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第28章「揺らぐ証言」
しおりを挟む王宮の朝は白い霧に包まれていた。
だが、その静けさとは裏腹に、廷臣たちの間では新たな噂が広がっていた。
「殿下は、あの戦で退却命令を出さなかったそうだ」
「無謀な命令で兵を犠牲にし、自らだけが生還した……」
それは単なる囁きではなく、まるで“証言”として語られていた。
セレーネは控えの間で侍女たちの噂を耳にした。
「書き付けを見た者がいるそうですわ」
「殿下自ら署名した命令書……」
セレーネの心臓が痛みで跳ねた。
——それは殿下が告白した罪。
彼自身が背負ってきた事実。
だが、なぜ今、こうも具体的に広がっているのか。
背後に誰かがいるのは明らかだった。
その頃、王宮の奥。
イリスは宰相派の廷臣と密やかに言葉を交わしていた。
「よくやった、侍女長殿」
「私の役目はただ、事実を広めただけですわ」
イリスの瞳は冷たく輝いていた。
「殿下が兵を犠牲にした記録は確かに残っております。
妃殿下の周囲でそれを囁けば、彼女の心は揺らぐでしょう」
廷臣は満足げに頷いた。
「伯爵家の再興も、遠い話ではあるまい」
その言葉に、イリスの胸に甘美な火が宿った。
——これが私の道。妃殿下の影として生きるのではなく、伯爵家を再び輝かせる道。
一方、セレーネは大広間で開かれた会議に臨んでいた。
廷臣の一人が声高に言い放つ。
「殿下の罪はもはや囁きではなく事実です! 証言も記録もある!」
別の者も続ける。
「王座に就かせては国が乱れる!」
重苦しい空気が広がる中、セレーネは必死に声を上げた。
「殿下は罪を認めておられます! ですが、その罪を背負ってなお国を守り続けてこられたのです!」
廷臣たちはざわめき、誰も彼女の言葉に耳を傾けようとしない。
孤独な戦い。
その孤独を背後から見つめるイリスの瞳が、愉悦に光っていた。
会議の後。
回廊でレオニスに駆け寄ったセレーネは問いかけた。
「殿下……なぜ反論なさらないのですか? 証言が、記録が……!」
彼は足を止め、低い声で答えた。
「それが事実だからだ」
「ですが……!」
「俺は過去を消す気はない。罪を背負ってこそ未来に立てる」
その言葉に、セレーネは涙をにじませた。
——ならば、私はどう殿下を守ればいいのだろう。
夜。
イリスは一人、控えの間で鏡に向かっていた。
「妃殿下は気高い……。だが気高さは脆さにもなる」
彼女は鏡の中の自分に囁きかける。
「私は侍女長で終わらない。伯爵家の娘として、必ず名を取り戻す」
その目に浮かぶのは、忠誠ではなく、野心の炎だった。
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