論しか出ませんでした」
「然り」
クラウスの言葉を、マリウスが肯定した。議長らは自分たちに向けられた王家からの信頼に目を潤ませたが、すぐに恥じ入るように俯いた。
「そこで私は考え方を変えてみました。この騒動は、国と敵対するために起こしたものではない。国をまもるために起こしたものなのだとしたら……」
その視点に立って初めて、クラウスには見えたものがあった。
議長たちは穏健派の筆頭。国を愛し、平和を愛する者たちだ。
その彼らが『敵』と定めたもの。それが、エミールだとしたら。
「なぜ私のつがいが槍玉に上げられたのか。私にはそれがわからなかった。いまもわからない。なぜ、エミールだったのか」
クラウスが語尾を震わせた。抑えきれぬ怒りが声だけでなく握りしめたこぶしも震わせていた。
「わからないながらも私は、なぜエミールに疑いの目が向けられたのか、それを調べました」
つがいの元へ駆けつけるよりも、事態の収束に向けての調査を優先させた。このときのおのれの判断を、クラウスは死ぬほど悔いることになるが、この時点ではまだエミールにいのちの危機があるとは思っていなかった。
エミールに造反の意思などないことは調べればすぐに判明する。仮に王城へ連行されることになったとしても、そこにはマリウスが居る。兄ならば、エミールを悪いようにはしない。その信頼もあった。
それに、穏健派の面々が王族のつがいに無礼な振る舞いをすることも考えにくかった。
エミールの疑いを晴らすには、まずは原因を知らなければならない。そう考えたクラウスは、ハルクと『狼』に議長たちのここ最近の行動を洗いだすよう命じた。
『鷹』には王城に居るもうひとりの『右腕』、ロンバードに繋ぎを取らせた。
奇しくもマリウスの指示で、ロンバードはすでに議長らの調査を始めていた。
ロンバードの掴んだ情報と自身の手勢で調べた内容を元に、騎士団員の手も借りてさらに捜査を深めていった。
そして深夜を回る頃、クラウスはようやくある人物に辿り着いたのである。
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