氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―

柴田はつみ

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第四章:紅蓮(ぐれん)の狩人、あるいは歪んだ守護

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 ヴィオラという“毒”を突き返したエルフレイデを待っていたのは、さらに容赦ない追い打ちだった。
 北塔に幽閉同然となって二週間。彼女の指先は連日の徹夜で白くひび割れ、思考は鋭利な刃のように研ぎ澄まされていた。

「王妃様、またしても陛下より――『新しい側室』が送り込まれました」

 バルトの報告に、エルフレイデの手元で羽ペンがミシリと音を立てる。
 現れたのは、深紅の狩猟服に身を包み、腰に武骨な長剣を帯びた女――カレン。

 彼女は挨拶もなく、まるで土足で踏みにじるように執務机へ歩み寄り、その上へ獲物の野兎を放り出した。

「あんたが新しい王妃か? 陛下から聞いたよ。
『仕事ばかりで女っ気のない、退屈な人形が塔に籠もってる』ってさ。だからアタシが少し“可愛がってやれ”って」

 カレンは野性味のある笑みを浮かべ、剥き出しの剣先でエルフレイデの顎を持ち上げる。

「……無礼です。剣を収めなさい」
「断るね。陛下はアタシのこの“荒っぽさ”がお気に入りなんだ。
 夜も昼も、アタシに組み敷かれるのが堪らないってさ。――あんたみたいな枯れ木には、一生かかってもできない芸当だろうけど」

 エルフレイデの脳裏に、ギルベルトがこの粗野な女と肌を重ねる光景が、屈辱的な鮮明さで浮かび上がる。

(……側室に、私の“心を殺せ”と命じたのね)

 ヴィオラのような貴婦人の嫌がらせなら、まだ耐えられた。
 だがカレンの投げつける、むき出しの暴力と野性――それは、彼女の理性と誇りの根本を踏みにじるものだった。

「……陛下は、私をそこまで壊したいのですか」

 震える呟きの奥に、憎悪を越えた“絶望”の色が兆す。

「そうさ、王妃様。陛下はあんたに、一秒でも早く冠を捨てて、泣きながら国へ帰ってほしいんだ。――惨めだね」

 カレンは嘲り笑い、エルフレイデが心血を注いで書き上げた改革案を、剣先で無残に切り裂いた。
 その瞬間、胸の奥で何かが音を立てて崩れ落ちる。

「……出て行って。――今すぐ、出て行きなさい!」

 激昂する王妃を鼻で笑い、カレンは塔を去った。
 だが人影のない回廊へ出た途端、彼女の表情から嘲色が消え、苦々しい沈黙が残る。

(……クソ。あんな顔させるなんて、胸糞悪い仕事だ。なあ、陛下――本当に、これでいいのかよ)

 カレンは、切り裂いた書類の断片を、実は大切そうに懐へ収めた。
 彼女の正体は、王直属の隠密近衛。

 振るわれた剣は、執務室の壁に潜む母国の“監視用盗聴器”を破壊するため。
 浴びせた暴言は、母国のスパイに――

 「王妃は精神的に崩壊し、もはや利用価値がない」

 ――そう錯覚させるための芝居だった。

 さらに、カレンが持ち込んだ野兎の肉には、母国が密かに盛っている微毒を中和する、最強の解毒剤が練り込まれている。

 だが真実を知らぬエルフレイデは、切り裂かれた書類を拾い集め、血が滲むほど唇を噛んでいた。

「……抱かせない。あんな男に、私の心も身体も――絶対に屈服はさせない……!」

 王は、命がけで愛する女を救うため、彼女の前で“最悪の男”を演じ続け、
 王妃は、生き延びるために、その“偽りの愛”を呪い続ける。

 二人のすれ違いは、もはや後戻りのきかない深淵へと、真っ逆さまに落ちていった。
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