騎士は愛を束ね、運命のオメガへと跪く

夕凪

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(番外編)空飛ぶ鷹に影は落ちるか

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 意味がわからない。
 まったくもって意味がわからない。

 困惑していたら、
「そんな顔すんなよ」
 と笑われた。眉間を、親指の腹でぐりぐりと押されて、咄嗟にその手を叩き落とした。

「冗談は、言う相手を選んでください」

 私のような面白みのない男に言う言葉ではない。好き、だなんて。

 また伸びてきた男の手に、髪をひと束掴まれた。エミール様と同じ長さにしている、私の白金髪。それをどこかいとおしむような手つきで握られた。

 ファルケンがしずかに息を吸いこんだ。
 なにを言われるのだろう。知らず身構えた私の耳に、笑みを含んだ声が滲んだ。

「そうだった。アンタは『狼』だったな」
「いまごろ……」
「あのクラウス様も手こずってる一族の、一員だった」

 手こずってる? さっきからこの男はなにを言っているのか。

「なにが言いたいんです」
「道理で……道理で、感情に疎いはずだって思って」

 肩を揺すって、ファルケンが低く笑った。

「なんでだろうな。エルにあれだけやさしくできるのに、なんでアンタは自分を人間だって思えないんだろうな」
「……? あなたの言ってることは、さっきからよくわかりません」
「アンタ、俺のこと好きだろ?」
「はぁ?」

 素っ頓狂な声が漏れた。
 いったいどんな理論が働けば、そんな結論が出るのだろう。

「あなた、エミール様に振られておかしくなったんじゃないですか?」

 思わずそんな言葉が飛び出してしまった。
 ファルケンは一瞬目を丸くして、それから私の髪をぐいと引いた。
 顔を引き寄せられた。同時にファルケンが顔を近づけてきたから、ゴチンとひたいがぶつかった。

「アンタまだそのネタ引きずってんのかよ。俺とエルは家族だ。それ以上でも以下でもない」

 それは嘘だ。ファルケンはエミール様を愛しているはずだ。だって。

「あなたはアルファで、エミール様はオメガでしょう」
「だから?」
「アルファとオメガは惹かれ合うものじゃないんですか?」
「なんだよその馬鹿みたいな前提は。そりゃ殿下とエルみたいに、運命のつがい相手ならそうなるかもしれねぇけど、それだって無条件に好きになるわけじゃないだろ」

 好きになる理由がふつうに存在するだろうが、と言われても私はベータなのでよくわからない。
 首を捻っていたら、
「それよりもアンタだよ」
 とファルケンが指を突き付けてくる。

「アンタは俺とエルのことを色々言うけどな、アンタはどうなんだよ」
「はぁ?」
「クラウス様のこと、どう思ってるんだ」
「どうって……敬愛してます」
「それだけか?」

 それ以外になにがあるというのだろう? 

「殿下に抱かれたいとか、一度も思ったことないのか?」

 あまりに有り得ないことを尋ねてくる男を、殺意を込めて睨みつけたら、ファルケンが安堵するように肩を上下させた。

「ないなら良かった。クラウス様相手じゃ俺も分が悪い。さっきも情けないところ見せたしな」
「さっき?」
「クラウス様に睨まれて、尻尾巻いて逃げただろ。アンタの前であそこまで無様晒すなんてな~」

 情けないところを見せたと落ち込んでいたのは、エミール様に見られたからではなく、私の前だったから? 
 いや、そんなはずはない。それはおかしい。
 さっきからファルケンはおかしなことばかり言っている。

「……あの」
「なんだよ」
「先ほどからなにか勘違いしているようですが、私はベータですよ?」
「……いや、ふつうに知ってるけど。何回アンタを抱いたと思ってんだよ」

 それがどうした、と問われて、私の頭に疑問符が散った。

「でも、アルファは……」
「あのさぁ、好きでもないベータの男を、なんで毎回理由つけてベッドに誘ってたと思うんだよ」
「それは……ただ単に、性欲が」

 またひたい同士をぶつけられた。ゴチン、と骨がぶつかって地味に痛い。
 ふと見れば、ファルケンの右目が開いていた。視力を失った、右の瞳は、やはり焦点を結んでいない。それでも、金茶が揺らぐ様は不思議ときれいに見えた。

「アンタを初めて抱いたときからずっと、アンタ以外とはやってない。アンタもそうだろ?」

 勝手に決めつけて、ファルケンが両手で私の頬を包んだ。

「この先も、俺だけにしとけよ」

「……命令しないでください」

 私の主は、エミール様とクラウス様だから、この男の命令なんて聞く義理はない。
 それに……この男はアルファだから、エミール様が『そう』ではないというのなら、他に居るはずだ。運命のつがいが。
 私がそう言ったら、ファルケンが首をすこし傾けた。

「アンタの中で、運命のつがいってのはどういう存在なんだよ?」
「それは……一度会ったら、離れられなくて」
「俺だってアンタと離れたくない。だから一緒に来いって言ったんだ」
「……っ、そのひとのことが、気になって、他のことが、目に入らないぐらい……」

 クラウス様とエミール様のご様子を思い出しながら、言葉を重ねていったら、ファルケンが喉奥で笑い出した。

「俺も気になってる。アンタのこと。エルにはやさしいくせに、俺には容赦がなくて、ツンケンして、可愛くなくて、年上で、『狼』で、強くて、敏感なくせに鈍感で」

 そこで言葉を切ったファルケンが、傷痕を引きつらせるようにして目を細めた。

「ずっと、俺だけのものにしたかった。スヴェン。俺に運命が居るとしたら、それはアンタだよ」
「……わ、私は、ベータです」
「だから、ベータのアンタが、俺の運命だ」

 口づけをされた。
 わけがわからなかった。
 なぜ、ベータの私が運命になり得るのか。なんの根拠もない。

 この男の真意はなんなのだろう。私に愛をささやいて、ファルケンに得はあるのだろうか。

「またわけわかんねぇこと考えてるだろ」

 くくっと肩を揺すって笑いながら、ファルケンが言い当ててきた。

「アンタってほんと……ダメだなぁ」
「なにがです」
「いや。俺もいい加減『狼』ってもんがわかってきたから、もういい。もういいから、アンタは俺に流されとけよ」

 角度を変えて、唇が重なった。
 次第にキスが深くなる。口の中の弱い部分を舌でくすぐられて、力が抜けた。

 ファルケンの腕に抱き留められ、そのまま寝台に運ばれた。

 男の話が本当なら、この四年、この部屋の寝台を使ったのはファルケンと私だけなのか。そう考えたらおかしなことに、体の奥がじわりと熱くなった。

 口づけがほどけた。私はぷはっと息継ぎをして、男を睨んだ。

「前から思ってましたけど」
「ん?」
「あなた、生意気ですよね。年下のくせに」

 私の苦言は、鷹のような男に笑い飛ばされた。
 やはり生意気だ。
 それでも我が物顔で私の上を這いまわる彼の手を、払い落そうとは思わなくて。

 私は抗うこともせずに、ファルケンに抱かれた。
 彼の熱はすでに、私の皮膚に馴染んでいた。    
    
 
  
 
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