騎士は愛を束ね、運命のオメガへと跪く

夕凪

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(番外編)アルファとオメガとベータのお話

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 スヴェンは泣いていなかった。笑いで肩を震わせていた。
 ファルケンは唖然と笑う彼を見つめた。

「……スヴェン……?」
「あなた、ベータの私相手でも、そんなに怒るんですね」
「は? なに? なんの話だ?」
「ユリウス殿下の、匂いです」 
「そうだ。なにをされた」
「なにもされてませんよ」
「なにもなくて匂いがそんなに移るわけがないだろ」
「私はなにも感じませんが……そんなに匂いますか?」

 スヴェンが自身の腕に鼻を近づけて、くんと匂いを嗅いだ。ベータの鼻には感知できない類の匂いだ。しかしファルケンにはくっきりとわかる。

「あのガキを庇ってるのか。クラウス様の弟だから」
「なに言ってるんですか。不敬罪ですよ」

 一国の王弟殿下をクソガキ呼ばわりなんて、と肩を竦めたスヴェンが、ファルケンと視線を合わせて「すみません」と口にした。

「すみませんでした。試すような真似をして」
「……試す?」

 なにを試されたのかわからず、ファルケンは首を捻った。眼帯に覆われた右頬に、スヴェンのてのひらが押し当てられた。

「ユリウス殿下の上着をお借りして、着ただけです。誓って、それ以上のことはありません」
「殿下の上着? なんでアンタが?」
「それは……」

 スヴェンが珍しく言いよどんだ。
 薄い唇が引き結ばれ、やがてほどけた。

「リヒト様に匂いがついたという理由で、ユリウス様があなたに怒っていると聞いて……ベータの私相手でも、あなたは匂いを気にするだろうかと……」
「俺がアンタについた匂いに気づいて、怒るかどうか試したってことか?」
「……申し訳ありません」
「なんだよそれ」
「っ……申し訳、」

「可愛すぎるだろっ!」

 くそっ! とつぶやいて、ファルケンはスヴェンを抱きしめた。

 なんだこの可愛い生き物は。これで年上なのか。

 スヴェンは目を丸くしていた。試されて、ファルケンが怒るとでも思ったのか。スヴェンは全然わかっていない。つがいのためなら、アルファはどこまでも尽くせるのだ。アルファの愛を軽く見るなよ、とファルケンは薄い唇に噛みつくようなキスをした。

「くそ、ダメだ、気が散る」

 チッと舌打ちをして、ファルケンは自身の上着を脱いだ。ファルケンの身の丈に合わせた長衣はスヴェンをすっぽりと包める大きさだ。それを彼のしなやかな肢体に巻き付けて、ユリウスの匂いを覆い隠す。そうしてからあらためて腕の中にスヴェンを閉じ込めた。

 切れ長の琥珀色の瞳がこちらを見上げている。すこし決まりが悪そうな彼の表情に、ファルケンは唇の端だけで笑って問いかけた。

「スヴェン。俺はアンタを不安にさせたか?」

 違います、と即座に返ってきた。

「私は、ただ……」

 ただ、に続く言葉を探すように、視線が動いた。ファルケンは無言で彼の答えを待った。

「……アルファと、オメガの間で生まれるような、つながりが……私とあなたの間にも、あるのだろうかと……つまり、」
「つまり、俺が嫉妬するかどうか試した?」

 言いにくそうに歯切れ悪く伝えてくるスヴェンの語尾に、問いをかぶせたら、スヴェンがひどく困ったように眉を寄せた。

「……そう、なりますか?」

 おずおずと尋ねられ、ファルケンはこらえきれずにふきだした。スヴェンは相変わらず、自分の感情に鈍感だ。
 彼の腰を引き寄せ、ひたいをこつんと合わせる。

「正直、めちゃくちゃ嫉妬した。アンタに他のアルファの匂いがついてるのがものすごく不愉快だ。いますぐ風呂に入れたいぐらいに」
「でもあなた、これまで一度もそんなこと言わなかったじゃないですか」

 これまで? そんなことがあっただろうか。
 ファルケンが片眉を上げると、スヴェンが、
「クラウス様です」
 と付け足してきた。

「ユリウス殿下は、クラウス様の匂いですらリヒト様につくことを嫌がると伺ってます。でもあなたはいつも平気そうだった。だから、オメガでない私についた匂いなど、あなたには取るに足らないものなのかと……」
「アンタなぁ……」

 ファルケンは低く唸りながら、大きなため息を吐き出した。

「俺がいちいちクラウス様の匂いを気にして、クラウス様に絶対に近づくなとか言い出したら困るのは誰だよ」
「…………」
「困るっていうか、怒るだろ、アンタは」
「…………」
「独占欲剥きだしにしていいなら、いつでもするけど」

 スヴェンの目が、すこし揺らいだ。

「俺がいつもどれだけ我慢してると思ってるんだよ、アンタは」
「我慢、してるんですか?」
「してる。当然だろ」

 アルファの独占欲を舐めるな、とささやいて、もう一度唇を啄んだ。
 スヴェンが反射のように目を閉じた。閉ざされた瞼から、スヴェンが自分に気をゆるしていることが伝わってくる。『狼』が無防備に、自分の腕の中に居るのだ。そのことがどれほどの喜びをファルケンに与えてくるか、スヴェンには想像も及ばないことだろう。

「ところで、本当にユリウス殿下の上着を借りただけなのか?」
「なにを疑ってるんですか」
「いや。けっこうべったりついてるから、上着を着ただけでここまでつくか?」
「……袖を通すだけではあまりつかないかと思い、肌に直接こすりつけました」
「は?」
「殿下の上着は、きちんと洗浄して返却しますので、汚くはないと、」
「アンタなぁぁぁぁ」

 腹の奥から声を振り絞って、ファルケンはスヴェンの肩口に頭を預けるようにもたれかかった。

「俺が妬くからもう二度とやんないで」

 そう、ベータの男に縋りついたら、スヴェンの目が真ん丸になった。

「どうしたんです。そんな、年下ぶったふりをして」
「実際アンタより二つも年下だろ」
「相変わらず生意気ですけどね」

 スヴェンの指が、ファルケンの眼帯のふちにかかった。ゆっくりと持ち上げられ、傷のある右目が空気に触れた。そこにぬくもりのある感触がぶつかる。スヴェンの唇だ。

「でも、今日のあなたは可愛いですね」
「年下だからな」
「ふっ……あははっ。ユリウス殿下をクソガキ呼ばわりして怒っていたのも、子どもみたいで可愛かったです」
「子どもはこんなことしないだろ」

 ファルケンが親指の腹でスヴェンの薄い唇を撫で、顔を寄せて口づけをしたら、スヴェンがまた笑う気配がした。

「こんな中年に、よくそんな気持ちになりますね」
「アンタはいくつになってもきれいだよ」
「ベータの男なのに?」

「ベータの男でも、俺のつがいだ」

 きっぱりと断言すると、スヴェンの目がくすぐったそうに細まった。
 今日はずいぶんと表情がある。彼が笑っているだけで、ファルケンはおのれが満たされるのを感じた。

 アルファでも、ベータでも、オメガでも。
 愛するひとが隣に居るというのはいいことだ。

 ファルケンは自分の匂いを上書きするべく、スヴェンをソファへと押し倒したのだった。   
  
 

 


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