貴方が私を嫌う理由

柴田はつみ

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第十九章 教会の影、過去の亡霊との対峙

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舞踏会の翌朝。
王都を覆う深い霧に身を紛らわせ、リリーは質素な灰色の外套を羽織り、侯爵邸を抜け出した。向かう先は、華やかな貴族街とは正反対――下町にひっそりと佇む、古い石造りの教会。

冷え切った礼拝堂の隅に、その女はいた。
かつて歌劇場を熱狂させた美貌の面影を、かろうじて残しながらも、今は枯れ枝のように痩せ衰えた女性――エリアナ。

リリーは震える指で、あの日見つけた一通の手紙を差し出した。

「……これを書いたのは、あなたですね。カイル様に宛てたもの」

エリアナは手紙を一瞥し、乾いた笑いを漏らした。
その声は、かつてのプリマドンナのものとは思えないほど、かすれていた。

「懐かしいわ……。あの男が私を捨て、あなたという“金”を選んだ時の絶望が、まざまざと蘇る」
彼女はリリーを見据え、嘲るように口角を歪める。
「それで? 侯爵夫人様は、何の御用? 哀れな元恋人を笑いに来たのかしら」

リリーはエリアナの前に跪き、真っ直ぐにその瞳を見つめた。

「教えてください。カイル様が隠している、本当の“罪”を」
静かな声で、しかし一語一語に覚悟を込めて続ける。
「彼が私を不幸にすることで贖おうとしているものは……ただの不貞ではないはずです」

その瞬間、エリアナの瞳に、鈍く燃える復讐の火が灯った。
彼女は重い口を開き、十数年前の真実を語り始める。

――当時、財政難に陥っていたカイルは、エリアナの父が管理していた公金に手を付けた。
――その罪を父に着せ、一家を破滅へと追い込み、自らは金を手にした。
――その金で侯爵家の体裁を整え、さらに財産目当てでリリーとの縁談を強引に成立させた。

「愛していた? ええ、確かにあの男は私を愛していたわ」
エリアナは自嘲気味に笑う。
「でもね、野心の前では、その愛も簡単に切り捨てられた」

彼女は、静かに、しかし残酷な真実を突きつけた。

「だからあの男は、“愛していないあなた”を苦しめることで、自分を許そうとしたのよ。
裏切った私への忠義を、歪んだ形で示すために」

エリアナは吐き捨てるように言った。

「あの男の愛は病気よ。欲しいもののために人を壊し、手に入れた後は、自分を正当化するためにその人を呪い続ける……」
そして、冷たく断じる。
「今のあなたへの執着も、愛なんかじゃない。ただの狂った独占欲」

リリーの背筋を、戦慄が走った。
カイルの冷酷さも、歪んだ執着も――すべては彼自身を満足させるための、残酷な儀式だったのだ。

その頃、侯爵邸では、カイルが狂気に染まった形相でリリーの行方を追っていた。

「リリアーヌはどこだ!」
私室を荒らし、書類や私物を床に叩きつけながら叫ぶ。
「また、あの男――クリスの元へ行ったのか!」

彼の思考の中で、リリーの不在はすべて「不貞」と「裏切り」に結びついていた。

やがて、放っていた密偵が戻る。

「夫人を、下町の古い教会で確認しました。ある女性と密会しております」

その報告に、カイルの瞳は暗い喜悦に染まった。

「……そうか。逃げ道を探しているつもりか」
唇を歪め、低く囁く。
「だが無駄だ、リリアーヌ。君は、永遠に私の手の中で――私の罪を背負い続ける」


一方、公爵邸では、クリスがアメリア令嬢との婚礼準備を止めていた。

昨夜、温室で見たリリーの虚ろな瞳が、どうしても脳裏から離れなかった。
彼はついに、自らの誇りや誤解を脇に置き、一つの結論に辿り着く。

(もし彼女が私を拒んでいる理由が、彼女自身の意思ではなく……
カイルに握られた弱みや、自己犠牲による救済だとしたら)

クリスはアメリアに向き合い、沈痛な面持ちで告げた。

「申し訳ない。私は……彼女をあの檻に残したまま、あなたと笑うことはできない」
覚悟を込めて、続ける。
「たとえ憎まれても、私は真実を暴く」

彼は公爵としての権力、そして軍人として築いてきたすべての繋がりを使い、
カイル侯爵の過去を徹底的に洗い直す決意を固めた。

リリーはエリアナから“不正の証拠”を受け取り、解放への一歩を踏み出す。
だが、それを察知したカイルの狂気はさらに加速し、
同時に、クリスもまた――真実の核心へと、確実に近づきつつあった。
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