心配するな、俺の本命は別にいる——冷酷王太子と籠の花嫁

柴田はつみ

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第27章「影の告発」

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 宮廷の廊下に、冷たい囁きが流れ始めた。
 「……あの戦で、殿下は兵を犠牲にしたのだ」
 「いや、王国を守るためだったと聞く」
 「だが事実は変わらぬ。あの罪を隠して王座に就くつもりか……?」

 光あふれるはずの王宮に、疑念という影が広がっていく。
 それは誰が火をつけたとも分からぬ噂だったが、確実に人々の心を侵食していた。



 セレーネは王妃候補としての務めに追われる中、周囲の空気が変わり始めているのを敏感に感じ取っていた。
 侍女たちが控えの間で交わす会話も、どこか刺のあるものへと変わっていた。

 「殿下は冷酷なお方……」
 「妃殿下も、いずれその冷たさに耐えられなくなるのでは」

 セレーネが振り向いた瞬間、侍女たちは慌てて沈黙した。
 しかしその背後で、侍女長イリスの瞳が冷ややかに光った。



 イリスは人前では忠実な侍女の顔を崩さない。
 だが心の奥では、別の思いが渦巻いていた。

 ——私は没落した伯爵家の娘。
 表向きは仕える身であっても、血筋の誇りを失った覚えはない。
 妃殿下に傅くたび、心の奥に屈辱が染み込む。

 「清らかなお方ね、妃殿下……。
 けれど、清らかさだけで王宮に立てると思わないで」

 彼女は侍女仲間に巧みに噂を流す。
 「殿下は罪を抱えているのですって。もしそれが公になれば……」
 小さな種は瞬く間に根を張り、宮廷全体に広がっていった。



 その頃、大広間では廷臣たちの議論が紛糾していた。
 「殿下の罪は事実であろう!」
 「しかし、あの戦で国が救われたのも事実だ!」

 重苦しい空気の中、老将軍が低い声で言い放つ。
 「罪を背負う者に国を託すべきか……それが問われておるのだ」

 その言葉に、広間全体が凍りついた。
 セレーネは思わず拳を握りしめる。

 ——殿下は、一人で罪を背負い続けている。
 なのに今、彼を信じる声はあまりに少ない。



 会議を終え、レオニスは静かな回廊を歩いていた。
 セレーネは意を決して声をかける。
 「殿下……罪を囁かれていること、ご存じなのですね」

 彼は足を止め、淡々と答えた。
 「知っている。だが、真実を隠す気はない」
 「では……なぜ沈黙を?」

 琥珀の瞳が彼女を見つめる。
 「沈黙は時に剣より強い。真実を叫ぶよりも、俺は生き方で示す」

 冷徹な言葉に聞こえたが、その瞳の奥には深い孤独が揺れていた。



 一方その夜。
 イリスは誰もいない控えの間で、文を受け取っていた。
 封蝋には、宰相派の紋章が刻まれている。

 「妃殿下を揺さぶれ。噂を絶やすな」
 短い文言に、イリスの唇が冷たい笑みを形作った。

 ——伯爵家を再び輝かせるために。
 私はこの手で、妃殿下を追い詰めてみせる。

 その囁きは、誰にも届かぬ影の中へと溶けていった。
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