王妃はただ、殺されないことを願う

柴田はつみ

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第6章:禁じられた文献

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翌日の深夜。王宮全体が眠りに沈む頃、リリアナは再び禁書庫の迷宮へ足を踏み入れた。
 手にしているのは、昨夜よりも明るい携帯用の油ランプ。小さな炎が淡く揺れ、古い石壁と書架を不気味に照らし出す。

 昨日見つけた先代王妃の手記に記されていた――
 「呪いではなく、毒素」
その言葉に導かれ、リリアナは関連する古文書を必死に探し続けた。

 昼間の彼女は、完璧な「仮面の王妃」として振る舞わなければならない。
 だが、夜だけは違う。夜だけが、彼女が運命と戦うための唯一の時間だった。

 ページを繰る指先に集中しながらも、ときおり書架の陰から視線を感じる錯覚に襲われる。
 アレス王の監視か、宰相ヴァイスの密偵か――。
 だが、どれほど危険でも、半年後に訪れる「死」を避けるためには、ここで立ち止まるわけにはいかなかった。

 数時間が過ぎた頃。
 埃をかぶった一冊の小さな革装丁の書物が、リリアナの指先に触れた。表紙には何も記されていないが、その革の質感は、昨日読んだ先代王妃の手記と同じだった。

 震える手で開くと、中はすべて緻密な観察記録。
 個人的な題名として、こう記されていた。



『青い病の研究ノート』


• 症状の一致

 体調不良、特定の部屋でのめまい・吐き気、皮膚の青みがかった斑点。
 これらは隣国の山岳地帯に自生する**藍晶石(らんしょうせき)**の粉末による中毒症状と完全に一致。

• 藍晶石の本来の用途

 飾り石として流通しているが、真の価値は高熱に耐える特殊武器の素材であり、隣国が極秘に開発している軍事資源。

• 先代王妃の結論

「呪い」という迷信は、王妃が藍晶石の存在を公にしないよう、隣国が仕組んだ“偽装工作”であり、歴代王妃が処断されてきたのは、
王家の弱点を隠すための“口封じ”ではないか。

 ――恐ろしい仮説が、そこには記されていた。

 この文献は、「呪い」が迷信ではなく政治的陰謀である決定的証拠だった。


 リリアナの胸に、ひどく矛盾した感情が生まれた。

(アレス様は、私を憎んで殺したのではない……)

 一度目の人生で彼が流した涙。
 処断直前の「許してくれ」という叫び。
 あの苦悩は、愛ゆえでも憎しみゆえでもなく――。

 偽りの呪いに追い詰められた王の、極限の絶望から生まれたものだった。

 憎しみは霧のように消え、代わりに、胸の奥で新たな使命が燃える。

(アレス様を救う。
 そしてこの国を覆う偽りを暴く――それが、私の戦う理由。)

 リリアナは素早く『青い病の研究ノート』をローブの内側に隠した。
 これは、ヴァイス、そして隣国と対峙するための切り札となる。

 だが同時に、危険も増す。

(この本が棚から消えたと気づかれれば、私が真実に近づいている証左となってしまう。)

 そこでリリアナは、隣の書架から似た構成の古文書――民間療法をまとめた無害な冊子を取り出し、その表紙を丁寧に剥がすと、巧妙に入れ替えた。

 外見だけは、ただ古びた医学書が移動されたようにしか見えない。

 ランプの油が残り少なくなる頃、リリアナは足音を忍ばせて禁書庫を後にした。

 その足取りは、もはや「王妃」のそれではない。
 真実を握る者として革命を起こす者の、静かで揺るぎない歩みだった。

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