氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―

柴田はつみ

文字の大きさ
4 / 18

第四章:紅蓮(ぐれん)の狩人、あるいは歪んだ守護

しおりを挟む
 ヴィオラという“毒”を突き返したエルフレイデを待っていたのは、さらに容赦ない追い打ちだった。
 北塔に幽閉同然となって二週間。彼女の指先は連日の徹夜で白くひび割れ、思考は鋭利な刃のように研ぎ澄まされていた。

「王妃様、またしても陛下より――『新しい側室』が送り込まれました」

 バルトの報告に、エルフレイデの手元で羽ペンがミシリと音を立てる。
 現れたのは、深紅の狩猟服に身を包み、腰に武骨な長剣を帯びた女――カレン。

 彼女は挨拶もなく、まるで土足で踏みにじるように執務机へ歩み寄り、その上へ獲物の野兎を放り出した。

「あんたが新しい王妃か? 陛下から聞いたよ。
『仕事ばかりで女っ気のない、退屈な人形が塔に籠もってる』ってさ。だからアタシが少し“可愛がってやれ”って」

 カレンは野性味のある笑みを浮かべ、剥き出しの剣先でエルフレイデの顎を持ち上げる。

「……無礼です。剣を収めなさい」
「断るね。陛下はアタシのこの“荒っぽさ”がお気に入りなんだ。
 夜も昼も、アタシに組み敷かれるのが堪らないってさ。――あんたみたいな枯れ木には、一生かかってもできない芸当だろうけど」

 エルフレイデの脳裏に、ギルベルトがこの粗野な女と肌を重ねる光景が、屈辱的な鮮明さで浮かび上がる。

(……側室に、私の“心を殺せ”と命じたのね)

 ヴィオラのような貴婦人の嫌がらせなら、まだ耐えられた。
 だがカレンの投げつける、むき出しの暴力と野性――それは、彼女の理性と誇りの根本を踏みにじるものだった。

「……陛下は、私をそこまで壊したいのですか」

 震える呟きの奥に、憎悪を越えた“絶望”の色が兆す。

「そうさ、王妃様。陛下はあんたに、一秒でも早く冠を捨てて、泣きながら国へ帰ってほしいんだ。――惨めだね」

 カレンは嘲り笑い、エルフレイデが心血を注いで書き上げた改革案を、剣先で無残に切り裂いた。
 その瞬間、胸の奥で何かが音を立てて崩れ落ちる。

「……出て行って。――今すぐ、出て行きなさい!」

 激昂する王妃を鼻で笑い、カレンは塔を去った。
 だが人影のない回廊へ出た途端、彼女の表情から嘲色が消え、苦々しい沈黙が残る。

(……クソ。あんな顔させるなんて、胸糞悪い仕事だ。なあ、陛下――本当に、これでいいのかよ)

 カレンは、切り裂いた書類の断片を、実は大切そうに懐へ収めた。
 彼女の正体は、王直属の隠密近衛。

 振るわれた剣は、執務室の壁に潜む母国の“監視用盗聴器”を破壊するため。
 浴びせた暴言は、母国のスパイに――

 「王妃は精神的に崩壊し、もはや利用価値がない」

 ――そう錯覚させるための芝居だった。

 さらに、カレンが持ち込んだ野兎の肉には、母国が密かに盛っている微毒を中和する、最強の解毒剤が練り込まれている。

 だが真実を知らぬエルフレイデは、切り裂かれた書類を拾い集め、血が滲むほど唇を噛んでいた。

「……抱かせない。あんな男に、私の心も身体も――絶対に屈服はさせない……!」

 王は、命がけで愛する女を救うため、彼女の前で“最悪の男”を演じ続け、
 王妃は、生き延びるために、その“偽りの愛”を呪い続ける。

 二人のすれ違いは、もはや後戻りのきかない深淵へと、真っ逆さまに落ちていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷たい王妃の生活

柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。 三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。 王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。 孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。 「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。 自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。 やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。 嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。

『話さない王妃と冷たい王 ―すれ違いの宮廷愛

柴田はつみ
恋愛
王国随一の名門に生まれたリディア王妃と、若き国王アレクシス。 二人は幼なじみで、三年前の政略結婚から穏やかな日々を過ごしてきた。 だが王の帰還は途絶え、宮廷に「王が隣国の姫と夜を共にした」との噂が流れる。 信じたいのに、確信に変わる光景を見てしまった夜。 王妃の孤独が始まり、沈黙の愛がゆっくりと崩れていく――。 誤解と嫉妬の果てに、愛を取り戻せるのか。 王宮を舞台に描く、切なく美しい愛の再生物語。

白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。 「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」 そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。 ——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。 「最近、おまえが気になるんだ」 「もっと夫婦としての時間を持たないか?」 今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。 愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。 わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。 政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ “白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!

眠り姫は十年後、元婚約者の隣に別の令嬢を見つけました

鍛高譚
恋愛
幼い頃、事故に遭い10年間も眠り続けていた伯爵令嬢アーシア。目を覚ますと、そこは見知らぬ大人の世界。成長した自分の身体に戸惑い、周囲の変化に困惑する日々が始まる。 そんな彼女を支えるのは、10年前に婚約していた幼馴染のレオン。しかし、目覚めたアーシアに突きつけられたのは、彼がすでに新しい婚約者・リリアナと共に未来を築こうとしている現実だった――。 「本当に彼なの?」 目の前のレオンは、あの頃の優しい少年ではなく、立派な青年へと成長していた。 彼の隣には、才色兼備で知的な令嬢リリアナが寄り添い、二人の関係は既に「当然のもの」となっている。 アーシアは過去の婚約に縋るべきではないと分かりつつも、彼の姿を目にするたびに心がざわめく。 一方でレオンもまた、アーシアへの想いを完全に断ち切れてはいなかった。 幼い頃の約束と、10年間支え続けてくれたリリアナへの誠意――揺れ動く気持ちの狭間で、彼はどんな未来を選ぶのか。 「私の婚約者は、もう私のものではないの?」 「それでも私は……まだ、あなたを――」 10年間の空白が引き裂いた二人の関係。 心は10歳のまま、だけど身体は大人になったアーシアが、新たな愛を見つけるまでの物語。 運命の婚約者との再会は、果たして幸福をもたらすのか――? 涙と葛藤の三角関係ラブストーリー、ここに開幕!

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

硝子の婚約と偽りの戴冠

柴田はつみ
恋愛
幼い頃から、第一王女アリアと隣国の王子レオンは、誰もが疑わない「未来の国王夫妻」として育てられてきた。 政略で結ばれた関係でありながら、二人の間には確かな絆があった。幼馴染として共に過ごした年月の中で、アリアは感情を表に出さないながらも、レオンをただ一人、深く愛していた。 すべてが順調に進んでいるはずだった。 戴冠式と成婚を目前に控えた、その日までは。 歯車が狂い始めたのは、妹のセシルが涙に濡れた顔で、突然アリアの元へ駆け込んできた夜だった。 震える声で語られたのは、信じ難い言葉―― 「……レオン様に、愛を告白されたの」 アリアは即座に否定した。信じるはずがない。あのレオンが、そんな裏切りをするはずがないと。 だが、その確信は、夜の庭園で無惨に打ち砕かれる。 月明かりの下。 レオンは、確かにセシルを抱き寄せていた。 後に明らかになる真実は、あまりにも残酷だった。 姉に対する劣等感を長年募らせてきたセシルが仕掛けた、周到な罠。そして――レオンが決して知られてはならない「ある弱み」を、彼女が握っていたという事実。 それは、愛ではなかった。 だが、アリアの未来を根こそぎ奪うには、十分すぎる裏切りだった。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

処理中です...