騎士は愛を束ね、運命のオメガへと跪く

夕凪

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(番外編)アルファとオメガとベータのお話

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 テーブルの上には様々な具材の詰まったサンドイッチが次々に錬成されてゆく。
 性格なのだろうか。リヒトの作ったものは具材が中央に集まって、端の方は申し訳程度に入っているだけだが、エミールの作ったものは大胆に具材がはみ出していた。

 このひとは顔に似合わず不器用で大雑把なんだよな、とスヴェンは思った。
 昔からそうだが、エミールは繊細で触れなば落ちんという風情を醸し出しているのに、こういう作業をさせると実に大雑把だ。裁縫はともかく料理はできないわけではないのに、材料の切り方も味付けも適当に大胆に行うので、こんな豪快な料理を本当にこのオメガが作ったのか? とギャップに驚くほどだった。

 しかしその落差すらも、この主の魅力となっている。
 エミールはリヒトのことを可愛い可愛いと評するが、スヴェンからしたらエミールも充分に可愛かった。

「お、美味しそうなものができているな」

 そんな声とともに、クラウスが中庭へと出てきた。その後ろからユリウスも現れる。

「すごい! リヒトが作ったの?」

 ユリウスはテーブルを確認するなり、甘い声を聞かせた。
 リヒトがパッと顔を上げ、
「ユーリ様!」
 と満面の笑顔になる。

「ぜんぶスヴェンさんたちが用意してくれて、テオさんが作り方を教えてくれたんです。僕は、パンに挟んだだけで……」
「とてもきれいに挟めてるよ、僕のオメガ。ほら見てごらん。パンのふちも汚れてない。きみがきれいに作ってくれたから、食べやすそうだ」

 キラキラしい笑みと一緒にユリウスが惜しみない賛辞をリヒトに与えている。
 サンドイッチひとつでここまで褒めてもらえるのか、とスヴェンはすこし呆気にとられたが、テオバルドは慣れているのか動じた様子もなく、まだチマチマと手を動かしていた。

「こっちはおまえか」

 エミールの隣に立ったクラウスが、中身が豪快にはみ出したパンを指さして尋ねる。

「すみませんね、がさつで」
「いや。おまえらしくていい。私たちが野営で作る料理も、こんな感じだ」
「……褒めてます?」

 エミールが半眼になった。クラウスが唇の端で笑って、エミールの目元へと口づけた。
 あっちもこっちもお熱いことだな、とスヴェンは主たちのラブシーンを見ないふりでテーブルの上を整頓していった。

 紙ナフキンをうつくしく配した大皿を置き、まずはそこに丸パンのサンドイッチを並べてゆく。
 そして次は正方形の食パンのサンドイッチだ。

「さぁ、最後の仕上げをしていただきますよ」

 スヴェンは二度てのひらを打ち鳴らし、つがいと会話をしている二人のオメガの注意を引き戻した。

「仕上げ?」

 エミールが首を傾げた。

「このままでは食べにくいので、二つに切っていただきます」

 スヴェンの返事にピクっと反応したのはユリウスだった。

「パン切り包丁は、」
「ユーリ。まぁ待て」

 身を乗り出しかけた弟をクラウスが宥めながら、大丈夫だろうなと蒼い瞳をこちらへ向けてきた。スヴェンはそれに頷き、
「リヒト様、お手を」
 と言った。

 素直なオメガはなんの躊躇もなく、両のてのひらを上に向けて、スヴェンへと差し出してきた。こんなに警戒心がなくて大丈夫だろうか? とすこし心配になったが、リヒトの代わりにユリウスがしっかり目を光らせているから大丈夫なのだろう。

 スヴェンはリヒトのてのひらに、細く長いものを一本乗せた。
 リヒトが長い睫毛をそよがせて、まばたきをした。彼の手元を覗き込んだユリウスも、不思議そうに首を傾げる。

「これは……糸?」
「左様にございます」

 ユリウスの問いかけに、スヴェンはゆっくりと首肯した。
 ほぅ、とクラウスが片眉を上げる。

「なるほどな。それならば危なくない」

 誰よりも早く理解を示した騎士団長に目礼を返して、スヴェンはエミールにも白い糸を渡した。端をつまんで目の高さまでそれを掲げたエミールが、
「これをどうするって?」
 と説明を求めてきた。

「その糸で、パンを切るんです」
「……糸で?」

 こんなもので切れるのか、とエミールが疑いの眼差しを向けてくる。
 スヴェンは糸を両手でピンと張り、エミールとリヒトがこちらを見ていることを確かめてから、それをテーブルの上に置いた。
 そしてエミール作の分厚く豪快なサンドイッチを糸の上に乗せる。

 ここからどうするのだろう、と二人のオメガが興味津々な視線を送ってくる。
 スヴェンは糸の両端を持ち、パンの上で交差させた。

「このまま引くだけです」

 そう言いながら、スヴェンは交差させた糸を左右に引っ張った。

「わぁ……!」
「うわっ! 本当に切れた……」

 リヒトとエミールが両目を丸くして、きれいに二分されたパンに歓声を上げた。

「細い糸はものによっては下手な包丁より切れますよ。暗器としても使えます」
「暗器!」

 王弟殿下のつがいというやんごとない身分なのになぜか格闘術を習うのが好きなエミールが、瞳を輝かせた。反比例するようにユリウスが双眸をスッと細め、
「僕のつがいに物騒な言葉を聞かせるな」
 と冷えた声を発した。しかしリヒトが、
「ユーリ様、すごいです! 糸でパンが切れました!」
 ユリウスを振り仰いで興奮した口調で報告すると、すぐに表情を甘く蕩けたものへと変化させ、リヒトの頭をやさしい手つきで撫でていた。

「ふつうの糸なのにすごいですね」

 摘まんだ糸をしげしげと眺めながらつぶやいたエミールを、クラウスが弟に勝るとも劣らない甘い顔つきで見つめている。
 アルファという生き物をなんだかすごい。それともこれはアルファだからではなく、ミュラー家の血がなせる業なのか。おのれのオメガに対する執着がすごい。

 ファルケンはここまでではないな、とスヴェンは二人のアルファを目の前にして、改めて感じた。

 ファルケンはミュラー家の兄弟のように、独占欲をむき出しにしたりはしない。スヴェンがオメガであったなら、あるいはファルケンもクラウスたちのようになったのか。

 スヴェンはフッと息を吐くことで気持を切り替えた。

 エミールとリヒトがいそいそとスヴェンを真似てサンドイッチのカットを始めた。いつの間にかクラウスやユリウスも参加していた。ひとつ切るたびに歓声やら賛辞やらが飛び交い、中庭は明るく賑やかな空気で満たされた。

 玉子サンドやハムサンド、フルーツサンドなど、切り口も鮮やかな色とりどりのサンドイッチがところ狭しとお皿に並んでいる。
 しかし、この日一番の歓声が与えられたのは、このサンドイッチに対してではなかった。

 ひとりでなにやらゴソゴソと作業していたテオバルドが、サンドイッチがすべて出来上がった段で満を持して、
「リヒト様、これもお皿に飾ってください」
 と差し出してきたのは……。

「わぁっ! わぁっ、ユーリ様っ! わぁっ! 見てください! こびとです!!」

 喜色満面になったリヒトがピョンピョンと飛び跳ねる。その横でエミールが目を瞠り、
「うわ。手先が器用だとは知ってましたが……引くぐらいすごいですね」
 と称賛なのかなんなのかよくわからない言葉を口走った。

 確かにすごい。どこから見てもこびとである。スヴェンも素直に感心した。

 うずらの卵で作った顔に、ミニトマトの丸く赤い帽子。キュウリで作った体には、ハムや薄焼き卵でできた服まで来ている。
 リヒトは「わぁ」を連発して、こびとをそうっとてのひらに乗せてもらっていた。

「エミール様、見てください! 可愛いです!」
「ああっ! 天使っ!」

 こびとを見せてきたリヒトに、辛抱たまらんとばかりにエミールが両手で顔を覆って叫んだ。
 たしかに可愛い。可愛い、が……。

 スヴェンはそろりと視線をユリウスへ流した。
 案の定麗しのユリウス・ドリッテ・ミュラーが氷点下の眼差しでおのれの侍従を射殺そうとしている。

「テオ、おまえ、リヒトの機嫌を取ってなにが狙いだ」

 こびとに夢中になっているリヒトの背後で、ユリウスがテオバルドの胸倉を掴んでささやいた。

「なっ、ちがっ、ちがいますよぉぉぉぉ! 俺は、リヒト様が喜ぶかなって、」
「この僕の前でリヒトを口説こうとするなんて、いい度胸だな、テオ?」
「だから違うって!!」

 テオバルドが悲愴な顔つきで首をぶんぶんと横へ振った。

 ユリウスの目の前でこんなことをすれば機嫌を損ねるだろうことはスヴェンですらわかったのに、テオバルドは意外と頭が悪いのだな、とスヴェンはしみじみと思いながらリヒト用のお皿にテオバルド作のこびとを飾り付けていった。

 よその家の騒動は、所詮は他人事。
 スヴェンとしてはエミールが楽しいならばそれでいいのだった。
 
 
 
 中庭での賑やかなランチを終えて、
「そろそろおいとましようか、リヒト」
 というユリウスのその言葉で昼食会はお開きとなった。

 馬車を呼び、ユリウスとリヒトを見送るべく門まで出たスヴェンは、ふと思い立ってユリウスへと話しかけた。

「殿下。失礼ながら、すこしよろしいでしょうか」

 ユリウスが足を止め、スヴェンを見下ろしてくる。
 リヒトはエミールとおしゃべりの最中だ。それをチラと確認して、スヴェンは頭を下げた。

「折り入って、お願いが」

 ユリウスが軽く眉を顰めた。
 兄上の侍従が僕に? と声にしない疑問が聞こえた気がして、スヴェンは早口に用件を伝えた。

 ユリウスは怪訝な顔をしつつも、
「まぁそんなものでいいなら、好きにするといいよ」
 と了承してくれたのだった。
      




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