氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―

柴田はつみ

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第六章:蛇の微笑、あるいは裏切りの真実

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 北塔の闇に閉じこもり、涙を枯らし尽くしたエルフレイデだったが、翌朝にはすでに「完璧な王妃」の仮面を再び戴いていた。
 ただし、その胸に残っていたわずかな情熱は消え失せ、代わって冷たい決意が宿っている。

(あの方が私を愛していないのなら――それでいい。私は、この国の誰もが認めざるを得ない“真の支配者”となり、あの方を孤独のまま玉座に縛り付けてさしあげるわ)

 しかし、そんなエルフレイデを待っていたのは、さらなる罠だった。

「エルフレイデ様。昨夜は失礼いたしましたわ。お詫びに……湖畔の離宮での茶会へ、ご招待したくて」

 昼下がり、リヴィアが静かに執務室を訪れる。
 ギルベルトの前で見せていた“無邪気な幼馴染”の顔は影を潜め、その瞳には爬虫類めいた冷酷さが滲んでいた。

 エルフレイデは誘いを受け、離宮へ向かった。
 そこにギルベルトの姿はなく、用意されたのはリヴィアと二人きりの密室。給仕すら遠ざけられたその場で、彼女はついに本性を露わにする。

「……ねえ、エルフレイデ様。貴女、本当に哀れですわね」

 リヴィアは優雅に茶を啜り、口角を歪めた。

「ギル様が私と親しくしているのは、貴女を愛していないから――それだけではありませんの。
 彼は、貴女の母国を滅ぼし、その領地を私の国と分け合う約束を交わしていらっしゃる。
 貴女はただ、そのための“時間稼ぎの生贄”。……滑稽だと思いませんこと?」

「……何ですって」

 エルフレイデの指が震える。
 母国が自分を“毒の器”として利用している気配には気づいていた。
 だが――信じていたギルベルトまでもが、最初から自分を“滅ぼす対象”としてしか見ていなかったというのか。

「あら、ご存じなかったの? ギル様はね、貴女が北塔で必死に書類を処理しているお姿を見て、裏で大笑いしていらっしゃるわ。
 『無知な女が、必死に砂の城を築いている』って。……ふふ。あの方は、私にだけ本音を明かされるの」

 その言葉は鋭い針となって、エルフレイデの心を容赦なく突き刺す。
 昨夜、リヴィアへ向けられていた柔らかな微笑み――あれは慈愛などではなく、自分への冷酷な嘲笑の裏返しだったのだと、彼女は確信してしまう。

(……ああ。だから初夜に、あの方は私を“毒蛇の娘”と呼んだのね)

 リヴィアは立ち上がり、耳元で囁いた。

「ねえ、いっそこの国をお離れになっては? 貴女がここにいると、ギル様との“新婚生活”が始められなくて困りますの」

 ――その夜。

 北塔へ戻るや否や、エルフレイデはこれまで命を吹き込んできた領地の書類をすべて抱え上げ、中庭の焚き火へ放り投げた。

「……王妃様! 何をなさるのです!」

 駆けつけたヴィオラとカレンが、言葉を失う。

「……もう、どうでもいいの。あの方は私も、この国も、すべて踏み台にしていた。
 私が尽くしたこの日々さえ、あの方の“暇つぶしの玩具”だったのだわ」

 炎に包まれて崩れ落ちる書類を見つめるエルフレイデの瞳からは、生気が消え失せ、ただ深い虚無だけが漂っていた。

 一方その頃。

 自室へ戻ったリヴィアは、懐から一通の密書を取り出し、静かに微笑む。

「……ふふ。あんなにも簡単に信じるなんて。
 これで王妃が自ら廃妃を申し出れば、私の母国の軍を引き入れる隙が生まれる。
 ギルベルト――貴方の国も、あの王妃も、すべて私が壊してあげる」

 リヴィアの正体は、ギルベルトの味方でも、ただの幼馴染でもなかった。
 彼女はターナルを内側から崩壊させるために送り込まれた、隣国アステラの“真の牙”だったのだ。

 ギルベルトが彼女を守るために打った“芝居”の駒が、裏で糸を引き、王妃を絶望の淵へと突き落としていく。
 ――最愛の妻に“最大の誤解”を植えつけられたことに、王はまだ気づいていない。
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