『すり替えられた婚約、薔薇園の告白

柴田はつみ

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第三十九章「公爵の怒り(カルロス × 伝令の後)」

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 ヴァレンタイン邸からの伝令が
 公爵邸の門をくぐったのは、
 夕陽が地平を染め始めた頃だった。

 迎えの侍従が案内すると、
 カルロスは書斎で報告書を閉じ、
 顔を上げた。

「……号外か」

「はい、閣下。
 “ヴァレンタイン嬢の縁談”が
 王都中で語られております」

 侍従が差し出した紙を受け取ると、
 カルロスの指がわずかに硬く震えた。

《公爵家後継者、近衛騎士との縁談》
《寄り添う影》
《慈善夜会での密やかな姿》

 活字の列が、
 皮膚を刺すように並んでいた。

(……影。
 映り込みだ。
 あれが、あの夜会の“影”だというのか)

 紙を握る手に力が入り、
 皺が深く刻まれた。

「シャーロットは、どうしている」

「……泣いておられたと」

 その瞬間、
 カルロスの瞳に落ちた影が揺らいだ。



「――馬を用意しろ」

 カルロスの声は低かった。
 怒鳴りはしない。
 そんな必要はない。

 怒りが“底に沈んでいる”声だった。

「すぐに、伯爵家に向かう」

「閣下……王家からの確認が――」

「王家の前に、まず私だ」

 書類を机に叩きつける。
 その音だけが、怒りのすべてだった。

「……私の知らぬところで、
 あの子に“花嫁の影”を背負わせるなど――許さない」

 侍従たちが息を呑む。

(初めてだ……
 閣下がここまで感情を見せるのは)



 カルロスは外套を羽織ると、
 廊下を真っ直ぐに歩いた。
 足取りはまるで剣を抜いた騎士のよう。

 だが侍従長が進路に立ちはだかった。

「……閣下。
 伯爵家が噂を流した確証はございません。
 こちらから踏み込むのは――」

「確証?」

 カルロスは静かに笑った。
 その笑みは、あまりにも冷たかった。

「――シャーロットが泣いていた。
 それが“確証”では足りないか」

 侍従長は、一歩も言葉が返せなかった。



 玄関前では、
 黒毛の馬が既に曳かれていた。

「カルロス様!」

 声を上げたのは、
 近衛騎士クリスだった。

「私も同行します。
 王家の命を受けています」

「……君も噂の渦中だ。
 巻き込みたくない」

「巻き込まれています。
 だったら――
 “守るほう”に立つべきです」

 カルロスは一瞬、
 クリスの瞳を見る。

 そこには澄んだ決意だけがあった。

「……来い」



 馬が走り出す。

 夕陽を切り裂くように、
 公爵と騎士は伯爵家へと向かった。

 風が強く、
 外套が大きくはためく。

(なぜ……
 なぜ、あの子が泣かねばならない)

 胸の奥が焼けるように痛んだ。

(守ると決めたのに。
 伝えられなかっただけなのに。
 どうして私は――
 沈黙に逃げてきたのだ)

 馬の速度が上がる。

 伯爵邸の白壁が遠方に見えた頃、
 カルロスは息を吐き、
 小さく呟いた。

「――泣くな、シャーロット」

 その声には、
 怒りではなく、
 痛いほどの愛情がにじんでいた。

(私が行く。
 必ず――取り戻す)

 馬の蹄の響きが、
 王都の石畳に強く刻まれてい。
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