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(番外編)空飛ぶ鷹に影は落ちるか
エピローグ
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「前から思ってたんだけどさ」
エミール様が小首を傾げて私に話しかけてきた。
彼の手には、毛糸玉がある。
先日産まれたばかりのアマーリエ様の子どものために、帽子を編んでいるらしいが、あれが帽子の形になる日はくるのだろうか、と思うぐらいガタガタである。
しかしエミール様に助力を乞われるまでは見て見ぬふりをする。それが侍従たる私の役目だ。
「なんでしょう」
お茶の支度をしながら問いかけると、エミール様が編み棒を膝にポンと置き、大きく伸びをされた。
「スヴェンとルーって、よく一緒に居るの?」
思いがけぬ質問を向けられ、一瞬言葉に詰まる。
「なぜですか?」
素知らぬふりで問い返せば、エミール様が肩をぐるぐると回しながら、
「スヴェンからルーの匂いがするから」
と、他愛のない口調でそう仰った。
匂い。そうか、アルファの誘発香か。
私の鼻が感知しない類の匂いだから失念していた。
しかし、うなじを噛まれたオメガはつがい以外の匂いに反応しないのではなかったか。教本で得た知識を探りながら、
「つがいが居ても、感じるものなのですね」
エミール様にそう尋ねると、エミール様はあっさりと頷かれた。
「うん。たとえばさ、スヴェンはケーキの匂いがわかるでしょ」
「はい」
「いい匂いだなぁって思うし、ケーキの焼ける匂いだなってわかる」
「はい」
「でもスヴェンは甘い物がそんなに好きじゃないから、匂いを嗅いでも食べたいなぁとまでは思わない」
私が甘い物が好きではないなんて、そんなことを伝えた記憶はないけれど。
不思議に思ったら、エミール様が。
「何年の付き合いだと思ってるんだよ」
と言ってやさしく笑った。
エミール様のお顔にこの笑みが戻ったことは、なにものにも代えがたいほどの奇跡だ。ふだん神に祈ることはしない私だけれど、思わず神様ありがとうございますと言いたくなった。
「オレにとってルーの匂いは、そういう感じだよ」
逸れかけた私の思考を、エミール様が引き戻した。
なるほど、と私は頷いた。匂いがついてしまっているのなら、私がファルケンと会っていることはごまかしようがない。
「『鷹』とは、たまに手合わせをしていますので」
「……手合わせ」
エミール様がじっと私を見つめてくる。
「それにしては、匂いが濃い気がするけど」
「そうでしょうか?」
「……スヴェンはさ」
「はい」
「ルーのこと、どう思う?」
質問の意図がわからず、私は無言で主の顔を見つめ返した。
「どう、というのは?」
「う~ん……オレはさぁ、ルーがスヴェンのこと、結構好きだと思うんだよね」
「はぁ……」
エミール様の前でファルケンと接する姿など、数えるほどしか見せたことがないような気がするが、いったいこの方はなにを見てそう思ったのだろうか。
「スヴェンも好きだよね。ルーのこと」
「…………」
「だって、ルーにだけちょっと態度が違うもんね」
主の言葉を否定したら、無礼に当たるだろうか? どう返すべきか脳内で検討したけれど、結局「はぁ」と曖昧な相槌しか出てこなかった。
エミール様がふふっと小さく笑った。
「ちょっと、妬ける」
エミール様からしたら、私のようなベータとファルケンが仲睦まじい(?)となるとやはり面白くないのかもしれない。そう考えた私の耳に、
「オレも、もっとスヴェンと仲良くなりたい」
と聞こえてきたから驚いた。
「スヴェンはまだちょっとオレに遠慮してるでしょ」
「それは……」
遠慮というよりは、立場の違いだ。この方はクラウス様の伴侶で、私の主。そして私は『狼』で……。
「オレはスヴェンのこと、友達だと思ってるよ」
飾り気のない言葉で、エミール様はそう仰った。
私は思わず目を丸くした。
「……友達……」
「そう。オレ、スヴェンが居て良かったって、いつも思ってるから。スヴェンにも、そう思ってもらえるように頑張りたい」
「……エミール様は、もう頑張っておられます」
これ以上ないほどに。
エミール様はもう頑張っておられる。
「オレ、スヴェンに魂寄りの実をもらったこと、一生忘れない。すごく嬉しかったから」
「エミール様……」
「だからスヴェンにも、なにかお返しがしたいってずっと思ってた」
エミール様が、膝の上の帽子(になりかけの毛糸)をそっと撫でた。
「エミール様、私はもう、返してもらってますよ」
この方に、この世のありったけのさいわいをあげたい。そう思ったあの日から、エミール様の笑顔が私の喜びだ。この方の笑みが曇ることのないように。それは私と……ファルケンの共通した願いでもある。
エミール様が不思議そうに小首を傾げた。
「そう? そんな覚えはないけど」
「あなたが嬉しいと、私も嬉しい。だからこれからも、クラウス様と仲良くなさってくださいね」
私が頭を下げると、エミール様が飴色の目をやわらかく撓めた。
それからなにかを思いつかれたかのように、くるり、と瞳を動かして。
「スヴェンが友達になってくれたら、オレはもっと嬉しいんだけど」
と仰った。
エミール様はやはり変わった御方だ。『狼』にそんなことを言ったのは、後にも先にもこの方だけだろう。
「私はあなたの侍従ですよ」
「侍従でも『狼』でも、友達を作ったらいけないって決まりはないだろ」
エミール様が唇を尖らせる。
やっぱりダメかな、とかなしそうに眉を寄せられては、私の返事などひとつしか残らなかった。
「……わかりました」
「スヴェン!」
そのときのエミール様の、晴れやかな顔ときたら。
ここのクラウス様が居たら、私は褒美として巨万の富を与えられたに違いない。
そう思うぐらい、明るい笑顔だった。
エミール様があんまり喜ばれるから、私は柄にもなく調子に乗ってしまった。
「では、友達のエミール様に、とっておきの秘密を教えます」
つい、そんなことを口走って……期待に満ち満ちたエミール様へと、そっと耳打ちをした。
エミール様が限界まで両目を見開き……唖然と口を開いて……それから恐る恐る、
「本当に?」
と問い返してくる。
「内緒ですよ」
人差し指を唇の前に立てて私はそう言った。
エミール様はこくこくと幾度も頷かれ……。
「全然知らなかった……そうなんだ……」
と、ぶつぶつ呟かれていた。
昼休憩をとっていた私の部屋にファルケンが怒鳴り込んできたのは、それからすぐのことだった。
「スヴェン!! この馬鹿っ!」
「馬鹿とはなんです」
「くそっ! エルにしゃべったろ! 俺たちのこと!」
確かに言った。だけど俺たちのことと言われるほどのことは言ってない。
「私はただ、私からあなたの匂いがするとエミール様に指摘されたので、あなたに中出しされたせいです、と御教えしただけですが」
「くっっっっそ!!!!」
ファルケンが自身の短い黒髪をぐしゃぐしゃに掻きまわした。
地団駄を踏む勢いで憤慨している男の姿に、私は、やはり彼はエミール様のことを愛しているのではないかと思った。
私などを抱いていると、エミール様に知られたくなかったのだ。
それなら申し訳ないことをしてしまった。
だけど予め口止めをしなかったファルケン自身の責任でもある。
……謝ったほうがいいだろうか? 束の間逡巡していると、ファルケンが。
「二度とエルに余計なこと言うなよ」
と命令してきた。
私はカチンときて眉を吊り上げた。
「あなたの命令を聞く義理はありませんので」
「……スヴェン、頼むから」
「そんなにエミール様に知られたくなかったのなら、始めから私など抱かなければ良かったのに」
思った以上に険のある声になってしまった。
でもいまさら謝るのも癪で、ファルケンから顔を背ける。
「待て」
肩を掴まれて、強引に振り向かされた。
「アンタ、なにか勘違いしてるな」
「なにもしてませんが」
「俺が好きなのはアンタだ。エルじゃない」
「私はなにも言ってません」
「悪かった。アンタを不安にさせたいんじゃないんだ」
金茶の隻眼の、あまりの真摯な色合いに毒気を抜かれて、私は返す言葉に詰まってしまった。
不安? 私が? べつになにも不安じゃない。
ファルケンが誰を愛そうが私には関係ない。
「私は……べつに……っ」
言いかけた言葉は、ファルケンの唇で遮られた。突然の口づけに、反射的に目を閉じる。
私は『狼』なのに……こんな、無防備に両目を閉じてしまって……これではなにかが起きたときにすぐに反応できない。それなのに、ファルケンとキスをするとき、瞼を下ろすこと、もうこれが癖になってしまっている。
下唇を愛撫のように軽く噛まれた。
「スヴェン、アンタを愛してる。エルじゃなくて、アンタを」
私は、いったいどういう顔でその言葉を聞けばいいのだろう。
愛してる、だなんて。
「……でも、エミール様に言ってはいけないんですよね」
どう応じればいいのかわからず、苦し紛れにそう返したら、ファルケンが。
「恥ずかしいんだよ馬鹿っ!」
と、突然叫んだ。
ふだんはクールな印象の顔を真っ赤にして、隻眼を情けなく歪めたファルケンが、くっそ、とまた俗語を吐く。
「俺はそういうのを家族に知られるのは嫌なんだよ! エルが好きとかそんなんじゃなく、ただ単に恥ずかしいの! わかるか!?」
凄まじい剣幕でまくしたてられて、指まで突き付けられて、私はポカンとしてしまう。
誰だこれは。
片頬で人を食ったような笑みを見せる、いつものファルケンとは全然違っている。
見ている内になんだかおかしくなってきて、私はつい、ふきだしてしまった。
「ふっ、くくっ……あなた、ようやく年下らしくなりましたね」
「はぁ?」
「いまのあなたは悪くない。可愛いですよ」
笑いながらファルケンの頭を撫でてやったら、ファルケンがなんとも言えぬ表情で鼻すじにしわを作った。
「可愛いのはどっちだよ」
そんなつぶやきが聞こえ、またキスをされた。
この男の言うことは、やっぱり私にはよくわからない。
でも不快ではないので、私は年下の男に好きにさせておいた。
その後エミール様が、
「最近、ルーがオレに会ってくれなくなったんだよ」
と私にぼやいてきたけれど、それはエミール様がニヤニヤと笑いながらファルケンに、私とのことを根ほり葉ほり聞いているからである。
それをエミール様に説明しようかと思ったが、恥ずかしがるファルケンが思いのほか可愛げがあったので、私はしばらく黙っていようと決めたのだった。
『空飛ぶ鷹に影は落ちるか』END
エミール様が小首を傾げて私に話しかけてきた。
彼の手には、毛糸玉がある。
先日産まれたばかりのアマーリエ様の子どものために、帽子を編んでいるらしいが、あれが帽子の形になる日はくるのだろうか、と思うぐらいガタガタである。
しかしエミール様に助力を乞われるまでは見て見ぬふりをする。それが侍従たる私の役目だ。
「なんでしょう」
お茶の支度をしながら問いかけると、エミール様が編み棒を膝にポンと置き、大きく伸びをされた。
「スヴェンとルーって、よく一緒に居るの?」
思いがけぬ質問を向けられ、一瞬言葉に詰まる。
「なぜですか?」
素知らぬふりで問い返せば、エミール様が肩をぐるぐると回しながら、
「スヴェンからルーの匂いがするから」
と、他愛のない口調でそう仰った。
匂い。そうか、アルファの誘発香か。
私の鼻が感知しない類の匂いだから失念していた。
しかし、うなじを噛まれたオメガはつがい以外の匂いに反応しないのではなかったか。教本で得た知識を探りながら、
「つがいが居ても、感じるものなのですね」
エミール様にそう尋ねると、エミール様はあっさりと頷かれた。
「うん。たとえばさ、スヴェンはケーキの匂いがわかるでしょ」
「はい」
「いい匂いだなぁって思うし、ケーキの焼ける匂いだなってわかる」
「はい」
「でもスヴェンは甘い物がそんなに好きじゃないから、匂いを嗅いでも食べたいなぁとまでは思わない」
私が甘い物が好きではないなんて、そんなことを伝えた記憶はないけれど。
不思議に思ったら、エミール様が。
「何年の付き合いだと思ってるんだよ」
と言ってやさしく笑った。
エミール様のお顔にこの笑みが戻ったことは、なにものにも代えがたいほどの奇跡だ。ふだん神に祈ることはしない私だけれど、思わず神様ありがとうございますと言いたくなった。
「オレにとってルーの匂いは、そういう感じだよ」
逸れかけた私の思考を、エミール様が引き戻した。
なるほど、と私は頷いた。匂いがついてしまっているのなら、私がファルケンと会っていることはごまかしようがない。
「『鷹』とは、たまに手合わせをしていますので」
「……手合わせ」
エミール様がじっと私を見つめてくる。
「それにしては、匂いが濃い気がするけど」
「そうでしょうか?」
「……スヴェンはさ」
「はい」
「ルーのこと、どう思う?」
質問の意図がわからず、私は無言で主の顔を見つめ返した。
「どう、というのは?」
「う~ん……オレはさぁ、ルーがスヴェンのこと、結構好きだと思うんだよね」
「はぁ……」
エミール様の前でファルケンと接する姿など、数えるほどしか見せたことがないような気がするが、いったいこの方はなにを見てそう思ったのだろうか。
「スヴェンも好きだよね。ルーのこと」
「…………」
「だって、ルーにだけちょっと態度が違うもんね」
主の言葉を否定したら、無礼に当たるだろうか? どう返すべきか脳内で検討したけれど、結局「はぁ」と曖昧な相槌しか出てこなかった。
エミール様がふふっと小さく笑った。
「ちょっと、妬ける」
エミール様からしたら、私のようなベータとファルケンが仲睦まじい(?)となるとやはり面白くないのかもしれない。そう考えた私の耳に、
「オレも、もっとスヴェンと仲良くなりたい」
と聞こえてきたから驚いた。
「スヴェンはまだちょっとオレに遠慮してるでしょ」
「それは……」
遠慮というよりは、立場の違いだ。この方はクラウス様の伴侶で、私の主。そして私は『狼』で……。
「オレはスヴェンのこと、友達だと思ってるよ」
飾り気のない言葉で、エミール様はそう仰った。
私は思わず目を丸くした。
「……友達……」
「そう。オレ、スヴェンが居て良かったって、いつも思ってるから。スヴェンにも、そう思ってもらえるように頑張りたい」
「……エミール様は、もう頑張っておられます」
これ以上ないほどに。
エミール様はもう頑張っておられる。
「オレ、スヴェンに魂寄りの実をもらったこと、一生忘れない。すごく嬉しかったから」
「エミール様……」
「だからスヴェンにも、なにかお返しがしたいってずっと思ってた」
エミール様が、膝の上の帽子(になりかけの毛糸)をそっと撫でた。
「エミール様、私はもう、返してもらってますよ」
この方に、この世のありったけのさいわいをあげたい。そう思ったあの日から、エミール様の笑顔が私の喜びだ。この方の笑みが曇ることのないように。それは私と……ファルケンの共通した願いでもある。
エミール様が不思議そうに小首を傾げた。
「そう? そんな覚えはないけど」
「あなたが嬉しいと、私も嬉しい。だからこれからも、クラウス様と仲良くなさってくださいね」
私が頭を下げると、エミール様が飴色の目をやわらかく撓めた。
それからなにかを思いつかれたかのように、くるり、と瞳を動かして。
「スヴェンが友達になってくれたら、オレはもっと嬉しいんだけど」
と仰った。
エミール様はやはり変わった御方だ。『狼』にそんなことを言ったのは、後にも先にもこの方だけだろう。
「私はあなたの侍従ですよ」
「侍従でも『狼』でも、友達を作ったらいけないって決まりはないだろ」
エミール様が唇を尖らせる。
やっぱりダメかな、とかなしそうに眉を寄せられては、私の返事などひとつしか残らなかった。
「……わかりました」
「スヴェン!」
そのときのエミール様の、晴れやかな顔ときたら。
ここのクラウス様が居たら、私は褒美として巨万の富を与えられたに違いない。
そう思うぐらい、明るい笑顔だった。
エミール様があんまり喜ばれるから、私は柄にもなく調子に乗ってしまった。
「では、友達のエミール様に、とっておきの秘密を教えます」
つい、そんなことを口走って……期待に満ち満ちたエミール様へと、そっと耳打ちをした。
エミール様が限界まで両目を見開き……唖然と口を開いて……それから恐る恐る、
「本当に?」
と問い返してくる。
「内緒ですよ」
人差し指を唇の前に立てて私はそう言った。
エミール様はこくこくと幾度も頷かれ……。
「全然知らなかった……そうなんだ……」
と、ぶつぶつ呟かれていた。
昼休憩をとっていた私の部屋にファルケンが怒鳴り込んできたのは、それからすぐのことだった。
「スヴェン!! この馬鹿っ!」
「馬鹿とはなんです」
「くそっ! エルにしゃべったろ! 俺たちのこと!」
確かに言った。だけど俺たちのことと言われるほどのことは言ってない。
「私はただ、私からあなたの匂いがするとエミール様に指摘されたので、あなたに中出しされたせいです、と御教えしただけですが」
「くっっっっそ!!!!」
ファルケンが自身の短い黒髪をぐしゃぐしゃに掻きまわした。
地団駄を踏む勢いで憤慨している男の姿に、私は、やはり彼はエミール様のことを愛しているのではないかと思った。
私などを抱いていると、エミール様に知られたくなかったのだ。
それなら申し訳ないことをしてしまった。
だけど予め口止めをしなかったファルケン自身の責任でもある。
……謝ったほうがいいだろうか? 束の間逡巡していると、ファルケンが。
「二度とエルに余計なこと言うなよ」
と命令してきた。
私はカチンときて眉を吊り上げた。
「あなたの命令を聞く義理はありませんので」
「……スヴェン、頼むから」
「そんなにエミール様に知られたくなかったのなら、始めから私など抱かなければ良かったのに」
思った以上に険のある声になってしまった。
でもいまさら謝るのも癪で、ファルケンから顔を背ける。
「待て」
肩を掴まれて、強引に振り向かされた。
「アンタ、なにか勘違いしてるな」
「なにもしてませんが」
「俺が好きなのはアンタだ。エルじゃない」
「私はなにも言ってません」
「悪かった。アンタを不安にさせたいんじゃないんだ」
金茶の隻眼の、あまりの真摯な色合いに毒気を抜かれて、私は返す言葉に詰まってしまった。
不安? 私が? べつになにも不安じゃない。
ファルケンが誰を愛そうが私には関係ない。
「私は……べつに……っ」
言いかけた言葉は、ファルケンの唇で遮られた。突然の口づけに、反射的に目を閉じる。
私は『狼』なのに……こんな、無防備に両目を閉じてしまって……これではなにかが起きたときにすぐに反応できない。それなのに、ファルケンとキスをするとき、瞼を下ろすこと、もうこれが癖になってしまっている。
下唇を愛撫のように軽く噛まれた。
「スヴェン、アンタを愛してる。エルじゃなくて、アンタを」
私は、いったいどういう顔でその言葉を聞けばいいのだろう。
愛してる、だなんて。
「……でも、エミール様に言ってはいけないんですよね」
どう応じればいいのかわからず、苦し紛れにそう返したら、ファルケンが。
「恥ずかしいんだよ馬鹿っ!」
と、突然叫んだ。
ふだんはクールな印象の顔を真っ赤にして、隻眼を情けなく歪めたファルケンが、くっそ、とまた俗語を吐く。
「俺はそういうのを家族に知られるのは嫌なんだよ! エルが好きとかそんなんじゃなく、ただ単に恥ずかしいの! わかるか!?」
凄まじい剣幕でまくしたてられて、指まで突き付けられて、私はポカンとしてしまう。
誰だこれは。
片頬で人を食ったような笑みを見せる、いつものファルケンとは全然違っている。
見ている内になんだかおかしくなってきて、私はつい、ふきだしてしまった。
「ふっ、くくっ……あなた、ようやく年下らしくなりましたね」
「はぁ?」
「いまのあなたは悪くない。可愛いですよ」
笑いながらファルケンの頭を撫でてやったら、ファルケンがなんとも言えぬ表情で鼻すじにしわを作った。
「可愛いのはどっちだよ」
そんなつぶやきが聞こえ、またキスをされた。
この男の言うことは、やっぱり私にはよくわからない。
でも不快ではないので、私は年下の男に好きにさせておいた。
その後エミール様が、
「最近、ルーがオレに会ってくれなくなったんだよ」
と私にぼやいてきたけれど、それはエミール様がニヤニヤと笑いながらファルケンに、私とのことを根ほり葉ほり聞いているからである。
それをエミール様に説明しようかと思ったが、恥ずかしがるファルケンが思いのほか可愛げがあったので、私はしばらく黙っていようと決めたのだった。
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