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(番外編)空飛ぶ鷹に影は落ちるか
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しおりを挟むなぜ私がこの男に命令されなければならないのか。
半眼でファルケンを睨み上げると、彼はひどく真剣な眼差しで私を見つめていた。
その眼力に押され、思わず息を飲む。
ファルケンと、エミール様と一緒に行く? 私が? クラウス様を裏切って?
有り得ない、と一蹴しようとした。
けれど、引っ掛かるものもあった。その引っ掛かりを手繰り寄せると、エミール様のきれいなお顔が浮かんできた。
贖罪が終わっていない。そう思った。
エミール様は私と『狼』のせいであれほどの傷を負ったのだ。
ファルケンが私を誘ったのは、最後まで務めを果たせという意味なのだろう。そうだ。エミール様第一のこの男が、みすみす私をゆるすはずがない。
いのちが尽きるそのときまでエミール様に仕えろと、エミール様のために動け、と。言外にそう告げているのだ。きっとそうだ。罪を贖え、と声にしないファルケンの言葉が聞こえてくるようで、私は眦に力を込めた。
「アンタが殿下から離れられないってことはわかってる。だけど、」
「わかりました」
「いや、だから……って、え?」
金茶の瞳が真ん丸になった。なにをそんなに驚いているのか。一緒に来いと言ったのは自分のくせに。
「わかりました。あなたと行きます」
「……正気か?」
「はぁ?」
無礼な言い草にカチンときた。
眉を吊り上げてファルケンの胸倉を掴む。
「あなたが来いと言ったんでしょう」
「それはそうだけど……わかってるのか? エルを逃がすってことは、クラウス様を敵に回すってことだぞ」
「あなたの目には、私がそんなこともわからないような阿呆に見えてるってことですか?」
「そういうわけじゃ……」
ファルケンが口ごもった。
困惑交じりの表情を見ながら、ああそうか、と得心が行った。
エミール様に追手が掛かったときのことを考えて、私を同行させようとしているのか。いざというときは、エミール様を逃がすために私を使うのだ。
だから、一緒に来いと言ったのだ。
そもそも最初から私の役割は『それ』だった。
エミール様の、影武者。
昼間にファルケンがエミール様と話したとき、私を『影野郎』と呼んだファルケンに、エミール様は言っていた。もうスヴェンは『影』ではない、と。
エミール様がそう釘を刺したから、私に『影』の役割を与えようとしていると言うに言えないのだ。だからこんなに困ったように、なにかを言いよどんでいるのだ。
男の考えが読めて、すこしスッキリした。
私はふぅと溜め息を吐いて、胸倉を掴んでいた手をゆるめた。
「あなたの気持ちはわかってます。だからあなたと行くんです」
「……スヴェン」
この男に名を呼ばれるのはなんだか慣れない。二人のときも、碌に名前を呼ばれたことなどなかった。
新鮮な気分で目線を合わせていたら、ファルケンの目じりがひくりと動いた。
金茶の瞳に不意に熱が籠もる。男の腕が、私の腰に回り、自分の方へと引き寄せてきた。私はその手の甲を思いきり抓ってやった。
「痛ぇっ!」
「なに盛ってるんですか。時と場合を考えなさい」
「いやいや、いまそういう流れだったろうが」
「はぁ?」
どういう流れだと思ったのか。呆れ返った視線を向けると、ファルケンが決まり悪そうに身じろぎをした。
「いいですか、明日はあのクラウス様から逃げないといけないんですよ。あなたのそのご立派なソレをぶち込まれて私の足腰が立たなくなったら、困るのはエミール様でしょう」
「アンタ、足腰立たなくなったことなんてないだろ」
「………………」
「悪かった。じゃあ、キスだけ」
「そんなに溜まってるなら、上のお嬢様方に相手してもらったらどうです」
大方、エミール様を連れて逃げるという大仕事を前に気持ちが昂っているのだろう。でもいま体を繋げてしまうと、明日の任務に支障が出る。相手はクラウス様だ。体調は十全に整えておかなければ。
それにここは娼館だ。溜まった熱を発散させたいというなら、娼婦たちを呼べばいい。私じゃないといけない理由など、この男にはないのだから。
そう言った私の言葉に、ファルケンがなんだか蛙でも丸のみしたかのようなおかしな表情になった。
それを無視して私は男の胸を小突き、
「地図を持ってきてください」
と促した。ファルケンの隻眼が瞬く。
「クラウス様に見つからないルートを検討します。さっさと準備してください」
「……わかった」
ひどく不本意そうに、ファルケンが頷いた。
しかしそこからは無駄口を叩くことなく、明日の手順を練り上げていった。
明日、クラウス様は王城の騎士団の訓練所へと向かう手筈となっている。朝に出かけられ、戻ってくるのは日が暮れた後の予定だという。
つまり、その間に姿を隠さなければならない。エミール様のお体のことを考えると、長距離を無理に移動することも難しいだろう。彼は三か月の間ほぼ寝たきりで、最近ようやく動き回るようになったけれど、それだって屋敷の周囲がせいぜいだ。
先日『狼』の隠れ里へ行かれたが、久々の遠出(とも言えない距離だが)でやはりその後お疲れが出たご様子だった。
私はファルケンと顔を突き合わせて地図を見ながら、どこならば身を潜めやすいか、どこならばクラウス様の目を掻い潜れるかを検討した。
ある程度の方向性を固めた後、私はさっさと王城へ戻るべく帰り支度をした。
去り際にちらとファルケンの寝台が目の端に入った。いまから娼婦を呼ぶのだろうか。それとも明日に備えておとなしく休むのか。
ファルケンがどうしようと私にはなんの関係もない。それなのに、なぜかすこしそのことが気になった。
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