貴方が私を嫌う理由

柴田はつみ

文字の大きさ
15 / 28

第十五章 過去の鍵と、消えない残像

しおりを挟む

リリーは、発見した手紙を元の隠し場所には戻さなかった。
代わりに、カイルが決して立ち入らない自室の、鍵付きの引き出しへと慎重にしまい込む。

彼女の心は、手紙が示していた過去の真実に支配されていた。

――カイルが自分を憎んでいた理由は、
クリスへの嫉妬だけではなかった。

それは、
愛する女性を捨て、財産と立場のためにリリーと結婚したという罪悪感。
そして、その女性の恨みを晴らすための、歪んだ自己処罰。

(……私への冷遇は、
 彼にとっての贖罪だったのね)

(私が不幸であればあるほど、
 彼は救われた……なんて、身勝手な愛の形)

怒りよりも先に、
胸を満たしたのは、底知れない虚しさだった。

長年耐えてきた憎悪は、
自分とクリスの愛とは無関係な、
カイル自身の過去の問題だったのだ。

同時に、リリーは悟る。
この手紙は――
自分が侯爵家から解放されるための、
決定的な鍵になり得る。

もし、これをクリスに見せることができれば。
彼が抱き続けている
「リリーはカイルを愛し、その家を守っている」
という誤解を、打ち砕けるかもしれない。

カイルの憎悪が、
愛ではなく、過去の愛憎と自己満足から来ていると知れば、
クリスは、リリーの孤独の本質を理解するだろう。

だが――
リリーは、すぐには動かなかった。

この手紙を公にすれば、
カイルの過去の醜聞が表に出る。
それは侯爵家だけでなく、
公爵家、そしてクリス自身の未来にも影を落とす。

婚約の準備が進む今、
彼の人生を、再び危険に晒したくはなかった。

リリーは、この切り札を、
**「自らを解放するための、最後の手段」**として、
慎重に温存することを選んだ。



一方、クリス公爵は、
アメリア令嬢との婚約準備を、粛々と進めていた。

二人の婚約は社交界に歓迎され、
公爵家の威信は、かつてないほど高まっている。

アメリアは清らかで、穏やかで、
公爵夫人として申し分のない女性だった。
彼女と語らう時間は、
確かに、心を落ち着かせてくれる。

それでも――
クリスの胸には、拭い去れない違和感が残っていた。

思い出すのは、
リリー夫人との最後のやり取り。
そして、ライラックの印。

(……なぜだ)

(なぜ、愛の証を残しながら、
 彼女は私を拒絶した?)

(本当に、カイルを愛しているのなら……
 なぜ、あんなにも悲しげな目をしていた?)

クリスは、
彼女の完璧な演技の奥に、
何か異常な真実が隠されているのではないかという疑念を、
捨てきれずにいた。

だが、
侯爵邸で目にするカイルの熱狂的な独占と、
それを受け入れるかのようなリリーの献身的な態度は、
その疑念を、何度も押し戻す。

――彼女は、カイルを選んだのだ。

それが、
自分に言い聞かせるしかない、
最も苦しい結論だった。



ある夜会でのこと。

クリスはアメリアと踊りながら、
遠くにいるリリーとカイルの姿を目に留めた。

カイルは、リリーの腰を独占的に抱き寄せ、
耳元で何かを囁いている。
リリーは、完璧な微笑みを浮かべていた。

だが、その微笑みは――
彫像のように冷たく、虚ろだった。

社交界の人々は、
カイルの横暴とも言える愛情表現を、
「深い愛」として受け取っている。

しかし、クリスの目には、
それが愛ではなく、
彼女を支配しようとする執着にしか見えなかった。

それでも、彼は自らに言い聞かせる。

(……もう、私は介入できない)

(彼女が本当に幸せならば、
 それを壊す権利は、私にはない)

(――それが、彼女の選んだ道なのだ)

クリスは、アメリアの柔らかな手の感触に意識を戻そうとする。
だが、
リリーの虚ろな笑顔が、
いつまでも脳裏から離れなかった。

二人の間に築かれた誤解の壁は、
カイルの歪んだ愛情によって、
さらに厚く、強固なものとなっていく。

こうして――
愛し合いながらも、
互いを思いやりながらも。

リリーとクリスは、
それぞれの道を選び、
孤独な未来へと、静かに歩みを進めていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

二年間の花嫁

柴田はつみ
恋愛
名門公爵家との政略結婚――それは、彼にとっても、私にとっても期間限定の約束だった。 公爵アランにはすでに将来を誓い合った女性がいる。私はただ、その日までの“仮の妻”でしかない。 二年後、契約が終われば彼の元を去らなければならないと分かっていた。 それでも構わなかった。 たとえ短い時間でも、ずっと想い続けてきた彼のそばにいられるなら――。 けれど、私の知らないところで、アランは密かに策略を巡らせていた。 この結婚は、ただの義務でも慈悲でもない。 彼にとっても、私を手放すつもりなど初めからなかったのだ。 やがて二人の距離は少しずつ近づき、契約という鎖が、甘く熱い絆へと変わっていく。 期限が迫る中、真実の愛がすべてを覆す。 ――これは、嘘から始まった恋が、永遠へと変わる物語。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

女性として見れない私は、もう不要な様です〜俺の事は忘れて幸せになって欲しい。と言われたのでそうする事にした結果〜

流雲青人
恋愛
子爵令嬢のプレセアは目の前に広がる光景に静かに涙を零した。 偶然にも居合わせてしまったのだ。 学園の裏庭で、婚約者がプレセアの友人へと告白している場面に。 そして後日、婚約者に呼び出され告げられた。 「君を女性として見ることが出来ない」 幼馴染であり、共に過ごして来た時間はとても長い。 その中でどうやら彼はプレセアを友人以上として見れなくなってしまったらしい。 「俺の事は忘れて幸せになって欲しい。君は幸せになるべき人だから」 大切な二人だからこそ、清く身を引いて、大好きな人と友人の恋を応援したい。 そう思っている筈なのに、恋心がその気持ちを邪魔してきて...。 ※ ゆるふわ設定です。 完結しました。

王の影姫は真実を言えない

柴田はつみ
恋愛
社交界で“国王の妾”と陰口を叩かれる謎の公爵夫人リュミエール。彼女は王命により、絶世の美貌を誇る英雄アラン公爵の妻となったが、その結婚は「公爵が哀れ」「妻は汚名の女」と同情と嘲笑の的だった。 けれど真実は――リュミエールは国王シオンの“妾”ではなく、異母妹。王家の血筋を巡る闇と政争から守るため、彼女は真実を口にできない。夫アランにさえ、打ち明ければ彼を巻き込んでしまうから。 一方アランもまた、王命と王宮の思惑の中で彼女を守るため、あえて距離を取り冷たく振る舞う。

沈黙の指輪 ―公爵令嬢の恋慕―

柴田はつみ
恋愛
公爵家の令嬢シャルロッテは、政略結婚で財閥御曹司カリウスと結ばれた。 最初は形式だけの結婚だったが、優しく包み込むような夫の愛情に、彼女の心は次第に解けていく。 しかし、蜜月のあと訪れたのは小さな誤解の連鎖だった。 カリウスの秘書との噂、消えた指輪、隠された手紙――そして「君を幸せにできない」という冷たい言葉。 離婚届の上に、涙が落ちる。 それでもシャルロッテは信じたい。 あの日、薔薇の庭で誓った“永遠”を。 すれ違いと沈黙の夜を越えて、二人の愛はもう一度咲くのだろうか。

陛下を捨てた理由

甘糖むい
恋愛
美しく才能あふれる侯爵令嬢ジェニエルは、幼い頃から王子セオドールの婚約者として約束され、完璧な王妃教育を受けてきた。20歳で結婚した二人だったが、3年経っても子供に恵まれず、彼女には「問題がある」という噂が広がりはじめる始末。 そんな中、セオドールが「オリヴィア」という女性を王宮に連れてきたことで、夫婦の関係は一変し始める。 ※改定、追加や修正を予告なくする場合がございます。ご了承ください。

本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました

音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。 ____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。 だから私は決めている。 この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。 彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。 ……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。

『恋心を凍らせる薬を飲みました』 - 残りの学園生活、どうぞご自由にお遊びください、婚約者様

恋せよ恋
恋愛
愛されることを諦めた。だから、私は心を凍らせた。 不誠実な婚約者・ユリアンの冷遇に耐えかねたヤスミンは、 伝説の魔女の元を訪れ、恋心を消し去る「氷の薬」を飲む。 感情を捨て、完璧な「人形」となった彼女を前に、 ユリアンは初めて己の罪と執着に狂い始める。 「お願いだ、前のように僕を愛して泣いてくれ!」 足元に跪き、涙を流して乞う男に、ヤスミンは冷酷に微笑む。 「愛?……あいにく、そのような無駄な感情は捨てましたわ」 一度凍りついた心は、二度と溶けない。 後悔にのたうち回る男と、心を凍らせた冷徹な公爵夫人の、 終わりのない贖罪の記録。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

処理中です...