『影の夫人とガラスの花嫁』

第47章「影封じの破綻（鍵の心臓の覚醒）」

扉が、
不可能なはずの軋みをあげて開き始めた。

ギ……ッ、ギギ……ッ

魔術師たちの悲鳴が響く。

「結界が……崩れていく！！
　“公爵の力”が結界に干渉している！！」

王妃が叫ぶ。

「止めなさい！
　彼を入れれば——影が彼を殺す！！」

その瞬間。

白百合の間の空気が、
激しく揺らいだ。

影ミレイユが震える声で叫ぶ。

――「いや……いや……！
　　　来ないで……
　　　来たら……わたしは……！」

影の輪郭が崩れ、
薄い煙のように散り始める。

（ミレイユ……
　そんなにカルロス様が怖いの……？
　どうして……？）

シャルロットの胸の奥で、
淡い光が脈打ち始めた。

ドクン……
　ドクン……

（この鼓動……
　わたくしのものなのに……
　わたくしだけのものではない……）

王妃が驚愕する。

「鍵の心臓……！？
　なぜ今、光を発しているの……！」

魔術師が震える声で答える。

「白百合の間が裂け……
　影と公爵の“愛の共鳴”が触れ合い……
　鍵の心臓が覚醒を……！」

影が叫び声をあげた。

――「やめて！！
　　　その心臓は……わたしのものよ！！
　　　わたしが奪うはずのもの！！」

影の腕が伸び、
シャルロットの胸へ迫る。

しかしその瞬間。

シャルロットの胸の光が、
強く、激しく、弾けた。

パァァァァッ！！

影の指先が焼けるように弾かれた。

――「あああッ！！」

シャルロットは震える声で呟く。

「……わたくし……触れられない……？」

王妃が目を見開く。

「影を……“拒んでいる”……！？
　鍵の心臓が……影を拒んでいる……！」

影は怒りと嫉妬で歪んだ瞳を向けた。

――「どうして……
　　　どうしてあなたが光なの……！？
　　　わたしが奪うはずだったのに……！」

白百合の花弁が逆風のように散り、
影が荒れ狂う。

――「シャルロット！！
　　その心臓を……渡しなさい！！
　　わたしを殺すなら……あなたも死ね！！」

そのときだった。

扉の裂け目から、
カルロスの声が響いた。

「シャルロット……！
　　お前は、そこにいるのか——！」

たった一声。
たったそれだけで、
シャルロットの胸の光が再び脈打つ。

ドクン……
　ドクン……！！

影が悲鳴をあげた。

――「やめて！！
　　　彼が呼ぶと……
　　　あなたの心臓が……光る……！
　　　わたしが消える……！！」

シャルロットは息を呑んだ。

（カルロス様の声で……
　わたくしの心臓が……目覚める……？）

王妃も魔術師も、
その異変に恐怖した。

「鍵の心臓は……
　“愛の呼び声”に反応している……！
　影封じの儀式が……このままでは——！」

影が絶叫した。

――「全部壊してやる！！
　　　結界も……儀式も……
　　　あなたの心臓も！！」

白百合の間が揺れ、
天井から光の柱が崩れる。

魔術師が叫ぶ。

「影封じの儀が破綻しました！！
　白百合の間が……耐えられない！！」

しかし
その大混乱の中でも——

シャルロットは
扉の向こうの彼だけを見つめていた。

（カルロス様……
　あなたが来るだけで……
　わたくしは……）

影が取り乱す。

――「あなたの心臓は……！
　　　わたしじゃなくて……
　　　あの人に……！！」

シャルロットの胸の光が
まるで答えるように輝いた。

（わたくしの心臓が選んだのは……
　最初から……ただ一人……）

鍵の心臓が覚醒したのは——
影ではなく、
夫の呼ぶ声のため。

影が泣き叫ぶ。

――「どうしてなのよ！！
　　　どうして……
　　　あなたは……
　　　光になるの……！！」

その瞬間。

扉の結界が完全に砕け、
闇と光が衝突する爆音が響いた。

カルロスの手が、
裂けた扉の隙間に伸びる。

「シャルロット——！！！」

呼ばれた名に、
鍵の心臓は強く強く輝いた。

影封じの儀式は破綻した。
　だがその代わりに——
　“鍵の覚醒”が始まった。