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第七章:虚飾の幕引き、あるいは美しき復讐
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中庭で燃え盛る焚き火が、エルフレイデの瞳を紅く染めていた。
自ら心血を注いだ領地の改革案が、灰となって夜空へ舞い上がっていく。
駆けつけたヴィオラとカレンは、その凄絶な横顔に息を呑んだ。
「王妃様……! あれほど苦労して書き上げた書類を、どうして――」
火中へ手を伸ばそうとするカレンを、エルフレイデは静かに制した。
「いいのよ、カレン。砂の城を壊すのは、波ではなく――それを作った者の役目だわ」
その声からは、もはや感情という感情が消えていた。
リヴィアの言葉――**「ギルベルトは裏で嘲笑っている」**という毒は、彼女の心臓を確実に殺し尽くしたのだ。
(あの方が私を道具としてしか見ていないのなら……私も、あの方を“玉座を守るための部品”としてしか見ない。
愛も、期待も――これからは一滴たりとも与えない)
翌日。
謁見の間で、ギルベルトはリヴィアを傍らに侍らせていた。
そこへ、エルフレイデが静かに入場する。
昨夜の絶望など微塵も感じさせない、冷徹なまでに完璧な美を纏って。
「陛下。昨夜、私はようやく理解いたしました。貴方様が私に、何をお望みなのかを」
ギルベルトの眉がわずかに動く。
隣でリヴィアが、「あら、何かしら」と勝ち誇った笑みを浮かべた。
「これまで私は、王妃としてこの国に根を下ろそうと足掻いてまいりました。
ですが、それは誤りでしたわ。――私は貴方様の“置物”……いいえ、
この国を統治なさるための、最も冷酷で、最も有能な影の執行官になればよろしいのでしょう?」
「……エルフレイデ、何を――」
「昨夜、凍土領の古い体制はすべて灰にいたしました。
本日より、私のやり方でこの国を“掃除”させていただきます。
――陛下、どうぞその幼馴染の方と、甘い夢の続きをご覧くださいませ。
政治の泥臭い部分は、すべて私が引き受けます」
エルフレイデは、返答を待たずに踵を返した。
その背中には、もはや縋るような脆さは一片も残っていない。
「……それから、リヴィア様」
肩越しに向けられた視線は、蛇のように冷ややかだった。
「私の前で、二度とその薄汚い口を開かないで。
貴女が何を企んでいようと――この国を壊すのは“私の権利”。
他国の王女に、その席は譲りませんわ」
リヴィアの顔が、怒りと驚愕に引き攣る。
ギルベルトは、玉座の手すりを指が白くなるほど強く握りしめていた。
(……しまった。リヴィアを利用して彼女を遠ざけるつもりが――
彼女を“怪物”に変えてしまったのか)
――その夜から、エルフレイデの“復讐”が始まった。
彼女は北塔を離れ、王宮の枢密院に陣取る。
左右にはヴィオラとカレン。
冷酷無比な手腕で汚職貴族を次々と摘発し、王の支持基盤であった保守派を、容赦なく叩き潰していく。
それは国を豊かにするための改革ではない。
――ギルベルトの“愛する国”を、自らの手で作り替え、
王をただの操り人形へと堕とすための、静かなるクーデターだった。
「陛下、本日も公務が山積みですわ。
貴方様はただ、私が用意した書面に判をお捺しになればよろしい。
……それが、私への“嫌がらせ”を続けた報いでございます」
凛然とした首筋には、気高い輝きと、誰にも触れさせぬ鉄の意志が宿っていた。
王は、彼女を守るために孤独を与え、
王妃は、その孤独を武器に王を追い詰める。
二人の愛憎は、ついに国を巻き込む巨大な渦へと姿を変えていくのだった。
自ら心血を注いだ領地の改革案が、灰となって夜空へ舞い上がっていく。
駆けつけたヴィオラとカレンは、その凄絶な横顔に息を呑んだ。
「王妃様……! あれほど苦労して書き上げた書類を、どうして――」
火中へ手を伸ばそうとするカレンを、エルフレイデは静かに制した。
「いいのよ、カレン。砂の城を壊すのは、波ではなく――それを作った者の役目だわ」
その声からは、もはや感情という感情が消えていた。
リヴィアの言葉――**「ギルベルトは裏で嘲笑っている」**という毒は、彼女の心臓を確実に殺し尽くしたのだ。
(あの方が私を道具としてしか見ていないのなら……私も、あの方を“玉座を守るための部品”としてしか見ない。
愛も、期待も――これからは一滴たりとも与えない)
翌日。
謁見の間で、ギルベルトはリヴィアを傍らに侍らせていた。
そこへ、エルフレイデが静かに入場する。
昨夜の絶望など微塵も感じさせない、冷徹なまでに完璧な美を纏って。
「陛下。昨夜、私はようやく理解いたしました。貴方様が私に、何をお望みなのかを」
ギルベルトの眉がわずかに動く。
隣でリヴィアが、「あら、何かしら」と勝ち誇った笑みを浮かべた。
「これまで私は、王妃としてこの国に根を下ろそうと足掻いてまいりました。
ですが、それは誤りでしたわ。――私は貴方様の“置物”……いいえ、
この国を統治なさるための、最も冷酷で、最も有能な影の執行官になればよろしいのでしょう?」
「……エルフレイデ、何を――」
「昨夜、凍土領の古い体制はすべて灰にいたしました。
本日より、私のやり方でこの国を“掃除”させていただきます。
――陛下、どうぞその幼馴染の方と、甘い夢の続きをご覧くださいませ。
政治の泥臭い部分は、すべて私が引き受けます」
エルフレイデは、返答を待たずに踵を返した。
その背中には、もはや縋るような脆さは一片も残っていない。
「……それから、リヴィア様」
肩越しに向けられた視線は、蛇のように冷ややかだった。
「私の前で、二度とその薄汚い口を開かないで。
貴女が何を企んでいようと――この国を壊すのは“私の権利”。
他国の王女に、その席は譲りませんわ」
リヴィアの顔が、怒りと驚愕に引き攣る。
ギルベルトは、玉座の手すりを指が白くなるほど強く握りしめていた。
(……しまった。リヴィアを利用して彼女を遠ざけるつもりが――
彼女を“怪物”に変えてしまったのか)
――その夜から、エルフレイデの“復讐”が始まった。
彼女は北塔を離れ、王宮の枢密院に陣取る。
左右にはヴィオラとカレン。
冷酷無比な手腕で汚職貴族を次々と摘発し、王の支持基盤であった保守派を、容赦なく叩き潰していく。
それは国を豊かにするための改革ではない。
――ギルベルトの“愛する国”を、自らの手で作り替え、
王をただの操り人形へと堕とすための、静かなるクーデターだった。
「陛下、本日も公務が山積みですわ。
貴方様はただ、私が用意した書面に判をお捺しになればよろしい。
……それが、私への“嫌がらせ”を続けた報いでございます」
凛然とした首筋には、気高い輝きと、誰にも触れさせぬ鉄の意志が宿っていた。
王は、彼女を守るために孤独を与え、
王妃は、その孤独を武器に王を追い詰める。
二人の愛憎は、ついに国を巻き込む巨大な渦へと姿を変えていくのだった。
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